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弟四章『地下に煌めく悪意の星々』
一章-6
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翌朝の早朝から、隊商は商売を始めた。
護衛兵たちの警備は、強化してある。人数は増やしてないけど、休憩をする人員を減らし、交代のスパンを増やした――という感じだ。
白昼堂々と侵入を試みる者がいるのか。当然のようにそんな意見もあったけど、人混みの中だからこそ、侵入工作はしやすい。人の多さで意識が散ってしまい、侵入者に気づけない可能性が大きいからだ。
敵の狙いはエリーさんである可能性が大きいが、隊商全体である可能性だって捨てきれない。
少し卑怯だけど昨日の侵入者騒ぎは、商人たちには盗人の侵入という話にしている。もちろん護衛兵には、しっかりと口止めをしてある。
商人たちが商売をする声が市場を賑わせる中、俺とアリオナさんは厨房馬車の中で、エリーさんとメリィさんと話をしていた。
厨房馬車の前後には、フレディとクレイシーの二人を見張りにつけている。これで、盗み聞きをされる心配はないはずだ。
俺は並んで座る二人に、単刀直入に訊いた。
「お二人に質問です。ここで商人として働く前、なにをしていましたか?」
「……いきなりな質問ですね」
メリィさんが表情を険しくしたが、今回ばかりは俺も退くわけにはいかない。なにせ未遂とはいえ、麻薬まで使った潜入工作を受けたんだ。隊商の長として、これ以上は有耶無耶にできない。
俺は迷いを捨てると、エリーさんとメリィさんを交互に見た。
「昨晩、賊が侵入しようとしてました」
「その話は、今朝――」
「彼らは、エリーさんたちの馬車に潜入しようとしたんです。それも、御禁制の麻薬を持って。恐らく、エリーさんたちの馬車に麻薬を仕込んだあと、密告する計画だったんだと思います。これが偶然か、それともエリーさんたちを狙ったものか――それを判断するために、お二人のことを聞かせて欲しいんです」
俺が話した事実――極一部、状況証拠による推測も混じってるけど――を聞いて、エリーさんとメリィは揃って驚きの色が浮かんだ。
視線を彷徨わせるメリィさんの横で、エリーさんは静かに目を閉じた。膝の上で組んだ手が、少し震えていた。
なにかに怯えるような、そしてどこか不安げな様子だったけど、エリーさんはゆっくりと決意に満ちた目を上げた。
「……長さんの考えは、わかりました。ですが事実を知ったあと、あなたはどうなさるつもりなのでしょうか?」
「聞いてから考えます……と言いたいのですが。今考えているのは、どうやって奴らの手から隊商を護るかということです。もちろん、エリーさんとメリィさんも含めて。だから敵を知るためにも、エリーさんたちのことが知りたいんです」
俺の返答に、エリーさんは小さく肩を上下させた。どこか嬉しげに目を細めながら、鷹揚に頷いた。
「……そんな嬉しい言葉を頂けるなんて。それでしたら、お話をしてもいいかもしれませんね」
「お嬢様!?」
驚くメリィさんに、エリーさんは小さく首を振った。
「これまで、わたくしたちのことを何度も護って頂きました。そんな方々に対し、誠実さを失っては、それこそ不義理というものでしょう」
「それは……そうですが」
メリィさんが項垂れるように、反論を止めた。
そんなメリィさんと手を重ねると、エリーさんは俺に頷いてみせた。
「……それでは、お話をしましょう。ですが……できれば、他言無用でお願いをしたいのですが」
「わかりました」
俺が頷くと、エリーさんは声を落としながら語り始めた。
「わたくしはファレメア国、フォンダント侯爵家の末娘です」
「ファレメア国……ええっと、どのあたりの国でしょう?」
前世における中世期ほどの文化、文明しかない世界だ。情報が広く伝わっていないから、遠方の国になると一般人では知らない国も多い。
俺の問いに、エリーさんはふと右を向いた。厨房馬車の壁で見えないが、その先には海がある。
エリーさんの視界の先を目で追った俺は、しばらくしてから顔を戻した。
「……海の向こうの国ですか?」
「はい。魔術が盛んで、平和な国でした」
エリーさんの説明は、過去形だった。
その意味に気付いて言葉を失った俺に、エリーさんは僅かに目を伏した。
「以前、魔物寄せの香を暗殺者に売ってた集団について、お話をしたと思います。わたくしが何故、彼らのことを知っていたのか……」
「実際に、国を奪われた……から」
