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一章-4
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翌朝。
日の出よりも早い時間に、俺はドアのノックで起こされた。寝慣れない寝藁から身体を起こしてドアに寄った。
昨晩に言われたように、ソノリーがやってきたと思ったけど、「誰です?」という誰何に返ってきたのは、野太い男の声だった。
「……サムスだ。修練の時間だから、早くこい」
そういれば、そんな約束をしたっけか。だとしても、随分と早くからやるんだな……俺は盛大に欠伸をしてから、閂を開けた。
ドアを開けると、修道服に簡素な革鎧を身につけた勇者のサムスが、二本の棒を手に立っていた。棒は長さ二イマル(二メートル二〇センチ)ほどもあり、先端は厚手の布が巻かれていた。
小屋から出ると、サムスは俺を教会の裏へと連れていった。
土が露出した裏庭の地面には、焦げ目が残っている。ここで、なにか燃やしているんだろうけど、かなり大きなものみたいだ。
焦げ目を見ていると、サムスは地面に立てられた二本の木材の前に移動した。木材は円柱状をしていて、直径は三ツセチ(約六センチ)ほど、高さは一イマル半(約一メートル六〇センチ)、あいだは二イマル(約二メートル二〇センチ)ほど離れている。
左側の木材の前で立ち止まったサムスは、俺を振り返った。
「まずは、おまえの持つ知識を知りたい」
「知識――?」
俺が首を傾げると、サムスは戸惑った顔をした。口を開きかけては閉ざし、乱暴に自分の頭を掻く。
「つまりね、戦うことへの知識を確かめたいのよ、サムスは」
いつの間にいたんだろう――裏庭の片隅にソノリーが佇んでいた。
俺が振り返ると、少し膨れっ面で近寄って来た。
「ヌアダ、なんで小屋の閂をかけたのよぉ。寂しいだろうから、添い寝してあげようと思ったのに」
……マジで閂をかけておいて、良かった。
言動はむかつくけど、あのメフィルンってヤツには感謝だ。
初日から問題を起こすのは、流石に御免だ。俺は曖昧に「寝るときは鍵を閉めるでしょ、普通……」と答えてから、サムスへと向き直った。
「それで、俺はなにをすれば?」
「まずは、勇者の力を解放しろ」
「え? 最初にそれでいいの――いいんですか」
サムスが頷くのを見てから、俺は勇者の力を解放した。
赤い装束に身に纏い、武器を手にした俺は左の木材へ近づこうとした。だけど、その前にサムスが俺を制すように、小さく手を挙げた。
「待て、ヌアダ。その武器は――なんだ?」
「武器って……」
槍だろ――と言いかけて、俺は返答に詰まった。
前回、勇者の力を解放したときは、三つ叉の矛先を持つ槍だった。だけど今回は、矛先がない、二イマル(約二メートル二〇センチ)ほどの棒でしかない。
「……なんで?」
〝武器の形状を、ちゃんと思い浮かべて下さいよ〟
「なん――」
不意に聞こえて来た声に戸惑っていると、小さな光球が目の前を通り過ぎた――ように見えた。
俺がフッと視界から消えた光球を目で探していると、サムスが怪訝な顔をした。
「……どうした?」
「あ、いや……今、変な光が」
「光?」
サムスやソノリーの様子を見る限り、二人にはさっきの光球が見えないようだ。
俺は「あ、いや……なんでも」と答えてから、変な声に言われたとおり、頭の中で槍をイメージした。
棒に意識を集中すると、その先端が形状を変え始めた。数秒をかけて、長さが十五ツセチ(約三〇センチ)ほどの矛先へと成った。
……ホントに変わったよ。
俺よりも、それよりもサムスやソノリーのほうが驚いた顔をしていた。
「……なにをした?」
「いや、なにって言われても――」
どんな説明をすれば信じてくれるのか、まったく見当が付かない。語尾を濁した俺のあとを継ぐように、ソノリーが自信なさげに口を開いた。
「勇者の試しで失敗してるから……あたしたち勇者とは違って、力の効果が固定されていないのかな?」
「なるほど……その可能性もあるか」
ソノリーの推測に、サムスが同意を込めて頷いた。
なんのことか理解していない俺に、ソノリーは少しだけ真面目な顔をした。
