2 / 19
さようなら令嬢生活!?
しおりを挟む
窓に映る自分の姿を目にしたルイーザは、気を失いかけた。叫ばなかっただけまだましだろう。王宮の一室から犬の遠吠えが聞こえたら大問題である。
伯爵家に宛がわれた休憩室には、未だ顔色が戻らない父と瞳に涙を溜める母。そして、豪華な城の一室には不釣り合いな、大型犬がいた。
両親の目の前で、ルイーザは犬の姿に変わってしまったのだ。
セピア色の瞳は元のまま。全身を纏う毛も、人間の頃と同じくチョコレート色だけれど、三角の耳はピンと上に立ち、鼻先は太く長い。ふさりとした大きな尾もついている。どこからどうみても逞しい犬である。
「ああ、なんてことだ……可愛いルイーザがこんな姿に……」
「ルイーザ……やっぱりルイーザなのね。
可哀想なルイーザ……」
父が片手で顔を覆い、母は涙をためてルイーザを抱きしめた。最初は気を失ったけれど、意識が戻り夢ではなかったことを理解した母は、こんな姿でも迷わずにルイーザを抱きしめてくれる。母のぬくもりに、犬の姿だけれど涙が出そうになった。
「あなた……ルイーザが元に戻る方法をなんとしても探さないと……
こんな姿……あまりにも……あら、すごく毛艶がいいわね……さすがルイーザだわ」
(……お母さま、撫で方が娘に対してのものじゃなくなっているわ
あっ……首元はダメ……耳元もダメ……!)
背中を優しくなでていた母の手がいつの間にか首元や耳の後ろをわしゃわしゃと撫でまわす。ルイーザは思わず腹を見せてしまいそうな衝動をグッと堪えた。
「ま、マチルダ! 落ち着きなさい。犬の姿だけれどルイーザだ!」
「あっ、あらやだ、ごめんなさいねルイーザ」
ほほほと笑ってごまかす母をルイーザは恨めし気な目で見つめた。人間時の姿を引き継ぎ毛艶が良いのは認めるが、あれは完全に犬扱いした手つきだった。父が止めてくれなかったら今頃、ルイーザは腹を見せ母は腹を撫でまわしていたことだろう。
「……この人知を超えた力は、多分魔術によるものだと思う」
「くぅん……」(魔術……)
(言葉も話せなくなったのね……)
筆談しようにも、犬の手ではペンなど持てない。何を話しても、わふわふクンクンと人語にはならなかった。ルイーザはしょんぼりと耳を寝かせる。
「魔術って、姿を完全に変化させることなんてできるの?
変化といえばせいぜい、髪や目の色を変える程度ではなかったかしら」
母が首を傾げる。この国には、魔術を扱う人物が少数ではあるが存在する。しかし、魔術とは決して何でも可能な夢のような力ではない。
冷気を出したり、逆に温めたり、光を発したり。何かの色を変化させたりといったような事が主な用途である。
何かを無から作り出したり、逆に消失させたり、元の形を大きく変形させることは聞いたことがない。
「私は専門家ではないのでわからないが……。他に可能性がない。
陛下に頼み、魔術師に相談しようと思う」
「ええ、私たちで悩んだところできっと、何もできないものね……」
母が悲しそうに眉尻を下げてルイーザを撫でる。毛並みを楽しむような手つきはもう気にしないことにして、ルイーザは母の愛に感動した。
「舞踏会中ではあるが、どうにか時間を作ってもらえるよう陛下に願い出てくる。
ルイーザ、マチルダ。少々待っていてくれ」
父が出ていった扉を暫く眺めたのち、ルイーザは溜息をついた。心配そうな表情の母と目が合うと、できるだけ安心させるように微笑む──ことはできなかったので、仕草で伝わるように母の手のひらに額を擦りよせる。無言のまま、ゆっくりと頭を撫でられた。
どうして、こんな事になってしまったのだろうか。王太子妃の座を目指して、幼いころからあらゆる方面で頑張ってきた。王太子の心は射止められていないけれど、貴族たちの評判は悪くないし、国王夫妻にも悪い印象は与えていないはずだ。
ライバルたちには多少意地悪なことをすることもあったけれど、同じように意地悪をされることだって少なくなかった。しかも、ルイーザは弱い立場の令嬢を一方的に責めるようなことなどはしたことがない。同格の者と牽制しあったり、やられた分をやり返してきただけだ。
