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婚約者編
焦り
しおりを挟むここに来て一ヶ月が経った。この国は雨がよく降る。
雨は好きだ。何もかもを流してしまうのがいい。思い出も、モヤモヤした気持ちも。
ふと窓の外を見やるとお庭の開けっ放しの木戸の前に、小さな小さな黒い人影が見えた。
「!?クロム君!!!??」
小さな黒い人影はしとしと降る雨の中傘もささずにじっとこちらを見て佇んでいる。
慌てて庭に出て行くと、先に出たのであろうアイラさんが何やらクロム君に怒ってる。これはいけないと思って間に入ろうとしたらまた怒鳴り声が降ってきた
「ジャリ坊!おばあじゃない、お姉さんとお呼び!そうしたら入れてやる!」
「おねしゃん」
「ぐっ…………まぁいい、はいりな!」
あ、クロム君の可愛さに負けたな?陥落するの早いな。
「クロムくん!!」
この隙にとクロム君を抱き上げると、ひしとしがみついてきた。
「おじょ、おじょう、帰ってきて、おじょ……」
最後の方は嗚咽混じりになったクロムくんを抱きしめて一緒にお風呂に入り、私を探して泥だらけになっていた小さな友人を洗ってあげた。
クロム君はお風呂の中でも私にしがみついたまま、離れなかった。
「明日まで、お兄さんへの報告は待ってくれる?今日はクロム君と一緒に寝たいの」
「ん、おじょ、にげないで」
「逃げないよ。ちゃんと話をして、終わらせないとね」
「おわ、おわる、ない、主、許さない」
「そうかな、もう縁は切れているし。でも、クロム君はたまにここに遊びに来てくれる?」
クロムくんのふわふわとした灰色の頭を撫でると、うつらうつらし始めた。私を探して、疲れているのかもしれない。小さな小さな、私のお友達。
「おじょ、かえって、きて……」
そのまま眠ってしまったクロム君のおでこにキスをして、私も目を閉じる。小さな体の暖かな体温が心地いい。
ちゃんと終わりにして、エルダゾルク神との契約を切る書類をもらおう。自分の気持ちにもちゃんと区切りをつけよう。あの人が大好きだった。でももう、振り回されたくはない。
朝起きたらクロム君はもうベットにいなかった。
お兄さんに報告に行ったのだろう。
私も、ちゃんと向き合わないといけない。
◇◆◇
「クロムがもう二週間帰って来ません。つむぎ嬢を闇雲に探しているのだと思いますが……定期連絡もなく……」
ユアンの言葉に眉間に皺がよる。クロムは特に紬に懐いていたから無理もないのかもしれない。
「カルネクア付近の国境まで行ったことはクロムが突き止めて来たんだけどね~御者の狐獣人がどっち方面につむつむが移動したか見てなかったもんだから、クロムが殴りかかっちゃってヤバかった~。マジで闇雲に探してんなぁ、きっと」
「カルネクアの線が一番濃厚だが、近くにサイ獣人の国リルベスもあるからなぁ。どっち方面に歩いて行ったかさえ分かればだいぶ絞れたんだが。クロム坊までいなくなっちまって、ちょっとお手上げだな」クロードが天を仰ぐ。
エルダゾルクとカルネクアの国境付近の街や村を徹底的に探しているが、紬の目撃情報すら一つもない。
俺の宝が文字通り消えてしまった。
あの日から半身を失った様な喪失感がずっと俺を蝕んでいる。
「目撃情報が無さすぎるっス。一月経ってますしカルネクアの王都の方まで行ったとかですかね?エルダゾルク神と契約してあってよかったッス。天女さんならカルネクア神からも愛されそうで……」
リツが力無く俯きながら言う。
俺のつむぎがカルネクアの誰かの宝になるなど考えるだけで頭がおかしくなる。しかしここにいる全員が、有り得ることだと内心思っている。
俺の宝は神々に愛されすぎている。
「今はエルダゾルク神と契約しておりますので他の誰かの番になる事は有り得ません。ですが貴重な聖女とバレてしまえば王族に囲われてしまう。一度囲われてしまえば返してもらうのに困難を極めるのは自明の理。他国でお力を使う前に何としても保護しなければなりません。紬嬢が破棄の依頼を他国の王家を通して申請して来た場合が一番厄介です。エルダゾルク神から離れてしまえば、あの方は他の神からの祝福を受けて番をあてがわれてしまう」
ユアンが難しい顔をして言い、全員が口を閉ざす。
カルネクアに常に降る雨のせいで、紬の匂いが消えてしまい辿れない。番の匂いが他国で分かるはずもなく手掛かりが何もない。番にはならなくとも、あの純真で美しい紬に夢中になる男など星の数ほどいるだろう。かつての俺が、そうであった様に。
「クソがっ!!」
真夜中の雨が斜めに宿の窓にあたり、不快な音を立てて揺らす。日が登ったらまたすぐに紬を探しに皆飛び立つというのに、雨が視界を悪くする。天候まで紬を俺から隠している様でイライラする。
不意に廊下から小さな羽ばたきが聞こえ、ユアンがドアをあけるとずぶ濡れのクロムが立っていた。
「おじょう、みちけた」
「なんだと!!!!!」
「ケキの匂いの店、張り込んだ。おねしゃんと、いっしょ」
そのままとぼとぼと俺の側に来たクロムは、俺の胸元に張り付いて泣き始めた。皆唖然と見ている。
クロムが泣くところなど、初めて見た。
保護して来た赤ん坊の時ですら、一度も泣いた事のないクロムが。
「おじょ、かえる、ない?うぇ、ゔっ、ゔぇぇ」
「よくやったクロム。あとは俺が、頑張るから」
「ゔぇぇん、おじょ、おじょう、うわぁああ゛ぁん」
雨にぬれたクロムから、うっすらと紬の匂いがする。クロムの懇願にも色良い返事をしなかったのだろう。小さな竜の悲しみが部屋中に鳴り響き、誰一人動けない。
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