最強の竜騎士団長は、すべてが妹♡至上主義!

黒いたち

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第二章 臣下とは王のために存在する

執事長はお見通し

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 やわらかな朝の陽射ひざしが、広大な敷地しきちに降りそそぐ。
 厨房ちゅうぼうからただよってくる朝食のにおいに、庭で雑草を抜いていたアルデの鼻がひくついた。

 十二歳にしては、小柄で痩せぎすの少年だった。
 おおきな瞳と、ひきむすんだ口元は、勝気そうな性格をあらわしている。

 庭師にわしの見習いとして、かかえられたのは、昨年の冬のこと。
 
 父親の事業が失敗し、頭をかかえるだけでうごかない両親を見限って、職業斡旋所しょくぎょうあっせんじょに駆けこんだのが始まりだった。

 食欲の無い両親とちがって、こちらは食べ盛りの少年だ。 
 丸二日、まともに食べておらず、空腹が限界だった。

 なんでもやるから仕事を紹介してくれ、と受付に直談判していたら、うしろから老紳士に声をかけられた。

「きつくつらい仕事でも、投げださないと約束できるか?」
「もちろんです。ただ、しばらくは日払いにしてください」
「なぜ」
「家族がにしそうだからです」

 アルデは、まっすぐに老紳士を見つめた。
 その目を見返して、老紳士は口を開く。

 見習みならい期間は三年間。
 休日は週に一日のみ。
 衣食住を保障するかわりに、給金は国に定められた最低賃金。

 老紳士が出した条件に、アルデは二つ返事でうなずいた。

 老紳士をともない、帰宅してみると、差し押さえの赤札だらけの家具にかこまれ、両親が自殺未遂をおこしていた。

 発見が早く、幸いなことに両親は命をとりとめた。

 アルデの細い両肩に、家の借金と両親の治療費がのしかかった。
 大金すぎて見当けんとうがつかず、アルデは天をあおぐ。

 冬の空は、ぶあつい雲におおわれ、一筋の光も見いだすことはできなかった。

 アルデは、となりの老紳士に視線を転ずる。
 病院にまでつきあってくれたのだから、多少のわがままは聞いてくれるかもしれない。

「仕事って、今日からもらえるんですか」

 日払いなら、三日ぶりにまともな食事にありつける。
 そんな目先のことしか考えずに発言しただけであったが、なにをどう勘違いしたのか、老紳士は目を大きく見開いて、アルデをきつく抱きしめた。

 連れられ、やってきたのは、門番もんばんが常駐するような、おおきな屋敷だった。

 説明されるまで裏門うらもんだとは気づかず、通された屋敷が、執事や使用人が住まう別邸べっていだということに気付かなかった。

 あたえられた仕事は、庭師見習い。
 
 本邸ほんていから正門せいもんまでは馬車で行き来するほどに遠く、その途方とほうもない距離すべてが、うつくしく整えられた庭であった。

「ここは、城ですか?」

 おもわず口にしたアルデを見て、老紳士――執事長しつじちょうのロベルトが、ちいさく笑みをこぼした。

「初めて見た人間は、皆おなじ反応をするものだ」

 目じりにわらいジワをつくり、ロベルトは誇らしげにアルデに告げる。

「おぼえておきなさい、アルデ。ここは国内三大公爵家の筆頭ひっとうであらせられる、ブレイデン公爵家の邸宅ていたくだ」



 それから半年の月日がながれ、アルデは今日も、庭師見習いとして雑用をこなしている。

 軍手ぐんてを外し、胸元から懐中時計かいちゅうどけいをとりだして、時刻じこくを確認する。

 アルデの十歳の誕生日に、両親がプレゼントしてくれたものだ。
 羽振はぶりがよかったころの名残というべきか、刻印こくいんが入った金時計は、りっぱなものだ。
 両親との思い出の宝物――と言えればよかったが、実際のところは、いつでも時刻が確認できて便利だな、ぐらいにしか思っていない。

