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最終章 人族編
子供達のお客様
しおりを挟む穏やかに一週間が過ぎた。
クロム君の報奨金と、レスターの品格維持費?をここに来る前にごっそりとおろしてきた様でお金にも困ってはいない。けれど、何か仕事が欲しいなと考えている。いつまでも子供達に頼っているわけにはいかないし。
「こんにちはー!!」
「あ、パン屋さんだ!二人とも、お行儀良くしてね。お礼にお庭の果物を渡したいから取ってきてくれる?」
私をあまり外に出したがらない子供達の願いを汲んで、特別にパン屋さんが毎日パンを配達してくれている。
このお家にはオーブンがないので、パンケーキぐらいしか焼けないのだ。
「つむぎさん、おはようございます。今日の分の配達です」
無骨だけれど柔和で優しいパン屋の息子さん。オレンジ色の短髪で、大きな体躯。
虎の獣人らしい。シマシマの尻尾、すごく触りたい。
「ありがとうございます!毎日すいません。子供達が良く食べるので、ありがたいです!」
「竜人の坊ちゃん達ですからね。うちの売り上げの要ですよ」
そう言って優しく笑う。
初日こそ彼と喋る私の周りに新しく結界をはった二人だけれど、それはやめてもらった。
ご近所さんやお世話になってる人に失礼だもの。
「うちで使ってる牛乳も入れておきました。他にも必要な物がありましたら配達しますよ」
「ありがとうございます。助かります。もしできたらでいいのですが、馬用の餌になる穀物があれば配達していただけますか?」
「わかりました!天馬なんて初めて見ましたよ。それも三匹も。本当に気をつけて下さいね。強盗に狙われますから。坊ちゃん達がお強いので、必ずそばにいてくださいね。俺も村の警備隊の一人なので、このあたりの警備は強化します」
焦り顔で私を心配してくれるパン屋さんは良い人だ。
パンの籠を私に渡して、ふいに触れた手を慌ててひっこめて赤面している。
「ふふ、何から何までありがとうございます。息子二人に頼り切りですが、何とかやっています。警備、本当にありがたいです」
息子二人がもぎ取ってきたリンゴを渡すと、何度も振り返りながらも心配そうに帰って行った。
こじんまりとした村。
一度だけ私も買い物に連れて行ってもらった。
のどかで、のんびりとしていてとても良い村だ。人々は優しく、おっとりしている。
シングルマザーの私に変な詮索もなく、穏やかに暮らせている。
子供達はたくましすぎるぐらいたくましいし、特に不満もない。
時折り子供達から聞こえるオヤジとか、アルジとかいう言葉に心がざわつくだけで。
何か毒虫の入った箱を開けるような。
見たくないものを見るような。
黒く塗りつぶされた記憶があるのは分かっているのに手を出すのが恐ろしい。
————忘れている事を、忘れたい。
◇◆◇
「主、きた」
「きましたね。結界はまだ解いていないというのに」
二人の息子が警戒した気配を出す。
何?何がくるの?
「母上、心配はいりません。世界で一番母上に危害は加えない。我ら兄弟は……ぶっ飛ばされるかも、しれませんが……多分、大丈夫でしょう」
私の息子二人は強い。そこらへんの大人の獣人なら指一本でやっつけるぐらいには強い。
その息子ふたりがぶっ飛ばされる?誰が来るの?
「ははうえ、大丈夫。主、ははうえ、だいじ」
「う、うん?よくわからないけど、お客様がくるのね?」
ドアがノックされる音がする。
レスターが開けに行き、私はクロム君を抱きしめる。
仄暗い怖いものが入った箱を開けるような感覚。ドアの外の人が、失った記憶の人なのだろうか。
レスターは親父という。
クロム君は主という。
私にとっては何なのだろうか。
開いたドアに佇む、精悍な顔をした黒髪の人。
レスターにそっくりだな、とぼんやり思う。
「つむぎ…………」
私を呼ぶ、低い、声。
「どちら様ですか?子供達 の、お客様?」
グッと奥歯を噛んで、悲しそうに笑うお兄さんは精悍なイケメンさんだ。こんな人、忘れないと思うけど。
「主、ははうえ、主の記憶、ない」
「親父、母上はあの事もお忘れだ」
「っ……あぁ。報告は受けてる。ここ一週間もルースが見てた。おまえらは、少し外せ」
「マジか……」
「ルース兄、気配消すの、うまい……」
二人がすごすごと外に出ていく。
私に過保護な二人がこんなにも簡単に私を一人にするなんてビックリする。
それだけこのお兄さんを信頼しているのかもしれない。
「あの、お兄さんは……?」
お兄さんという呼称に心がざわつく。
年下には見えないし、お兄さんとしかいいようがないけど。
お兄さんは私の質問には答えずに、ポンポンと頭を撫でてきた。
「つむぎ、俺を、諦めないでくれ」
今にも泣きそうな顔。
「あの…………?」
「……………………あいたかった」
絞り出すような掠れた声。
何もしていないのに、私が彼をすごく傷つけたみたいな気持ちになる。
「私が、何か、してしまいましたか?ごめんなさい。記憶がなくって……」
「いや、悪かったのは俺の方だ。今もその手に付いた虎の匂いに怒りでおかしくなりそうだ。人間だから匂いはわからないからと、俺はお前に同じ事をしていたのに」
「匂い……?」
お兄さんは優しくわらって、私の右手を取る。スリスリとさすり、最後に指先にキスをして手を離してくれた。
初対面の女の子にする行動じゃないけれど不思議と嫌ではなかった。
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