オットマンの上で

刺客慧

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第六話:失われたSを求めて(下)

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(前回までのあらすじ)
 パンダ型バススポンジ『パン子』はカフェでシシリアンライスへの罵倒ばとうをこれでもかとしていたら新時代の中二魔王シシリにうっかり目を付けられ彼に敗北。
 実時間で三時間ほど、仮想かそう佐賀時間で三年間、ヒモ男を養いながらド田舎にてボンビー中年女の日常を味わう羽目になった。

 結果、シシリアンライスについての考えを1ミリ改め、銀の戦闘鎧プロイウム・アーミスパンコス・アウレリウス・マヌコニウス、通称パルとして復活。
 真夏なのにガントレットを身に着け、黒いローブに着替えたシシリとフェリーに乗り込み、ホケンタイイクルス退治に佐賀県を目指したのであった。

***

 夢の中でシシリは幼少のころの記憶をさかのぼり、延々えんえんと一人の男に問いかけていた。

「しばらく? しばらくってどのくらい?」 「いつ? いつ帰ってくるの?」
「なんで? 何でママに何も言ってあげないの?」

 男は口を開いて何かを答えている。しかし、何も声は聞こえてこない。
   だが最後、消える前の最後の一言だけは、はっきりとシシリの身に刻まれていた。
「シシリ。カーサンは強い。だけど、女の人だ。いざとなればシシリが支えてあげないといけない……」
 
 ……、……、チン! ガーーー。

 電子レンジの調理終了音が鳴り、シシリは起こされた。トラックの荷台の中で周りは暗い。ただ、パルの眼だけが煌々こうこうと光っているので。目の前は照らされている。パルの鎧は腹がスライド開閉式で今は開いていた。

 一皿のシシリアンライスが置かれていた。
 先ほどのチン音はこれの排出はいしゅつ合図だ。

 たらふく食ったサービスエリアのおにぎりが変換されてパルの腹から出て来たのだ。

 パルは何も気付かずゴゴゴゴゴと低音をきかせたいびきをかいていた。

 パルの巨体は改札を通れない、大半の椅子いすに座れない。故にフェリーでの移動を余儀よぎなくされ、福岡についてからはヒッチハイクで三台トラックを乗り継いで佐賀市を目指していたのであった。

 ……、……。
 白い霧の中、男は手持無沙汰てもちぶさただった。手の中にあったものが今しがた消えた。また初めから作るとしよう。

 星の中は白く、ときに紅く、ガスによって天は見えない。そう、霧の中ではなくガスの中だ。

「いっけね……」
 男の尻から大きめのが出た。
 周りのガスにゆっくりと結合して圧縮爆発が時間差で男の背後のいたるところで起こる。圧縮爆発は屁の成分からできた新たなガスを生み、距離にして十キロメートルに及ぶ爆発の連鎖れんさを呼んだ。

 星に生態系せいたいけいはない。だが、星の中には小さな惑星わくせいや、隕石いんせきが浮いたり飛び交ったりしている。屁をこく行為は十分じゅうぶんに環境に影響をおよぼす行為こういなのだ。

「暇だ……。また作るか……」
 男は閉ざされた空に地球の青を思い浮かべた。
 

***


 翌朝。シシリとパルは佐賀市の街中を歩いていた。

「情報はつかんでいる。ターゲットは今日、教育委員会の査察員ささついんとして巨星きょせい小学校に現れる。そして、一階の家庭科室、体育館、体育倉庫、給食室の視察をして帰る手はずになっている」

「ターゲットハドコデシトメルノ?」

「給食に一体、教職員一体、学校に潜入しているやつらがいる。そいつらと合流をしたタイミングで一網打尽いちもうだじんにするぞ」

「イキナリ、サンタイアイテトハネ」

「お前と俺ならいけるだろ」

「ゴッゴッゴッゴ、シーサントナララクショウヨ」

 パルの返事に安心してシシリは小学校へのを進めようとした。

「シシリヨ。ココロシテカカルノダナ……」

 シシリは振り返った。それは重くのしかかる語調ごちょうだった。金属のきしむ音を立ててついてきていたはずのパルが腕を組みえらそうに止まっている。

「どうしたんんだいきなり?」

「……」

「おい? どがんした、パル?」

「……。キサマハ、ホケンタイイクルス……、イヤ、アッセシアノヤリカタヲ回りくどいと言っていたが、ソノ意味を知れ」

 語調も語気も重々しく説教のにおいがプンプンする。先ほどのパルとは全く様子が違った。

「何だ? 回りくどいのには理由があると言うのか?」

「こずるい微妙なやり方でも俗世ぞくせは変わることがある。微妙だとさげすまれるやり方を微妙に続けて微妙に疲れて、誰からも気付かれず、誰も傷つけず、微にして妙を積み重ねた結果は、果たして微妙なのかな?」

「……、そがなもん、微妙に決まってるだろ」

「よろしい。ならお前のことだ。おまえが今からやろうとしていることは、力による、強硬な解決だ。事が成ったその先に待つのは、ホケンタイイクルス達との全面戦争かもしれん。その覚悟はあるのか?」