「あのね。勇者の力を解放した姿は、いつも一緒なの。身を護る鎧や服、それに武器だって、いつも同じ形状のものが出てくるの。だから……今みたいに、武器が姿を変えるなんて、ありえないんだよ」
「そうなんだ。でも……なんで?」
「それが、さっきの推測なんだよ。ヌアダは勇者とは違う力を解放してるから、力が安定してないのかも。だから、武器の形状が変わっちゃう――とかね」
「よくわかんねーけど……逆に考えれば、状況によって欲しい武器に形を変えられるかもってこと?」
「そこまで便利かは、わからないけどね」
ソノリーが肩を竦めたとき、サムスが左側の木材を叩いた。
「力のことは、後回しだ。まずは実戦を意識しながら、この木材に斬りつけてみろ」
「ああ……はい」
教えを請う立場である以上、サムスの言うことは聞いておく。
俺は槍を両手で構えながら、大きく息を吐いた。訓練なんか受けてないから、物語を聞いたときに、頭の中で思い描いた想像した振り方しかできない。
でも、馬鹿にはされたくない。
俺は両腕に力を込めると、力一杯に踏み込んだ。少しでも速く、少しでも腕の力を矛先に込めて、木材に斬りかかった。
空気を切り裂きながら木材を薙ぐように振り切った直後、軽く、しかし周囲に轟くような音が周囲を包んだ。
矛先を地面まで降ろした俺は、溜めていた空気を吐いた。一撃で木材を切断――これで、少なくとも馬鹿にはされないだろう。
そんな俺の期待とは裏腹に、サムスの顔には賞賛の色がない。
「これでわかった。おまえは戦う知識のない、素人だ」
「え――なんで、そんなこと! あ、いやその……木材は真っ二つになったのに、なんでそんな評価なんですか」
評価に納得ができなかった俺の問いに、サムスは半分になった木材に触れた。
「わたしは斬りつけろと言っただけだ。木を切断したければ、木こりに教えを請うたほうがいい。もし実践を意識をしているなら――木材を切断などしない」
サムスはそう言いながら、持っていた二本の棒を地面に置いた。そして腰に下げていた長剣を抜くと、無造作と思えるほど、自然体な構えをとった。
――ひゅ。
小さく息を吐いたと同時に、サムスは右の木材へと斬りかかった。
大きく踏み込まず、必要以上に力んでもいない。しかし、素早い一振り。サムスの一振りは、木材の三分の一ほど切り裂いただけで、再び無造作に見える構えに戻った。
正直、拍子抜けしたけど――サムスは長剣を鞘に収めると、俺へと向き直った。
「実戦を踏まえるなら、こうなる」
「え? でも――」
「相手を切断しようとすれば、大きく踏み込み、気合いを入れて刃を振らねばならん。そうなれば必然的に、大きな隙ができる。そこを突かれれば、逆に首を刎ねられるかもしれん。
それに巧く胴を斬ったとしても――刃が身体に食い込んでしまえば、おまえの動きは止まるだろう。乱戦だった場合、そうなれば待っているのは死だ。素早い一撃を意識していたようだが、それよりも重要なのは、間合いと立ち位置だ」
……つまり、俺がやったことは間違いだったってことだ。認められようと気が逸っていたのは確かだけど――いや、やめよう。言い訳じみた思考を振り払うと、俺はサムスを真っ直ぐに見た。
「それじゃあ、どうすれば強くなりますか? 何かの型の素振りをやれっていうなら、すぐにでもやります」
「型は大事だが、時間がない。いつ魔物や悪魔が出てくるかわからない以上、悠長な訓練はしない。わたしがいくつかの型を演じたあと、簡単な組み手を行う。それが終わったら、おまえ個人で素振りをするといい。おまえ次第で、無心の域まで到達できるかもしれん」
「無心……?」
無心の域というのが、なにを意味するのか――俺にはさっぱりわからなかった。
質問をしようとしたが、その前にサムスから話しかけられてしまった。
「勇者の力を解いたら、始めるとしよう。先にも言ったが、まずは組み手だ」
「いきなり組み手……」
質問をする暇すらないのか。時間が惜しいという言葉は、どうやら事実のようだ。
慌ただしい気がするけど、今は言われたとおりにやるしかない。
勇者の力は解いていないが、サムスは木の棒を投げて寄越した。俺が左手で棒を受け取ると、ゆっくりとした動きで槍を構えてから、サムスは動きを止めた。