 思い出にひたるには、年月も余裕よゆうも、圧倒的に足りない。
 それよりも、朝食を逃すわけにはいかないと、アルデはあわててあとかたづけに取りかかった。

 とつじょ、高い水音がひびき、アルデは振りかえる。
 背後にあるのは、背丈ほどの生垣いけがき
 そのむこうにみずうみがあったことを思いだし、かんがえるまえに走りだした。

 断続的に聞こえる、もがくような激しい水音に、使用人の誰かが足をすべらせたと当たりをつける。

 アルデの視界が湖をとらえると同時に、黒いかたまりが、湖からいあがった。
 けものかとおもいドキリとしたが、よくみるとそれは、漆黒の服をきた青年だった。

 苦しそうにむせて、水を吐きだす。
 胸をおおきく上下させながら、足をなげだすように地面にすわりこんだ。 
 口をぬぐい、濡れた蜂蜜色はちみついろの髪を、邪魔そうに後ろになでつける。
 
「だいじょうぶですか?」
 
 アルデの声に、青年がこちらをむいた。
 警戒するように、動きにすきがなくなる。
 朝日をうけて、したたる水滴が飾りのようにきらめく。
 しなやかでうつくしい獣のようだ、とアルデはうっすら思った。

 アルデは立ちつくしたまま、青年を観察する。
 かっちりとした漆黒の服は、軍服のように見える。

 腰にいているのは、まばゆいほどにかがやく長剣だ。
 白銀のつかには、華やかな曲線がほどこされ、まるで芸術品のようだ。
 さやには、繊細な文様が金で高彫たかぼりされ、あちこちに宝石が散っている。

 青年の涼やかな碧眼へきがんが、アルデの頭からつま先までをたどった。
 
「騎士様ですか?」
「庭師か」

 同時に発せられた質問に、アルデはそつなく返答する。

「はい、まだ見習いですが。ここは主人が所有する湖でして、泳ぐ許可はとっていますか?」

 彼はどうみても使用人ではない。
 無礼ぶれいだと怒鳴られるのを覚悟で、アルデは使用人としての職務をまっとうする。
 ここで騒がれたとしても、ほかの使用人が駆けつけてくるだろうとの算段だった。
 
 不躾ぶしつけなアルデの問いに、青年は表情を崩す。
 雰囲気がやわらぐと、おもっていたより若いことに気づいた。
 なにがおもしろいのか、クツクツと笑って、ふところから一枚の書状を取りだした。

玉璽ぎょくじのある通行手形を持っている。国内で俺が入れない場所は無い」
「そうですか」

 それが本物か偽物にせものかなど、アルデにはわからなかったが、騎士様がそういうなら、そうなのだろう。
 アルデは、納得したふりをした。

 それよりも、紙なのに水滴すいてき をはじいていることに、目を奪われた。
 珠のような水滴が表面をすべりおちたかと思うと、ぬれたようすが見受けられない。
 紙も上質そうだから、仮にだまされていたとしても、十二歳の少年ならば仕方ないと思ってもらえるだろう。