 黙って聞いてはいたがシシリの目つきは誰それかまわず喧嘩けんかをしかけるチンピラのものだった。
「……。ふん。外道ん説く道理なんて聞かん」

「なら、これ以上は言わん。……、ゴゴゴ。マザー 〇ァッカー ザッソウターベール」
 パルはそれっきり『レッツゴー法面のりめんサーファー』を歌いながら後ろをついてきた。
 

***


 巨星小学校、給食室。

多久たくくん。今日も一人なのか?」
 チーフである逸見食敏へんみしょくとしは一人で給食を受け取りに来た三年生の男児に声をかけるが返事をしてくれないばかりか目を合わせてもくれない。

「むう。この間も後からみんなくるって。結局、君一人だけだったじゃないか」

 上を向きかけていた男児の視線が再び落ちる。逸見は荒く鼻息を出した。

「仕方ないな。私も運んであげよう」

 多久くん、と逸見が呼んだ男児はおかずの入ったステンレスの容器を両手でさげて、少しよろよろしながら階段を上り、自分の教室に向かう廊下ろうかを歩いていた。

「多久くん。力持ちになったなあ」

 逸見はゆっくりと多久くんについていく。パンや他のおかずが入った二段トレーとシチューが入ったステンレス容器を軽々と持っていた。

   小学校の廊下は大人にとって小さい。逸見の巨体はこれ以上大きかったら|挟まり身動きが取れなくなるほどサイズぎりぎりだった。
 多久くんのペースで歩いていると、先ほどまで大分遠くだった笑い声やおしゃべりが段々と逸見のすぐそばまで追いついてきていた。容器が当たらないように逸見は気を付けながら後ろを向いた。

 四年生の女子たちのグループだ。四年生はまとまりがあって、他の学年と比べて広く交流を持てる子が多く、問題も少ない。給食の時も取りに行く人数は三人で十分なのだが、係の子たちに仲良い生徒もついていくため、いつも五、六人は必ずいる。

「やあ。こんにちは」逸見は女の子たちに声をかけた。

「おじさん。こんにちはー」

「でっか」
「おっさん、でっっか」

「君たちちょっと、いいかな」

「どうしたんですか」

「あの子が一人で大変だから。これ持って行ってあげてるんだ。良かったら君たち三年生の教室まで手伝ってやってくれないか」

「いいよ」
「教室となりだし」
「三年のやつらどういうシンケイしてんの。あたしらで文句言いに行く?」
 素早く四年生は逸見の手から給食を受け取り、多久くんの周りを囲んだ。

 逸見は多久くんをみて少しうれいの残る顔をしていたが、給食室へと戻り始めた。そこにやたらスタイルの良さを誇示こじする女性と、ジャージ姿の一人の男性に出くわした。

「どこにいるかと思ったら。こんなところほっつき歩いて。何をしていたの?」

 女性は襟元えりもとからへその部分までフリルをあしらった白いワイシャツを着ているだけでジャケットを身に着けていない。そでも少しまくっていて腕のネックレスをぎらつかせている。下もスカートのたけが短く、黒のストッキングをはいた太ももが見えている。

 女教師もののAVで見るような格好そのまんまだ。
 逸見は見れてきたと思う自分を恥じた。

 誰が何度も注意しても彼女は服装を一向いっこうに改善しない。唯一ゆいいつ合格なのは来客用のスリッパにき替えていることだけだ。

壇態だんてさん。査察は午後からのはずでは?」

「今も午後です。もともとあなた達が私をわずらわせてるんだから、私に合わせなさい」

 ダンテと呼ばれた女性の後ろから影のようにもう一人、片眼鏡かためがねをかけた老年の女性が姿を現した。着やしないダンテのジャケットを持ち、本人はツーピースの黒基調のスーツにインナーもグレー。
 本当に影であることを主張している。

礼血れいけち。査察の邪魔だから教頭の相手はあなたがしなさい。私はこいつに話があります」

「はい」
 返事を一つ。礼血は職員室に向けて静々しずしずと歩き、あっと言う間に姿を消した。
 
 逸見は大総統である礼血を追い払ったダンテに内心で舌打ちしていた。今は給食の時間である。生徒たちが教室にいるうちに、用をませてしまいたいものである。
もっとも、そうはいかないだろうが……。

 ……、……。
「ですから予算を少しでもこちらに」

「デザートをなくせばいいでしょ」

「すでに減らしています。けど完全にゼロにはできません」
 逸見へんみとダンテは小声でのやり取りではあるがせわしなく移動しながら言い合っていた。ダンテの目的は逸見たちのホケンタイイクルスとしての仕事ぶりの調査であるが、逸見は完全に給食のチーフとしての立場で、現在は教育委員会に席を置く(潜入なのだが)ダンテに食ってかかっている。

