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番 編
拒否
しおりを挟むそれは突然だった。
夕方の風の匂いがして、目を開けたら一面の小麦畑が見えた。
金色に輝く小麦がお兄さんの瞳の色みたいだなと思った瞬間、強い力で突き飛ばされた。
突き飛ばした本人と目があって、頭から落馬した。スローモーションみたいだった。
突き飛ばした本人が、焦った、青ざめた顔で私の右手を取ったので、地面に頭を打ちつける前に空中で一瞬だけ止まった。
右肩に刺す様な痛みが走る。
私を突き飛ばしたお兄さんが、また私の手を離す。お兄さんによって右手を取られて斜めになっていた私は、頭ではなく肩から着地してズザザザと硬い地面と擦れる嫌な音がした。
「ミリーナ!!すぐ来い!!紬を馬車に入れろ!!!!!!」
お兄さんの叫ぶ声が聞こえる。頭の中は疑問符でいっぱいで、こえがでない。
——おにいさんが、私を、突き飛ばした。
「殿下っ!肩を脱臼されております!!すぐに医者を!!お早く!!!」
ミリーナさんの叫び声。刺す様な肩の痛み。
涙で目の前がぼやけてお兄さんの顔が見れない。バタバタと騒がしいのに、耳鳴りがして何も聞こえない。
「おにぃ、さん……」
そのまま私は意識を手放した。
◇◆◇
「ご説明下さい」
隣の部屋から紬の叫び声が聞こえる。
脱臼で外れた関節を元に戻す施術が為されていて、人間用の鎮痛薬がすぐには用意出来ずにそのまま施術を受けさせられているせいだ。紬の叫び声に身を切られるような痛みが襲う。
「殿下!」
ユアンが声を荒げる。皆唖然とした表情のまま固まっている。
「指示した通り医者は女医か?男の医師は許さない」
「今そんなこと言ってる場合か!!何があった!喧嘩にしてはやりすぎだ!!相手は人間だぞ!!死ぬかもしれなかったんだぞ!!」
クロードが俺の胸ぐらを掴んで激昂している。
「………………番だった」
「………………は?」
「紬は俺の番だった」
「フェロモンにやられて自我を忘れて襲いそうになったのですか!?普通そこまで——」
ユアンの顔が青ざめている。
「ああそうだ。我を忘れて襲いそうになった。——殺すまで」
「殿下の血は特別竜性が濃い。全身竜になれるのなんか、王と殿下ぐらいでしょ。獣性が強すぎて、相手が人間じゃ……」
ルースの言葉に頷いてみせる。
「ああ、殺してしまう。しかも紬は経験もない。本能のまま俺が襲ったらどうなるかなんてすぐわかる。体が助かったとしても心は壊れる。紬は番にトラウマを持ってる」
「ですがこのままでは!!」
リツが叫んだ瞬間、また紬の叫び声が聞こえて目を閉じる。頑張ってくれ!なんでもする!!
「つむぎ嬢はラディアンの聖女だったはず。こんな事が起こるはずがありません」
「紬はラディアンで神と契約していない」
「は?」
「文字が読めないふりをしていたそうだ。本能的に嫌だと思ったと言っていた」
「それは……どこの国にも、属していないことに……なりますね……」
「番が見つかるなんておとぎ話級の話だよ?それが一気に二人なんてありうるの!?」
ルースの言葉に自分でも混乱しているのがよくわかる。
番というのはただ相性がいい相手というわけではない。神の采配。祝福の一種だ。
この国でも七百年前に一組竜人と人間の番があったきりで、そのあとはない。
「俺の番な事は確かだ。紬はラディアン神とエルダゾルク神の両方から愛されてるということだ。象徴華をミリーナに確認させる」
ドアをノックする音がしてユアンが対応すると、白衣を着た金髪の女が入室してきた。
「医師のルルリエと申します」
「紬の容体は」
両膝をついて礼をとった女を一瞥し、報告を急かす。
「お嬢様の脱臼は治しましたが……移転を繰り返したと伺っております。お身体には確実に疲れが溜まっていたはず。そこに落馬という大きなストレスがかかったため発熱しております」
「——っ……」
「熱が高いため、解熱剤を飲ませたいのですが……熱が高く、せん妄状態でおられるために口からの摂取ができておりません。」
「せん妄……?」
「私をどなたかとまちがえておられるようです。〝レイス様、触らないで“と」
「ヴィクトランの犬の相手です。こちらも女医でした」
ユアンが資料を目の前に置く。
「医師を変えることをお勧め致します。私の容姿がトラウマを刺激している節がございます」
「他に人間を見られる女医はいるのか」
「女医はおりません」
「却下だ。もう下がれ。おまえが引き続き紬を見ろ」
「御意に」
女の出て行ったドアを見ながらため息がでる。
「よろしいのですか?紬嬢には酷では?」
「俺が怒りで何をするか分からん。お前ら全員で俺を止められるか?今の女についてた紬の匂いだけでも理性が飛びそうなんだぞ」
「我を失った殿下は無理デショ。ちびりそう」
「俺が我を忘れたら確実に紬は死ぬ。お前らも紬に不用意に触れるな」
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