 アルデは、そう結論づける。

「それより、風呂を借りたい」
「風呂、ですか」
「ああ。屋敷の主人への挨拶に、この格好じゃ失礼だろ?」

 そういうと、青年はさっさと歩きだした。
 迷いのない足取りは、まっすぐに別邸に向かっている。
 アルデは、あわてて彼の後を追う。

 青年が別邸の扉に手をかけたとき、いきなり背後から声をかけられた。

「おかえりなさいませ、ギルバート様」

 聞き覚えのある、おちついた深い声音に、アルデはギクリとする。
 目の前の青年、ギルバートの背中も、こわばった。

別邸べっていに、なにか御用でしょうか?」

 そろり、とギルバートが後ろをふりむく。
 同時にふりむいたアルデが見たのは、それはそれはにこやかな微笑みを浮かべた、執事長ロベルトの、洗練された立ち姿だった。

 ロベルトとギルバートが対峙するのを見ながら、アルデは冷や汗をかく。
 
 ギルバートというのは、己がつかえる家――ブレイデン公爵家のご令息のご尊名だ。
 つまり、庭師見習いごときが、軽々しく口をきいていい相手ではない。

「散歩をしていたら湖に落ちたから、風呂を借りに来ただけだ」
「なぜ別邸に?」
「近かったからだ」
「そうでしたか。私はてっきり、緊急時以外は使用しないとお約束いただいていた転移魔術てんいまじゅつを使用し、座標ざひょうのずれから湖に落下、すべての証拠隠滅しょうこいんめつをはかるために、わざわざ人気ひとけのすくない別邸の浴室を使用しに来られたのかと、かんちがいしておりました。――アルデ」
「はい!」

 きゅうに名を呼ばれたアルデが、反射的に返事をする。

「おまえが見たことを、すべて話しなさい」

 左右どちらからも鋭い視線が飛んできた。
 どちらも敵に回したくない一心で、高速で頭を回転させる。
 
「湖の方角から水音が聞こえたので、かけつけると、ギルバート様がいらっしゃいました。以上です」

 考えうる最適解さいてきかいを口にして、うつむくように頭を下げる。
 これ以上は巻きこまないでくれ、という意思表示だった。

「ご苦労。さがりなさい」
「はい。しつれいします」

 やっと解放され、アルデは別邸に逃げるようすべりこむ。 
 つめていた息を吐くと、朝食のにおいに腹の虫がさわぎだした。
 したたるような額の汗をぬぐって、食堂へと向かう。
 そのとちゅうで、もういちど、おおきな安堵あんどのため息をついた。





 アルデが去り、ギルバートはロベルトに向き直る。

誤解ごかいはとけたか?」
「そうですな」

 ロベルトは、ひとまず、うなずいてみせる。
 冷戦 れいせんのような空気が無散むさんして、ギルバートの肩の力が抜けた。

本邸ほんていの浴室をお使いくださいませ。そちらのほうが、設備が整っております」
「そうしよう。――脱ぐから受けとれ」

 水がしたたる団長服は、重くて動きにくい。
 ぬれて外しにくい金ボタン無視して、漆黒の長衣を頭から脱いだ。

 ギルバートは、猫のように頭を振って、水気をとばす。
 その動作に、ロベルトが眉をひそめた。

「ギルバート様。お行儀が」
「大目に見ろ。剣もたのむ」

 ギルバートは、儀礼用の飾剣ドレスソードを、さやごと抜きとる。
 長衣と飾剣を受け取ったロベルトは、きらめく褒章ほうしょうに目を留めた。

「せっかくの褒章が、みずびたしです」
「クソジジィの手あかが落ちて、きれいになっただろ?」

 ギルバートが言う「クソジジィ」とは、国王の隠語だ。
 ロベルトは、その単語だけは、いつも聞かなかったことにしている。
 なぜなら、いちいち訂正していると、話が進まないからだ。

 本邸へむかう彼に、ロベルトが問いかける。
 
「昨晩の褒章授与式ほうしょうじゅよしきは、いかがでしたか」
「どうもこうも。クソジジィは、魔人が命令に従った数を読みあげ、ご満悦だ」

 膨大な魔力を有するギルバートは、国境こっきょうでの小競りあいが起こるたびに、援軍として現地に出向しゅっこうを命ぜられる。
 威嚇射撃いかくしゃげきがごとく、派手な魔術をぶっぱなし、桁外れな力で鎮圧ちんあつすること、年に数十回。
 毎年増える褒章に、そろそろ団長服が重くなってきた。