「なら肉を減らすことね」

「正気ですか。子供の発育に影響が出ます。私はおろか、この学校の誰も賛成しませんよ」

「もういい! もううっとうしい! 私はあんたらがしっかりレシピを管理しているか見に来たのよ! それが何よ! シシリアンライスは二週に一ぺん? ほとんど仕事してないじゃない。何のために学校にもぐり込んでるのよ! 挙句あげくの果てに、県からの助成がどうのとか、値上がりの影響だとか! どうしてそっちの方の話ばかりなの!?」ダンテはすぐに我慢がまんの限界を超えて金切り声を交えて逸見に怒鳴り始めた。

「貴方への恩もありますが、それ以前に私はこの学校の給食チーフです。そちらの職務を優先しないでプロジェクトは遂行できません」

「黙りなさい! 本末転倒ほんまつてんとうよ! あんたらは私の言うことだけしてればいいのよ! 勝手に職務だの役目だのにのめりこんで、毎度毎度難題なんだいを作っては私に言ってくる!」

「じゃあ。教育委員会を辞めればいかがですか? もともと金とコネでなっただけでしょう。さっさとまともな人間に変わってほしいところなんですがね」

「はあ? アナタ、私がまともじゃなかって言うの! 大体子供の給食……」

「壇態さん。もうその辺で。体育館も見ていただきたいので、こちらに」
 ジャージ姿の男がようやく口を開いて二人の喧嘩に割って入った。彼は逸見と同じくこの学校に潜むホケンタイイクルスの高梁たかはりで、六年生の教師をしている。

「オホン。一応行きますけど。すぐ終わらせましょう」

 ダンテの態度に異をとなえることはないが高梁の行動も職務に忠実なものできびきびとしていた。スタスタと先に歩き、体育館のドアを開けて先に中に入って行った。

 二人もそれを追うが、急に争う声と、音が聞こえ、高梁がドアと共に吹っ飛ばされてダンテ達の前に倒れた。

「そこまでだ。ホケンタイイクルスども」

 火薬でも使ったのだろうか、高梁を襲った相手は煙におおわれていた。ローブ姿の男と巨大な鎧が一体。煙が晴れると同時に、次第にその姿を現す。

 ダンテは男の顔を見て開いた口がふさがらなかった。

「シーちゃん!?」

「ママ? なしてここに?」

 パル含めて周りからは、へ?、という言葉がれた。

 ……、……。
「ドウナノヨ? シーサンノママモ、ホケンタイイクルスダッタ? チョー、オモシレエ、オマエノママオモシレエ。オマエハマザコン」

「い、い、い、いや、そがんはずはなか。こりゃあ……、そう、何か、手違いだ」

 シシリは迷いながらも意を決した。目が段々とまっすぐになっていく。教師に化けた二体だけやればいいのだ。

「パル、俺ば乗せて飛べ、奇襲をかける」

「ラジャー!」

 シシリはパルの背中に乗った。パルは思い切り地面をるために踏ん張ると足の周りに電流が起こった。それが足先に収束しゅうそくされ、大きな力となる。

 体育館入り口のコンクリが崩壊して、パルが足に帯電したまま空中に飛び上がった。

「なっ!?」

 逸見へんみ高梁たかはりは身構えた。おそらく自分たちに狙いを絞って落下してくるだろう。

 次の瞬間、体育館への渡り廊下の天井に穴が開き、大きく崩れながら大鎧の姿が逸見の背後に現れた。逸見は後ろを向いたが完全に機先を制された。大鎧に取り押さえられて地面に倒された。

「ママ!」
 シシリはダンテを両手で抱えて、校舎の中に。家庭科室まで運んでゆっくりおろした。

「危なかけんそこで待っとって」

「……」

 シシリは体育館に向かい猛ダッシュした。逸見に加勢をしようとするジャージ姿の高梁の前に立ちはだかる。

 高梁の眉間にしわが寄り、顔に影が降りる。
 ジャージを脱ぎ捨て見えた腹の中からは隠し持っていた黒い木刀が、ズブズブと音を立てて出てくる。
シシリは両手のガントレットに仕込んでいたブレードを出した。向かい合う二人の姿勢が低くなる。

 その後ろでは、逸見を取り押さえていたはずのパルがあぎとをつかまれ、怪力で地面に押さえつけられていた。

「グゴゴ……、ヤルワネ」

「午後から三年の体育だってのに。壊しやがって!」

「ゴッゴッゴ、マジメナヤツネ」

「これ以上、授業の邪魔はさせんぞ!」

「ガガゴゴゴ! ナラ、オクノテヨ」
 パルの腹が開いた。鎧の中は底なし沼のように黒だけのコントラストが奥深い闇を描いていた。その奥で謎の紋章もんしょうが赤白く光る。

 チンッ、と調理完了音が鳴ったと思いきや、逸見の体が大きく宙に浮いた。

「ハイベンカンリョウ」

 巨体を大きく宙に打ち出した質量は、大量のシシリアンライスだった。朝方食べたものがパルの体内で出来たてのシシリアンライスに変換されて排出されたのだった。

「うおおおおおおおおお!」ソースと牛肉ときたての米の中で逸見はもだえた。
 

***


 体育館の中では木刀打ち込みのひびきと、靴底くつぞこすべる音が木霊こだましていた。剣術とリーチに勝る高梁にシシリは防戦一方で、打ち込まれるたびに音が、カン、と高くひびき渡る。