「これから型を実践してみせるが――その前に、一つ確認したい。おまえの武器――それは、剣にも姿を変えられるのか?」
「え? あ、ちょ……ちょっと待って下さい」
俺は慌てて、右手にある槍に意識を集中した。
さっきの声――あの声の助言通りなら、もしかしたら本当に、武器の姿が自由に変えられるかもしれない。
俺が頭の中で長剣を思い描くと、槍だった武器が両刃の長剣へと姿を変えた。
槍から姿を変えた長剣を見て、サムスは僅かに目を見広げた。
「なるほど。なら槍術のあとで剣術も教えてやろう。わたしは槍術より、剣術のほうが得意だからな」
「二つも同時に教えるって……それで習得できると思ってます?」
「それは、おまえ次第だ。さあ――力を解いたら、その棒で一撃を打ってこい」
俺は言われるまま、勇者の力を解いてから棒を手にした。どう攻めても防がれそうだけど……俺は言われるままに、サムスへと一撃を放った。
一通りの修練を終えたあと、サムスは自身が訓練に使った棒を手に、教会の中に入っていた。
自室の前まで来たとき、ドアの横でレイユが壁に凭れていた。
「早朝から、あいつの訓練とは酔狂だな。どうせ、ただの素人だろ。訓練なんかしたって、無駄だ無駄」
「……そうでもない」
サムスは訓練に使った棒を、レイユに見せた。
棒の至る所に、ヒビ割れた痕が残っている。
「同様のヒビが、あと二箇所ある。あいつの一撃を受ける場所を変えなければ、間違いなく折れていただろう。素人と侮るのは、止めた方がいい」
驚く顔をしたレイユを窘めるように告げてから、サムスは自室に入っていった。
*
東の都から南にある白林の町は、モミの木が群生する林の中にある、人口数百名の小さな町である。獣避けの壁や門に囲まれた町の周囲には、小規模な畑がある。
五角形をした壁と壁の頂点には、物見の塔が建っている。領主から派遣された役人が町長となり、町を治めている。
その白林の町に、エリウスという男が住んでいる。元勇者であるエリウスは、五〇半ば。町で自警団や衛兵を相手にした鍛冶を営んでいた。
仕事を終え、妻と一緒に店を閉めたエリウスは、濡らした布で汗を拭いていた。白髪混じりの頭部はかなり薄くなり、顔の半分は髭で覆われている。
上半身裸のまま椅子に座って一息吐いていると、店の中で足音がした。
妻が戻ってきたのか――と振り向いたエリウスは、目を見広げた。
「あなたは……まさか」
「お久しぶりです、エリウス」
「聖女、マリアンヌ……どうして、ここに」
エリウスの問いに、マリアンヌは穏やかに微笑んだ。
「実は、あなたにお願いがあって来ました。この近くで魔物が出たようです。東の都から勇者たちを派遣しますが、彼らが到着するまで、あなたに時間稼ぎをして欲しいのです」
「ですが、聖女様。わたしはもう、勇者を引退した身です。身体も老いておりますから、大して役に立てないでしょう」
「そんなことはありません。そのために――解放具があるのです」
マリアンヌはそっと、エリウスの左手にある解放具に触れた。解放具が赤黒く光り始めると、エリウスの目が大きく見開かれた。
「あ……これは……聖女様」
「さあ、勇者エリウス。あなたの力を解放して下さい」
マリアンヌの声がしたあと、店内が赤黒い光に包まれた。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
主人公特訓の回。武道などを調べていくと、やはり奥深い……。一刀両断――というのは派手ですが、現実では骨や肉の厚いところで、刃が止まることが殆どなんでしょうね。
身体に刃が食い込んでしまうと、引き抜くまでのあいだに、横から来た敵に斬られてしまう――という可能性が高いんでしょう。達人にもなると、そんなことも気にするようです。
そういう動きを極めるのが、なかなか難しいみたいですね。
そこで、中の人は思うわけです。
「いっそ、銃を使えばいいんじゃね」――と。
こんなこと言っていると、剣術家の人に怒られそうですが。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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