犬の姿になるような、悪い事をしたのだろうか。
ぼんやりと考えていると、どれほどの時間が経過しただろうか。室内に再びノックの音が響き、父が戻ってきたようだ。
これだけの時間が経過したということは、陛下と話す事はできたということだろう。しかし、父は浮かない表情をしている。話し合いの結果は、良くないものだったのだろうか。
「まず、陛下から城付きの魔術師への相談の許可が下りた。
城内で起こったことだから、問題ないとのことだ」
母とルイーザは二人で胸をなでおろした。もし城付きの者に相談できなければ、フリーの魔術師を探さなければならなかった。魔術師の存在は非常に希少である。殆どが城に所属しており、城に所属していない魔術師は総じて人嫌いなのだ。探し出す事すら困難な上、彼らは基本的に利を求めない者が多い、つまり高額を積んでも興味を引けなければ依頼を受けてもらえない可能性がある。
一旦、「魔術師に相談する」というところまではクリアできた。しかし、それだとしたら父の浮かない表情は何だろうか。
重々しい表情で、父は言葉を続けた。
「陛下に聞いたところ、やはり人が犬に変化するなど前例がないそうだ。解析には時間がかかる可能性があるため、表向きルイーザは体調不良のために領地で療養をする、ということになる。
ルイーザには酷だと思うが……王太子殿下の婚約者候補は事実上の辞退となるだろう」
「くぅん……」
「そんな……ルイーザ……」
母が涙を浮かべ、父は悔しそうな表情をした。両親はルイーザが王太子妃を目指すことに心配はしていたけれど、血の滲むほどの努力をしていたことも知っているのだ。
しかし、父の表情の理由は、それだけではないようだった。
「そして、解析のためにルイーザ自身を邸に連れ帰ることもできない。
暫くは王城に留まってもらうことになる」
「ルイーザは、この姿なのに……!?」
犬の姿で、客人として王城に滞在するのはまず無理だろう。例えば小型犬サイズであれば、母が愛玩犬として連れ歩くこともできたかもしれないが、ルイーザの姿は人間の子供よりも大きく立派な体躯を持つ大型犬だ。驚きに目を見張る母から、父は気まずそうに目をそらした。
「幸い、犬種は王城の裏庭の警備をしている番犬と一緒だ。
だから、その……、
……暫くは、番犬の振り……をしてもらうことになるだろう……」
「そんな……」
(嘘でしょ──!?)
狭い室内に、「アオーン」と犬の雄たけびが響いた。
*****
「力になれなくてごめんなさいルイーザ……時々様子を見に来るわ……」
「すまない、すまないルイーザ……」
「くぅん、くぅん」
(お父さまもお母さまも悪くないわ)
そう、両親は何も悪くない。悲しそうな顔をする両親を見て、ルイーザの方が逆に申し訳なくなる。
ルイーザ自身絶望しているが、一人娘がこんな姿になってしまった両親だって、悲しんでいるのだ。
涙をためながらルイーザを撫で、両親は一旦帰路についた。ルイーザが犬になったことを知るのは、王と側近の1人、そして一部の魔術師と両親だけである。つまり、普通の伯爵夫妻がこの場に留まるのは非常に不自然なのだ。
(お父さまもお母さまも悪くないわ。
……悪くないのだけれど……
番犬の振りとは言われたけれど……)
ルイーザが人目を避けるように連れて来られた建物は、彼女が思っていたよりもずっと清潔感があった。掃除の行き届いた室内に、ふかふかのベッド。扉はないけれど、トイレだって別室に設置されている。
(普通に犬舎に放り込まれるとは思わなかったわ!!)
ここは、番犬たちが多く飼育されている犬舎だった。
ルイーザが宛がわれた部屋には、新しく設置されたルイーザ用のベッド(もちろん丸い犬用ベッドである)を含めて、5つのベッドが設置されている。つまりこの部屋には4匹の先住犬がいた。王宮の番犬の雌犬用の部屋である。
少し明るい茶色い犬が2匹、黒い犬が1匹、そしてルイーザと同じチョコレート色の犬がいるが、いずれも犬種はルイーザと同じものらしく、大きく立派な体つきをしている。夜も遅い時間帯のせいか、各々のベッドの上からこちらを眺めている。
(どうしよう、これ、挨拶とかするべきなのかしら……?)