 シシリは両手のブレードの刃をクロスさせて受け止めていた。高梁の木刀は何故かそのダマスカスの刃に触れても傷一つ負わない。

 シシリは一か八か、高梁の突きをブレードで受け流しながら横にステップ。ふところに入り、右のブレードで腹をこうとした。

 だがそれも腕ごとわきで抱え込まれ振り回されたあと、りを食らい再び距離を取られた。

「あんたが。壇態さんのお子さんか」

「そうだ。なして、うちの母がお前らといる?」息も絶え絶えにシシリは答えた。

「それは、俺の口からは言えん。あの人に直接聞きな」
 高梁は木刀を上に構えた。示現流じげんりゅうの構えだ。一撃で決めに来る気だろう。

「剣はどうも、ととしかことになるね」
 シシリはブレードをしまい、腕をSの字に描いた。仕上げとして手の甲をコの字にり込む。サガアーツの構え、完成だ。
 

***


 落下して、大ダメージを食らっても逸見へんみは立ち上がり、パルと対峙たいじしていた。

 パルの容赦ようしゃない突きが繰り出される。

 逸見はかわした。代わりに拳を受けた校舎こうしゃに穴が開く。

「ゴゴゴ、カンタンニヨケテモイイノ? オオオトコサンヨ」

 逸見はパルをにらみつけた。彼の背後には花壇かだんがあり、パンジーが植えられている。二、三年生が共同で植えたものだ。

 それぞれに名前が書かれたプラスチックの札がささっていた。
 その中の一つ『三年一組 多久たくしょうのしん』。

 逸見はパルの拳を今度は避けなかった。一撃いちげき。強烈な打撃が逸見に食い込む。

 逸見は渾身こんしんの力でパルに殴り返した。

 鎧は頑丈がんじょうだ。パルは退かない。
 打撃の応酬が続く。何度も何度も食らい、赤い疑似血流液を出しながらも、逸見は一歩も引かない、倒れない。だが限界は近かった。

 ……、……。
 多久くん。君が大変なのはよく分かってる。
 けど、君はこれからいろんな人に出会って、多くを学ぶ。俺の知らない焦りや絶望があるはずだ……。
 しゃべらなくてもいい。まずは顔をあげて手を見てみよう。少しずつ相手に興味がわくようになる。

 目を見てみよう。ほんの小さなつながりが生まれる。
 少しずつ人を見てみよう。少しずつでいい。君はまだ三年生なのだから。

 ……、こんな時に気持ちを言葉にできるなんて。
 今すぐ君に伝えたい。

 逸見はついに意識を失った。
 

***


「せやああああああああ!」

「はいいいいいいい!」

 勢いよく振り下ろされる木刀を皮一枚でかわし、今度はシシリが脇で高梁の両腕を抱えて取り押さえる側となった。

 暴れるまえに、素早く蛇拳じゃけんを首、わき腹、みぞおちにして動きを止める。

 高梁は膝から崩れ落ちた。

「示現流はチェストォだろ。なして手加減した……」

「ぐっ、あの人のご子息しそくは……、流石に傷つけられん」

「……。悪かことしたね」

「別に、よかよ」

 そのまま倒れす高梁を暗い表情でシシリは見つめていた。

 体育館にスリッパの音が鳴った。シシリは背後からくる憎悪ぞうおに悪寒を走らせた。

 振り返るとそこには母、壇態だんてが立っていた。

「シシリ。あんた! 許されんことしよったな!」

「ママ。落ち着いてくれ。一体どがんしたと?」

「全く。血は争えんとね……。そいつも、アンタと同じ、私の息子ばい」

「……。え? なして……」

 ダンテの手には白く小さな飴玉あめだまサイズの球があった。それが宙に浮くと急速に膨張ぼうちょうし始めて、だいだいしまが所々に見られる人間サイズの球体になった。

 ……、木星だ。その中心には目蓋まぶたがあった。いや、目蓋ではない。ぱっくり開いても眼球がない……。これは、女性の……。

 分析をする前にシシリの意識は途絶えた。木星に一瞬にして吸いこまれたからだ。
「しばらく反省してくるとね」

 気が付くとシシリはすべてが灰か白の空間にいた。自分が立っているのは地面であるのかわからない。宙を見上げるとガスで白く覆われていて、気味の悪い場所だった。

「来たか……」

 声がした方を見ると、男がひざをついて何か手元でせっせと作業をしていた。その姿は18年ぶりに見る。

「父さん? トーサンなのか?」

「ああ、その呼び方、懐かしか……」男はうつむいたままぼそぼそと話す。その姿には気力が感じられなかった。

「ここはどこなんよ? 俺は何ばされたんだ?」

「カーサンの作った疑似木星。大地はなく、お前は高圧で圧縮された水素の中にいるのだよ」
 シシリはパニックに陥るすんでのところで理性を保っていた。地などない、足もついていない、浮いてもいない。
 なのに立てる歩ける。身に触れるのは人間には過ぎた濃度の水素。疑似的な環境とはいえ楽しめる余裕などない。