俺が出した結論に、エリーさんは大きく頷いた。
「その通りです。わたくしは国が奪われる一部始終を、目の当たりに致しました。王や貴族のほとんどは殺され、国民たちは奴隷とはいいませんが、高い税や多くの義務を強いられていると――風の噂で聞きました」
「それじゃあ、奴らは生き残りのエリーさんを、ここまで追ってきた?」
「いいえ。それはないでしょう。それならばきっと、わたくしはこの国まで来られませんでしたわ」
小さく揺らすように首を左右に振ってから、エリーさんは人差し指を頬に添えた。
「どうして彼らに、わたくしのことが知られたのか……それは、わかりません。ですが恐らく、ウータムで襲って来た者は物盗りの類いではなく、彼らの刺客かもしれません」
「それ以前に、奴らから襲撃を受けたことは――」
「……ありませんわ」
エリーさんは短く、しかもキッパリと否定した。
ここにきて、エリーさんが狙われ始めた……となると、問題はどこで存在が知られたか――だ。
「可能性があるのは、ミロス公爵がアジトを襲撃したこと……でしょうか?」
「それも、確かなことは言えません。可能性がないわけではありませんが……たとえば、そのときから監視されていた……とか」
「監視……」
移動中、俺は〈舌打ちソナー〉などで周囲を警戒している。それに監視らしい者の反応はなかったはずだ。魔術で監視されていたら、どうにもならないけど……。
俺はここで、思考を打ち切った。
ここでは推測のみで、結論は得られない。なら今は、できることを考えたほうがいい――。
〝魔術での監視は、ちょっと難しいな〟
いきなり背後から野太い声がして、俺は悲鳴をあげそうになった。
後ろを振り向けば、そこには半透明の男が佇んでいた。筋骨逞しい、無骨な印象を受ける大男だ。
しかし意外なことに、彼は大昔の死霊術師だ。マルドーという名のゴーストで、ひょんなことから知り合い、今は俺の長剣に宿っていたりする。
死霊術とはいえ、元は魔術師だ。魔術の知識は、この中でも随一である。
マルドーは腕を組みながら、俺の前へ出た。
〝魔術による監視は、対象の名や存在を詳しく知っていなければならん。例え、エリーのことをよく知る敵が近くにいたとしても、あそこに偶然いたっていうのは、あまりにもできすぎている〟
「それは……そうかもしれませんけれど。でも可能性は考慮すべきですわ」
〝ああ。だが、それでほかの可能性から目を逸らしてはならんぜ?〟
マルドーの指摘に、エリーさんは首を傾げた。
「ほかの可能性……ですか?」
〝ああ。例えば、どこかで名乗ったことはないか? 昔の知り合いに会ったことは? そういった事例を洗い出して、対象を絞ることだってできる〟
マルドーの指摘に、エリーさんとメリィさんがハッと顔をあげた。
「その心当たりは……あります」
「どこです?」
俺の問いに、エリーさんはメリィさんと顔を見合わせた。
先に口を開いたのは、メリィさんだ。
「あの油の情報を手に入れた相手……彼女は、お嬢様のことを知っています」
「あと、もう一件。エルサ姫には、色々とお話を――」
前者は二重スパイ的な理由だとすれば、納得ができる話だ。だが……後者だとしたら最悪だ。
国の中枢――しかも王家直系の姫が奴らに協力していたとしたら……この国はもう、手遅れだといっていい。
ある種の絶望感を覚えた俺は、事態の深刻さに気が重くなっていた。
「ところで……アリオナさんは、どうしてここに?」
会話が出来ないのに――というメリィさんの疑問は、当然だろう。現に、この会話にアリオナさんは一度も発言をしていないし。
……嫉妬心から、ここにいます。
そんな返答ができるわけもなく、俺はただ肩を竦めただけだった。
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本作を読んで頂き、まことにありがとうござします!
わたなべ ゆたか です。
久しぶりのマルドー登場回です。
べ、別ニ忘レテイタワケデハアリマセンヨ? 単に魔術の話がなかっただけです(滝汗
第三者からの意見って、あまり探偵者のドラマでは見ないかな……とか思ってみたり。まあ、海外ドラマがメインですが。
大体が、映像とか手紙とか――そういったやつから、「ハッ!」的な要素が多いかもです。まあ、正解かどうかは、別の話ですが。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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