「わふん」
(ごきげんよう)
新入りを見ていた先住犬たちに、お座りの体制から尻尾を振ってみたのだが、興味がなさそうに顔を背けられる。王太子妃候補は辞退になるし、両親には置いていかれるし、挙句犬に無視をされる。遣る瀬無い気持ちになった。無視をされず犬の挨拶──お尻のにおいを嗅がれてもまあ困るのだけれど。諦めたように、ベッドの上に丸くなった。
生まれて18年。令嬢としてしか生活したことがなかったのに、暫く番犬の振りをしろだなんて。明日から、ちゃんとやっていけるのだろうか。そもそも、番犬の振りとは何をしたらいいかわからない。もちろん、本格的に番犬をする必要はないのだろうけれど。
少なくとも、犬らしく振舞う必要はあるだろう。
今日は本当に踏んだり蹴ったりだ。先ほどまでは、数時間前までは綺麗なドレスを着て、ダンスを踊り貴族と話し。まっとうな令嬢として、社交に勤しんでいたというのに。
更に、舞踏会での出来事──王太子と令嬢たちの視線を思い出す。あの時はひたすら怒りが湧いていたけれど、今は無性に悲しくて悔しい。小さいころから頑張って、娯楽の時間もすべて勉強に充てたというのに。
「くぅ~ん……」
(何でこんな目に合わないといけないの……)
思わず涙がこぼれる。犬の姿でも、人間と同じように涙を流せるのかとどこか冷静な自分が驚いていた。その次の瞬間、一匹で寝るには少々大きいベッドの端が少し沈む。
ルイーザの目の前に先ほど無視をしてくれた、大きな黒い犬がいた。窓から月明かりのみが入る薄暗い部屋に、ぼんやりと黒い体と金茶の瞳が浮かんでいる。犬はペロリとルイーザの頬を舐めると、ルイーザに体を寄せて眠る体制に入った。
(ホームシックになった新人だと思って、なぐさめてくれているのかしら?)
鼻先でつついてみると、ちらりと煩わしそうな目を向けられるが去る様子はない。
(お姉様がいたら、こんな感じだったのかしら)
寄せられた体温の暖かさに、ささくれだっている心が解れるような気持ちになり、ルイーザはゆっくりと眠りに落ちた。
伯爵家に宛がわれた休憩室には、未だ顔色が戻らない父と瞳に涙を溜める母。そして、豪華な城の一室には不釣り合いな、大型犬がいた。
両親の目の前で、ルイーザは犬の姿に変わってしまったのだ。
セピア色の瞳は元のまま。全身を纏う毛も、人間の頃と同じくチョコレート色だけれど、三角の耳はピンと上に立ち、鼻先は太く長い。ふさりとした大きな尾もついている。どこからどうみても逞しい犬である。
「ああ、なんてことだ……可愛いルイーザがこんな姿に……」
「ルイーザ……やっぱりルイーザなのね。
可哀想なルイーザ……」
父が片手で顔を覆い、母は涙をためてルイーザを抱きしめた。最初は気を失ったけれど、意識が戻り夢ではなかったことを理解した母は、こんな姿でも迷わずにルイーザを抱きしめてくれる。母のぬくもりに、犬の姿だけれど涙が出そうになった。
「あなた……ルイーザが元に戻る方法をなんとしても探さないと……
こんな姿……あまりにも……あら、すごく毛艶がいいわね……さすがルイーザだわ」
(……お母さま、撫で方が娘に対してのものじゃなくなっているわ
あっ……首元はダメ……耳元もダメ……!)
背中を優しくなでていた母の手がいつの間にか首元や耳の後ろをわしゃわしゃと撫でまわす。ルイーザは思わず腹を見せてしまいそうな衝動をグッと堪えた。
「ま、マチルダ! 落ち着きなさい。犬の姿だけれどルイーザだ!」
「あっ、あらやだ、ごめんなさいねルイーザ」
ほほほと笑ってごまかす母をルイーザは恨めし気な目で見つめた。人間時の姿を引き継ぎ毛艶が良いのは認めるが、あれは完全に犬扱いした手つきだった。父が止めてくれなかったら今頃、ルイーザは腹を見せ母は腹を撫でまわしていたことだろう。
「……この人知を超えた力は、多分魔術によるものだと思う」
「くぅん……」(魔術……)
(言葉も話せなくなったのね……)
筆談しようにも、犬の手ではペンなど持てない。何を話しても、わふわふクンクンと人語にはならなかった。ルイーザはしょんぼりと耳を寝かせる。
「魔術って、姿を完全に変化させることなんてできるの?