「いつからここに?」

「さあな。ここでは太陽も見えん。時間も分からない」
 父はシシリに、まあ座れ、と落ち着いた声をかけた。
座れるのかと、やや懐疑的になりながら慎重に腰を下ろすと、水素ガスが体にまとわりついて何の障害もなく尻をつけることができた。座っている認識があるが、尻には何の質量も感じない。

 何の気なしに辺りを見渡すと、いたるところで発生した雷光が百足のようにうねうねとせわしなく動き回っては消えていた。おそらくは大規模なプラズマが発生しているのだろう。

「あっ!!」

 シシリの横を小惑星が通り過ぎた。小さいと言っても人間から言ったら急に目の前に大陸が隆起して現れたほどのインパクトだ。木星のガスにより既に崩壊が始まっていて、紅蓮に輝く星の核のようなものがのぞいている。

 そのまま小惑星は木星の中心に向かい消えて行った。中心にたどり着くまでに燃え尽きるだろう。

 シシリはあっけにとられてその様子を見ていた。しばらくして、大きな崩壊の音が低く長く聞こえてくる。

 木星の奥が静かに光った。
 心をつかむ、見たこともない光だった。それは地球で見る星や月の輝きよりも青く美しかった。

「きれいだ……」

「ああ。これはカーサンの想像力が生んだものだよ」

「……。だがっ、母さんは……、カーサンは、アッセシアだった」

「私も苦しかったよ」

「父さんも、母さんに囚われとったなんて……」

 父は何とも悲しそうにシシリの方を向いた。

「俺はトーサンだが君の父ではない」

「え? 何。何ば言いよる」

「初めから君の記憶のトーサンは実在しない……」

「やめてくれや……。嘘だ。トーサンは俺に本物んシシリアンライスば、そん作り方、教えてくれた」

「……。その思い出も違う」

「嘘だ!」

「カーサンは料理ができなかった。唯一最後まで頑張れたのはハッシュドビーフ。肉も玉ねぎも入れる順番が全然違
うから焦げるまで煮込まないといけない。最終的に使える部分は一割だったから、後でお前が牛肉などを炒め直して、母さんのソースの食べれる部分だけすくいだしてご飯にかけたんだ。それが、おまえの語るシシリアンライスの正体だ」

「じゃあ、アンタは……?」

「お前なんだよ。紛れもなく……」

 再び衛星の崩壊が木星の中核から低く響いてくる。今度は翡翠色の光が二人を包んだ。父の姿をしたものは静かに口を開く。

「カーサンによってお前は何度かここに送り込まれた。そのたびにここにお前の中の記憶が少し残った。私はその塊なんだ」

「……。その姿はなんなんよ!」

「私はお前の見たくないものの塊だ。自然と自部で捏造した記憶の父親の姿が投影されている。そんなところだろうよ」

「そんな……」

「まあ。受け入れるか、カーサンが許してくれるのを待つか。どちらかだな。俺はお前の隣にいることにするよ」

 シシリは先ほどから男が手元で何をしているのか気になっていた。
 ガスがやや晴れて。手元が露わになる。

 やはりシシリアンライスだった。カーサンと作ったものではない。捏造されたレシピの盛り付けでもない。正真正銘のシシリアンライスだ。

「さあ。行ってこい」

 盛り付けが終わり、記憶がそう語ると、シシリアンライスは静かに消えた。

「どこに……、どこに向かうと言うんね?」

「世界のどこか」

「そん、どこかの誰か知らん奴は、お前のシシリアンライスを見て、いつもと違うやつ、とか思うのかなあ?」

「さあ。だが俺はこれが本物だから作り続けている。それだけだ」

「ここでずっとカーサンの陰謀と戦っていたのか?」

「戦う? はは……、恥ずかしい。……、ただの反抗だよ」

 二人はどうしようもなく気恥ずかしい顔をして、くっくっ、と笑い合った。
 木星の中核から今度は白い日からが広がった。それは、辺りを包むガスに反射して一層まばゆい光を、木星一つ分作り出した。あまりにも白く、明かるすぎる。
 