「毎度毎度、褒章を押しつけやがって。他国に魔人まじんを見せびらかしたいだけだ、あれは」

 ギルバートが、げんなりとぼやく。

「ご立派にやりとげられ、旦那様もお喜びです」
「それだよ。おまえ、アンジェリカに手紙を書かせたな」
「書かせるなど。お優しいアンジェリカ様の、お気持ちではございませんか」
「お優しい俺の妹は、周囲の望むことを叶えようとする、実行力のある天使なんだよ」
「おや。うれしくありませんでしたか?」

 ギルバートが足を止める。
 怒気をふくんだ碧眼が、するどくロベルトをにらむ。

「そういう問題じゃない。これ以上、アンジェリカを政治的な駒としてあつかうようなら、こちらにも考えがあるということだ」
「さようでございますか」

 まったく顔色を変えずに、あいづちを打つロベルトに、ギルバートが嘲笑を返す。
 ロベルトとの距離をつめ、彼の耳元でささやいた。 

「おまえの大事な旦那様が、二度とお喜びになれなくなってからでは、遅いだろ? なあ、ロベルト」
「今朝は、ずいぶんとご機嫌ななめですな」

 ロベルトが、やれやれといった具合で、ため息をつく。

「食事も睡眠も不十分なまま、転移魔術を使用なさるから、湖に落下するのですよ」
「おまえになにがわかる!」
「そうですね。私にわかることといえば、むかしから坊ちゃんは、眠いときと魔術が失敗したときは、不機嫌きわまりない、ということだけでございます」

 ギルバートが、グッと言葉につまる。
 そんなギルバートを、ロベルトはまっすぐ見つめる。

「転移魔術を使うなとは言いません。ですが、疲労や寝不足など、集中力が低い状態で、高難度の術式を展開することの危険性を、いまいちどお考えください」

 ロベルトの真摯な言葉に、ギルバートは口を閉ざす。
 しばらくして、彼は深いためいきをついた。

「……わかったよ。だから、坊ちゃんと呼ぶな」
「もういちど、お約束いただけますか?」
「存外しつこいな、おまえ」

 自分の暴挙を棚にあげ、ギルバートが口を滑らせる。
 ロベルトが、執事の鏡のように微笑んだ。
 
「坊ちゃんが、私とのお約束を破るからでございます」
「おい、だから坊ちゃんはやめろと――」
「しかしながら、よくかんがえてみると、坊ちゃんがおむ必要はございませんね。アンジェリカ様と私では、坊ちゃんにとっては天と地の差。私との約束より、アンジェリカ様とのお食事を優先させるのは、あたりまえのこと。幼い頃より見守ってまいりましたが、なにやらお寂しゅうございますね。つい昔を懐かしんで、坊ちゃんと口に出してしまうこともありますが、私ももう年ですし、それをとがめられるようでしたら、そろそろお暇をいただきたく――」
「わかった、わかった!」

 降参するように、ギルバートが両手を上げる。

「つかれたときは、転移魔術を使用しないと、剣に誓う。これでいいだろ?」
「アンジェリカ様に誓いますか?」
「う゛……ち、誓う」
「声が小さいですが、まあよろしいでしょう。ではギルバート様。浴室へお急ぎください。アンジェリカ様を、お待たせしないように」
「ああ」

 表情が明るくなったギルバートに、ロベルトは満足そうにうなずく。

 本来ならば、執事長であっても、主人のご令息にこのような態度をとることは許されない。
 しかし、主人どころかその奥方からも、彼の生存率が上がるならば積極的におこなってくれ、と公認されている。

 親にとって、子供はいくつになってもかわいいもの。
 つねに危険ととなりあわせの息子を案じる親心に、ロベルトは賛同の意をしめしている。

 すでに成人し、りっぱに竜騎士団長としての責務を全うしているのは、重々承知のうえ。
 それでもロベルトは、幼いころより見守ってきたギルバートのことを、結局のところ、どうしても孫のようにかわいく思ってしまうのであった。
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