変化といえばせいぜい、髪や目の色を変える程度ではなかったかしら」
母が首を傾げる。この国には、魔術を扱う人物が少数ではあるが存在する。しかし、魔術とは決して何でも可能な夢のような力ではない。
冷気を出したり、逆に温めたり、光を発したり。何かの色を変化させたりといったような事が主な用途である。
何かを無から作り出したり、逆に消失させたり、元の形を大きく変形させることは聞いたことがない。
「私は専門家ではないのでわからないが……。他に可能性がない。
陛下に頼み、魔術師に相談しようと思う」
「ええ、私たちで悩んだところできっと、何もできないものね……」
母が悲しそうに眉尻を下げてルイーザを撫でる。毛並みを楽しむような手つきはもう気にしないことにして、ルイーザは母の愛に感動した。
「舞踏会中ではあるが、どうにか時間を作ってもらえるよう陛下に願い出てくる。
ルイーザ、マチルダ。少々待っていてくれ」
父が出ていった扉を暫く眺めたのち、ルイーザは溜息をついた。心配そうな表情の母と目が合うと、できるだけ安心させるように微笑む──ことはできなかったので、仕草で伝わるように母の手のひらに額を擦りよせる。無言のまま、ゆっくりと頭を撫でられた。
どうして、こんな事になってしまったのだろうか。王太子妃の座を目指して、幼いころからあらゆる方面で頑張ってきた。王太子の心は射止められていないけれど、貴族たちの評判は悪くないし、国王夫妻にも悪い印象は与えていないはずだ。
ライバルたちには多少意地悪なことをすることもあったけれど、同じように意地悪をされることだって少なくなかった。しかも、ルイーザは弱い立場の令嬢を一方的に責めるようなことなどはしたことがない。同格の者と牽制しあったり、やられた分をやり返してきただけだ。
犬の姿になるような、悪い事をしたのだろうか。
ぼんやりと考えていると、どれほどの時間が経過しただろうか。室内に再びノックの音が響き、父が戻ってきたようだ。
これだけの時間が経過したということは、陛下と話す事はできたということだろう。しかし、父は浮かない表情をしている。話し合いの結果は、良くないものだったのだろうか。
「まず、陛下から城付きの魔術師への相談の許可が下りた。
城内で起こったことだから、問題ないとのことだ」
母とルイーザは二人で胸をなでおろした。もし城付きの者に相談できなければ、フリーの魔術師を探さなければならなかった。魔術師の存在は非常に希少である。殆どが城に所属しており、城に所属していない魔術師は総じて人嫌いなのだ。探し出す事すら困難な上、彼らは基本的に利を求めない者が多い、つまり高額を積んでも興味を引けなければ依頼を受けてもらえない可能性がある。
一旦、「魔術師に相談する」というところまではクリアできた。しかし、それだとしたら父の浮かない表情は何だろうか。
重々しい表情で、父は言葉を続けた。
「陛下に聞いたところ、やはり人が犬に変化するなど前例がないそうだ。解析には時間がかかる可能性があるため、表向きルイーザは体調不良のために領地で療養をする、ということになる。
ルイーザには酷だと思うが……王太子殿下の婚約者候補は事実上の辞退となるだろう」
「くぅん……」
「そんな……ルイーザ……」
母が涙を浮かべ、父は悔しそうな表情をした。両親はルイーザが王太子妃を目指すことに心配はしていたけれど、血の滲むほどの努力をしていたことも知っているのだ。
しかし、父の表情の理由は、それだけではないようだった。
「そして、解析のためにルイーザ自身を邸に連れ帰ることもできない。
暫くは王城に留まってもらうことになる」
「ルイーザは、この姿なのに……!?」
犬の姿で、客人として王城に滞在するのはまず無理だろう。例えば小型犬サイズであれば、母が愛玩犬として連れ歩くこともできたかもしれないが、ルイーザの姿は人間の子供よりも大きく立派な体躯を持つ大型犬だ。驚きに目を見張る母から、父は気まずそうに目をそらした。
「幸い、犬種は王城の裏庭の警備をしている番犬と一緒だ。
だから、その……、
……暫くは、番犬の振り……をしてもらうことになるだろう……」
「そんな……」
(嘘でしょ──!?)