 いつの間にかシシリは自分が残した記憶の隣にいた。

「何ば気に入らなかったんだろうな。結局、思い出ん味も、ハッシュドビーフの出来損ないで、シシリアンライスでなかったのに……」ため息交じりにシシリは語りかける。

「何だろうな……。まあ、なんでんよかじゃんか。何とのうなんだろうよ」記憶はいかにも自分らしく答えた。

「そうだな。だって俺なんだものな……」

 静かに彼の肩にふれた……。


***


 体育館内で膨張していた木星がシシリを吐き出した。

「バカな! 自力で出て来た!」ダンテは愛憎入り混じった視線をシシリに向ける。今にもヒステリィで暴れだしそうだった。

 咳込みながらシシリは立ち上がる。

「ママ。ごめん。もう、闘わんから。ばってん、シシリアンライスのことだけは止めてくれ。お願いやと!」

「なにをへんじょこんごたれとる! あんただろうと、もう許すつもりはなかよ!」ダンテは佐賀弁でわめき散らしながら。少しかがんでスカートのスリットに手を突っ込んだ。

 チンポジを直しているわけではない。ガーターベルトがホルスターのようになっていて先ほどの飴玉大の星が他にも左右七つ。その一つ、オレンジの玉を取り出した。

「お待ちください。アッセシア」

 シシリとダンテは振り返ると、礼血れいけちとダンテが呼んだ老年女性が体育館に入ってきた。

 逸見に肩をかして平然と歩いていることから、彼女もホケンタイイクルスなことは間違いない。

「礼血(れいけち)さん」シシリはその姿を見て固まった。彼女はシシリの実家にいた家政婦長だ。確か今は母の会社で役員をしているはずだ。

「坊ちゃん。お久しゅう……」

「礼血。いいところに来たわね。今すぐこの一帯を閉鎖させなさい」

「ええ。すでに手配をしています。……。これ以上、被害を出すことはなりません。矛を納め下さい。アッセシアよ」

「黙りなさい。人のしつけに口出しとは偉くなったものね。こんな体育館一つの被害が何? それとも、アナタらしからぬ手抜かりがあったとでも言いたいの?」

 それは、と一呼吸おいたあとで、礼血はあくまで淡々と告げた。

「シシリ坊ちゃんをここへ来るよう促したのは私でございます」

 ダンテは深呼吸をして早歩きで礼血に詰め寄った。怒りに任せ、礼血の首根っこをつかむ。

「何故、なのかしら?」所々、深めの息継ぎをしながらダンテは声を荒げて問いかけた。

「目的は二つ。一つはあなたの正体を坊ちゃんに知ってもらったうえで、過去の清算をしてもらうことです」

 戦闘鎧は礼血が父の残した品だと言って、数年前に送ってきたものだった。今日という日のためだと考えると、シシリは色々とに落ちるところがあった。

「今思えば、色々と教えてくれたのはあんただった。アッセシアについても、ホケンタイイクルスについても。今日の情報も……。トーサンのことは嘘やったのか?」

「いいえ。坊ちゃま。本当でございます。あなたのお父様とダンテ様は宿敵の間柄。戦闘鎧プロイウム・アーミスは間違いなく、お父様がお造りになったものなのです」

「父さんが……。そうだ! パルは? 鎧は今どがんしてる?」

「少々、眠ってもらっています。内部に一つ起動を司る紋章がありましてな。そこをぽちっと……」

 ダンテは礼血から手を離さない。
「ずいぶんと用意周到にやったものね。おかげでこの子は必要のない記憶まで取り戻した」

「ですが、坊ちゃんは争いを望んでおりません。現に先ほどあなたに頭を下げられた」

「シシリは望んでいなくても。私はどうかしらね。対象年齢を超えたおもちゃを持った子は親が責任を持つべきなのよ」
 ダンテの話し方は怒気まじりから冷笑を交えたものに変わっていた。

「礼血、貴方はどちらの味方なの?」瞳孔を開いた目でダンテは問いかける。事態は一触即発だった。シシリが身構える。

「もう一つをまだ、話してはいません」礼血はあくまで淡々と語り続ける。

「聞こうかしら……」

 礼血はずっと外していた視線をダンテに向けて言い放った。

「シシリ坊ちゃんを、貴方のお迎えとして呼びました」

 ダンテはオレンジ色の玉を空中にはじいた。玉は彼女の手から離れて宙を浮き、膨張して小さな太陽となった。
「ほん、不愉快だわ。丁度いい! 丁度よか!! こいつん威力を、アナタで試すわ」

「止めろ!」

 逸見がよろよろと歩きながら、礼血の代わりに太陽へと向かう。大口を開けて飲み込むと。少し苦しそうにしていたが、すぐさま口から黒煙を出した。

「ごほっごほっ、……、はあ、はあ。どうやら失敗作だったようだな。良かったよ」普通に話せるほどに逸見は大したことがなさそうだ。これが彼の本当の特性だが、使うのは今日が一回目だった。

「アッセシア。昨日、我々ホケンタイイクルス1121体とわが社の大株主達の間の話し合いがあり、満場一致で貴方の社長解任が決まりました、通知はすでにいっています。社長権限で財源を使い行っていた教育委員会への潜入も今日付けで退任させます」

 ダンテは礼血から手を放して、自分の会社用携帯端末を見た。そして、狼狽のあまりふらつきながら、一歩後ろに下がった。

「何それ、フェイク……? いや……、なして?」

「新社長はすでに決まっているのでご安心を」

「じょっ、冗談ばやめて頂戴。会社もグループも私が立ち上げたんよ」

「存じています。しかし、もうあなたの指示する活動ができないほどに、余裕がなくなっていることは事実です。まず第一に、会社の立て直しをすることが肝心です。そして、我々はあなたの創造物ではありますが、正しい市民でありたい。それが、二十年以上この社会を渡り歩いた我々の総意でございます」

「俺たちは今後どうなるのかな」逸見はため息交じりに礼血に問うた。

「しばらくは今の立場をまっとうしてください。希望があれば会社に戻るもよし、今の職業を続けるもよし。お任せします」

「恩に着るよ。大総統……」

「待ちなさいよ。もう私は蚊帳の外ってこと? よか度胸ね。あなた達、全員ば消してやるばい」
 ダンテは再びスカートのスリットに手を突っ込みホルスターに入った玉を取り出そうとしていた。何を取り出すか、シシリにはそれが分かった。

 どれを取り出そうが只事では済まないが、は特に禁忌に近い代物だ。

「ママ、ダメだ!」
 シシリは母親の手の中の黒い玉に身震いしても、恐れずとびかかった。もみ合って、取り押さえることができた。黒い玉は体育館の壇上へと転がって行ったが、作動はしなかった。最悪の事態は回避できた。

「止めなさいよお。もうヤダ。なしてこうなるん……。アンタが全部いけないんよお」

「ママ、そうだ。俺ば悪かったよ。礼血さん……。さすがに母をクビにはしないでください。それだけは御願いします」

「もちろんです。兼任であった主席研究員については解任しません。ただし、部署移動を直ちにしてもらいます」

「部署移動?」

「東京第四ラボ。新たにできた拠点です」

 シシリは礼血が渡す新しい母ダンテ名義の名詞を見た。そこには自分がラマイと住むアパートの住所がのっていたので流石に慌てる。

「ちょっと。これは、礼血さん。さすがにこれは……」

「所有者のラマイ様には承認済みです。すでに登記も済ませてあります。あなたの研究機器も、後日会社で買い取らせていただきます。当面の費用はそれで賄えるはずです」

 シシリはそれでも流石に、ええ、という微妙な拒絶が収まらなかった。だが、礼血の提示する金額を見せられ、研究員である母の給料も考えると、しばらく自分はだらだら暮らせるなと考え直した。

 すぐに頭を切り替えて、渋い顔は残しつつも礼血に返事をした。

 さて、最後に残ったのはすっかりうなだれた母だ。今となれば気持ちが痛い具合に分かる。落ち着くまでいくらでも金切り声をあげさせたやりたいが、ここは体育館で隣は校舎である。

 だめだ。早く家に帰ろう。シシリは強く思った。

「お、わ、私はお前たちのことも、息子、娘と思って愛てたわ。なのに、なのに、なしてカーサンのこと分かってくれんとね」ダンテが泣いてもホケンタイイクルス達はここぞというばかりに無関心だ。シシリは一種の敗北感を感じた。1121体にシシリは完全に置いて行かれたのである。

「アッセシア。申し訳ございません」高梁が口を挟む。いつの間にか気絶状態から起きあがっていたようだ。

「高梁! あなたは違うわよね。ね、お願い。冗談だと言って。なら、今回のあなたの失態も不問にしましょう。私がいらないなんて笑えない話、本気にするところだったわ。バカみたいよねえ」

「……。まだ言わんと、分かりませんか?」
 高梁は強く眉間にしわを寄せて木刀を両手で押さえて地面に立てた。体育館に午後の予鈴が鳴り響く。校舎の方で待っている生徒の話し声が彼の耳には届いていた。

「授業の邪魔です。引っ込んでいてください」


***


「ママ、東京に来たらいつも何してるの」

「仕事ばっかりよ。先月来たときは寝る時間がほとんどなくて、買い物も行けなかったわ」

「なら明日、赤坂に行こう。四川料理のいい店があるんだ」

「まあ。シーちゃんがそんなこと言ってくれるなんて。ママ嬉しいわ」

「ペンギンママも嬉しいわー。シーちゃん、アナル調教の時間よお」

「ゴゴゴ、パンダママモウレシイワー。ママノアワビタベホウダイヨ、シーチャン」

 茶々を入れる二匹はおいておいて、イチャイチャしながらであるがシシリとダンテは二人ともてきぱきと手を動かしている。

 シシリとパルはラマイのアパートに戻ってきた。まあ正直に言うとアパートの家賃を払っているのはラマイである。熱心なパパ活の賜物たまものだ。何を隠そう、シシリはいい年こいたヒモ☆ニートなのだ。
 
 ペンギンちゃん一人ではかなり時間のかかっていた機器操作もダンテがやると、あっと言う間に準備が終わってしまった。
 シシリの方もパソコンすぐさま起動に移った。
 オシロスコープに波形が映る。完全一致したパン子と戦闘鎧の波形が重なって太い線を描いている。
 波形はじっくり時間をかけて二つに分かれていった。

 ……。
 ふとシシリはシシリアンライスを母と作った日のことを思い出した。

 焦げ臭い匂いを出す鍋を言い訳交じりにかき混ぜる母。その隣で、玉ねぎを刻むその手……、少年の手ではなかった。左手薬指には指輪が……。

 戦闘鎧から何か聞こえてきた。

「カーサンは強いが女の人だ。変なハエはお前がちゃんと追い払えよ。俺のために」

「ニュ? パンダ、なんか言った」

 機器の駆動音でそれは鎧から出たの声なのか曖昧だったが、どこか独特で手前勝手な言い回しにはなつかしさがあった。

「待ってくれ。トーサン、トーサンなのか? そこにいるのか?」

 戦闘鎧の中の煌々とした光が消えた。勢いよく冷却水の蒸気が噴き出た。一方で眠ったままのパン子は目覚めてぎょろっ、と立ち上がった後で辺りを見渡した。

「ニュ? 顔むくんでんじゃないの。鎧の方がましだったわよ」

「ガー! 黙りなさい。そのひっどいツラ、三年離れても、吐き気がする」

「三年ねえ。ゲゲゲ、貧乏彼氏に養われてたんでしょ。貧相な場所に引きこもりすぎて感性が歪んだんじゃないのお」

 何はともあれ、二匹の日常が戻った。

「あれは、あの人が作ったものよ。あの鎧の中にいないことは確かだけど、他にも何か仕込んでいったかもしれないわね」横にいるダンテがシシリに事情を話してくれた。

 少し苦い表情をしていた。その理由をシシリは知りたくはなかった。しかし記憶は戻ったのだ。受け入れがたいが、いまはそっと胸にしまっておこう。
 全てはこれからだ。

「それよりも、これ見てみて、ヘルムの中に操縦席みないな場所があるのよ」

「ゲッ、ほんとだ! アタイも入れるのかしら?」

 ペンギンちゃんは戦闘鎧に早速乗り込み、頭部の座席にある操作パネルをいじくりだした。

「だめね。動かなーい」

「アタチに代わりなさい」

 パン子が乗り込むと戦闘鎧は反応して立ち上がった。

「ガガガ、やっぱり日頃の行いねえ。ガ? これってアタチが鎧と融合してたから?」

「ケッ、仕方ないわね。とりあえずそれ乗ったままでいなさいよ。一人くらい襲撃してから、お家帰るわよ」

「待てよお前ら! パンダ。お前はすでに適合者だ。それを勝手に持ちだすな!」

「ガー、ペッ! 黙りなベイビー! これは報酬よ」

 パン子は頭部の操縦室を閉じた。
「サンザンアタチニニエユヲノマセタブン、ヤスイモノヨネエ」

「おのれ、この外道キ〇ガイども、覚悟しろ!」


***


 五分後!

「く、そ、こんな辱め……」

「ゲーーゲッゲッゲ、これであんたも母親も二度とアタイらに逆らえないわよ」

「ガーガッガッ、何度でも言うわ! シシリアンライスは世界一滑り倒した食い物でーす!」

 シシリはコテンパンにやられ、尻を真っ赤になるまで叩かれた後、アナルビーズをケツに入れて醜態をさらした姿を二匹に記念撮影された。加勢しようとしたダンテも速攻でのされて、そこらへんで倒れ伏している。

 チン! ガーーー。


「ンガッ! なんじゃこりゃ。まだこんなカスが出てくるの?」

「ゲゲゲ。まるで勝利報酬ね。面白いわあ」

「しょっぼーーーい! おら! こいつは釣りだとっとけ!」

 パン子はシシリの前に排出したてのシシリアンライスと散々な嘲笑ちょうしょうを置いていった。
シシリの前に置かれていたのはかつての記憶にあった、父と母の合作であった。
   
 んんんん、と無駄に悩まし気な声を出してアナルビーズを引き抜きながら、シシリはそれを眺めた。
 
 疑似木星で得た記憶は結局全部が正確なのかは分からない。何せ人間の記憶だ。事実とは違う……。

「ああ、シシリ、酷くやられたネ」ラマイが部屋に顔をのぞかせた。

「ああ、取り返しにいかんと……」

「今は休むネ。それ、食べるのカ?」ラマイは皿に乗ったシシリアンライスを指さす。

 いいタイミングで、シシリの腹が鳴った。
「ああ。食べるよ……」

 ラマイは台所に向かって行った。

 ……。
「こん外道が! うちが腹ば痛めて生んだ子を、あんたの生贄にはさせん!」

 ホケンタイイクルス撲滅を野心とする父は、母がアッセシアであることを知ってしまった瞬間から戦闘鎧の完成を急いだ。

 起動の最終段階で適合者候補として実験台に選ばれたのはシシリだった。それを知った母は父と争い、結果として黒い玉を使い、父を永久に地球から追放した。
 
 その現場を目の当たりにしたシシリは母の手で一時的に木星送りにされた。
 そしてどういうわけか、疑似木星の環境はシシリのトラウマとなる記憶を分離して木星に残したのである。
 
 もしかすると、母の木星にはもう何人か自分がいるのかもしれない。

 眠る母の手に触れる。手の中には白い肌に似つかわしくない消えない傷が、いたるところに刻まれていた。

「シシリ、はい……」
 ラマイからスプーンを受け取り、シシリアンライスをすくい、口に入れた。

 咀嚼そしゃくして飲み込んで、何とも言えない表情になった。

「こっれは……、濃かあ~」

-了-
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