狭い室内に、「アオーン」と犬の雄たけびが響いた。
*****
「力になれなくてごめんなさいルイーザ……時々様子を見に来るわ……」
「すまない、すまないルイーザ……」
「くぅん、くぅん」
(お父さまもお母さまも悪くないわ)
そう、両親は何も悪くない。悲しそうな顔をする両親を見て、ルイーザの方が逆に申し訳なくなる。
ルイーザ自身絶望しているが、一人娘がこんな姿になってしまった両親だって、悲しんでいるのだ。
涙をためながらルイーザを撫で、両親は一旦帰路についた。ルイーザが犬になったことを知るのは、王と側近の1人、そして一部の魔術師と両親だけである。つまり、普通の伯爵夫妻がこの場に留まるのは非常に不自然なのだ。
(お父さまもお母さまも悪くないわ。
……悪くないのだけれど……
番犬の振りとは言われたけれど……)
ルイーザが人目を避けるように連れて来られた建物は、彼女が思っていたよりもずっと清潔感があった。掃除の行き届いた室内に、ふかふかのベッド。扉はないけれど、トイレだって別室に設置されている。
(普通に犬舎に放り込まれるとは思わなかったわ!!)
ここは、番犬たちが多く飼育されている犬舎だった。
ルイーザが宛がわれた部屋には、新しく設置されたルイーザ用のベッド(もちろん丸い犬用ベッドである)を含めて、5つのベッドが設置されている。つまりこの部屋には4匹の先住犬がいた。王宮の番犬の雌犬用の部屋である。
少し明るい茶色い犬が2匹、黒い犬が1匹、そしてルイーザと同じチョコレート色の犬がいるが、いずれも犬種はルイーザと同じものらしく、大きく立派な体つきをしている。夜も遅い時間帯のせいか、各々のベッドの上からこちらを眺めている。
(どうしよう、これ、挨拶とかするべきなのかしら……?)
「わふん」
(ごきげんよう)
新入りを見ていた先住犬たちに、お座りの体制から尻尾を振ってみたのだが、興味がなさそうに顔を背けられる。王太子妃候補は辞退になるし、両親には置いていかれるし、挙句犬に無視をされる。遣る瀬無い気持ちになった。無視をされず犬の挨拶──お尻のにおいを嗅がれてもまあ困るのだけれど。諦めたように、ベッドの上に丸くなった。
生まれて18年。令嬢としてしか生活したことがなかったのに、暫く番犬の振りをしろだなんて。明日から、ちゃんとやっていけるのだろうか。そもそも、番犬の振りとは何をしたらいいかわからない。もちろん、本格的に番犬をする必要はないのだろうけれど。
少なくとも、犬らしく振舞う必要はあるだろう。
今日は本当に踏んだり蹴ったりだ。先ほどまでは、数時間前までは綺麗なドレスを着て、ダンスを踊り貴族と話し。まっとうな令嬢として、社交に勤しんでいたというのに。
更に、舞踏会での出来事──王太子と令嬢たちの視線を思い出す。あの時はひたすら怒りが湧いていたけれど、今は無性に悲しくて悔しい。小さいころから頑張って、娯楽の時間もすべて勉強に充てたというのに。
「くぅ~ん……」
(何でこんな目に合わないといけないの……)
思わず涙がこぼれる。犬の姿でも、人間と同じように涙を流せるのかとどこか冷静な自分が驚いていた。その次の瞬間、一匹で寝るには少々大きいベッドの端が少し沈む。
ルイーザの目の前に先ほど無視をしてくれた、大きな黒い犬がいた。窓から月明かりのみが入る薄暗い部屋に、ぼんやりと黒い体と金茶の瞳が浮かんでいる。犬はペロリとルイーザの頬を舐めると、ルイーザに体を寄せて眠る体制に入った。
(ホームシックになった新人だと思って、なぐさめてくれているのかしら?)
鼻先でつついてみると、ちらりと煩わしそうな目を向けられるが去る様子はない。
(お姉様がいたら、こんな感じだったのかしら)
寄せられた体温の暖かさに、ささくれだっている心が解れるような気持ちになり、ルイーザはゆっくりと眠りに落ちた。
14
あなたにおすすめの小説
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~
百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。
放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!?
大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。
病弱令嬢ですが愛されなくとも生き抜きます〜そう思ってたのに甘い日々?〜
白川
恋愛
病弱に生まれてきたことで数多くのことを諦めてきたアイリスは、無慈悲と噂される騎士イザークの元に政略結婚で嫁ぐこととなる。
たとえ私のことを愛してくださらなくても、この世に生まれたのだから生き抜くのよ────。
そう意気込んで嫁いだが、果たして本当のイザークは…?
傷ついた不器用な二人がすれ違いながらも恋をして、溺愛されるまでのお話。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気
ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。
夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。
猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。
それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。
「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」
勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる