最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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一章-6

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   6

 翌朝、アリオナはボンヤリと馬車列の商人たちを眺めていた。馬車や荷台の前に商品を並べた商人たちは、盛んに道行く人へと声をかけ、または商談に忙しそうだ。
 本当なら、音無――いや、クラネスのところへ行って、なにか仕事を手伝うべきだ。しかし、昨晩の言い争いのこともあって、なんだか顔を合わせにくかった。
 クラネス――音無厚使とは、前世で同級生だった。
 彼とは前世で同じ学校、同じクラスだった。
 そして入学後に行われた野外学習で、厚使とは同じ班だった。六人で構成された班のメンバーは最悪の部類で、自称陽キャラの四人は身勝手で、喧しいだけだった。
 野外料理も喋っているだけで、殆どなにもしない。唯一、厚使だけは「親が共働きだから、家でも兄ちゃんや妹の飯を作ってるから」と協力的で、色々と手助けをしてくれた。


(それからよね……音無くんのことが気になったの。無意識に、目で追っちゃったことも多かったな……)


 アリオナは、その懐かしい記憶を振り払った。
 音無厚使――クラネスは、世界においては昨日、出会ったばかりだ。新しい人生を十数年も過ごしているのだから、異なる立場や責任があることくらい、理解しておくべきだった。
 それなのに無条件で助けてくれるなんて、勝手な期待を抱いてしまった。
 溜息を吐いたアリオナは、視線を厨房馬車へと向けた。


(あたしが……できることって、なんだろう?)


 昨晩の言い争いのあとで宿の部屋に戻ってから、ずっと同じことを考えていた。どこで生きていくにしろ、自分で金銭を稼ぐ手段を考えなければならない。
 とはいえこれまでのあいだ、親兄弟からは下働きのような扱いしか受けていない。できるのは荷物運びや、野良仕事……まだ残っている前世の記憶で使えそうなのは、算盤で慣らした暗算くらいだ。
 料理だって炊飯器やガスコンロ、電子レンジが無ければ、碌なものが作れない。
 堂々巡りな思考に陥りかけたとき、三台ほど離れた馬車で、ちょっとした騒ぎが起きた。


「お、お客さん……乱暴なことはしないで下さい」


「ああ!? てめぇが巫山戯た値段を付けてるだからだろうが!」


 その馬車は中年の夫婦が営んでいるもので、羊の原毛や鹿などの毛皮を売っている。金髪の髪と髭を持つ店主が、赤毛の妻を庇いながら、店を訪れた三人の男たちを宥めていた。
 三人は平服として広まっているチェニックを着ているが、腰には短剣や長剣を下げていた。だからとって傭兵や冒険者には見えないことから、町に住むならず者のようだった。
 店主と喋っているのは、頭を剃り上げた中年の男で、筋骨逞しい四肢に加え髭面という風貌が、見る者に威圧感を与えていた。
 その中年の男は両腕の筋肉を誇示しながら、店主の胸ぐらへと手を伸ばした。
 店主が胸ぐらを掴まれる寸前に、男の腕を掴んだ。


「……乱暴は、やめなさい」


 少女に腕を掴まれただけで、男は店主へと腕を伸ばせなくなっていた。男は腕に力を込めているようだが、アリオナの握力と腕力なら余裕で抑え込むことができていた。
 男は腕を店主に伸ばそうとしながら、アリオナを睨み付けた。


「なんだ、てめえは。今すぐ手を放さないと、てめぇから殴り倒すぞ」


 アリオナには、男の声は聞こえない。しかし雰囲気と表情から、少なくとも脅されていることは推測できた。
 恐怖心を押し殺しながら、アリオナは男を睨み付けた。


「なにを言ったところで、女一人の手を振り解けないんじゃ、説得力がないわよ」


「なんだと、てめぇ――」


「文句があるなら、力勝負で決着をつけましょうか」


 アリオナは男の腕を店主から引き離してから、手を放した。そして近くの樽に近寄ると、男と向き合う位置に廻り込み、樽の上に肘を置いた。


「互いの手を掴んだ状態で、相手の手の平を樽の上に付けた方の勝ち。あんたが負けたら店主さんへの謝罪と、迷惑料を払って貰うわ。わたしが負けたら……一枚、脱ぐ――で、どう? それともこのまま逃げて、女の手も振り払えなかった軟弱野郎のまま生きていくか……選びなさい」


 アリオナの挑発に、男は歯を剥いた。しかし表情には、どこか余裕が見える。こんな力勝負なら女に負けないと、自分の腕力を自負しているのだ。
 そして――アリオナが自分を辱めることを賭の対象にしたのも、男が勝負を受けた理由だった。


「いいぜ。生き恥をかかせてやるぜ」


 男の嘲りは聞こえないが、アリオナは心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。


(今の自分に……できること。待っているだけでは、きっと駄目だから)


 未来は、自分の手で掴み取る。それは居場所も同じだ。待っているだけでは、手に入らない――アリオナは自分に活を入れると、男を睨んだ。


「手を掴んでから、三、二、一で始めます」


 男の手がアリオナの手を掴んだ。
 アリオナは「三」と、大きな声で数を数え始めた。

 二、一。最後の一を言い終えるよりも僅かに早く、男は腕に力を込めた。
 三〇度ほど一気に腕が下がったが、その行動を警戒していたアリオナは、即座に反応して、右手が抑え込まれるのを防いだ。


(これくらいなら……押し返せる、けど)


 楽勝で勝ってはいけないと、アリオナはその後のことまで考えていた。あくまでもギリギリの攻防の末に、勝ったことにしなければならない。
 それは勝負の勝ち負けよりも、もっと大事なことのためだった。
 数十秒ほどの攻防が続いたあと――アリオナが男の手を樽に押さえつけた。


 おおーっ! と、周囲の歓声があがる。
 そんな中、唖然とする男に対して、アリオナは再び樽の上で肘を付いた。


「さあ、迷惑料を置いてから、店主さんに謝って。それからなら、再戦も受け付けるわよ。このまま負けっ放しじゃあ、納得できないんでしょ? あたしを疲れさせたら、勝てるかもしれないし」


 余裕のある表情を浮かべながら、アリオナは男を挑発した。
 銅貨を三枚だけ樽の上に置いた男は、商人夫婦に「……わるかった」と、短い謝罪を述べた。まったく心の籠もっていない、形だけの謝罪ではあるが、それでも約束は約束だ。
 男が再び樽に近寄ってくるのを、アリオナはジッと待っていた。
 そこへ騒ぎを聞きつけてきたフレディが、傭兵を引き連れてやってきた。


「なにをしている!?」


 怒鳴り声をあげるフレディに、男たちと仲間たちが怯んだ。どんなに筋骨逞しい大男とはいえ、長剣を手にした熟練の剣士や傭兵を相手にする気はないらしい。
 男の表情から護衛の兵が来たことを察したアリオナは、姿勢を正しながら振り返ると、右手を小さく挙げた。


「あの、あたしが対処中です。お願いです……から、手を出さないで下さい」


「君はなにを言って――」


 そこまで言いかけて、フレディはアリオナに声が届かないことを思い出し、小さく舌打ちをした。
 強引に下がらせてもいいが、樽に肘を置くアリオナの意図が読み取れない。
 フレディは仕方なく、もしアリオナに危害が及ぶようなら男を止めろ――という指示を残し、この場を連れてきた護衛兵に任せることにした。


(これは、若を呼ぶしかないな)


 アリオナと会話できるクラネスなら、説得も可能だろう。
 そう思って厨房馬車へと向かおうとしたとき、背後から歓声が聞こえてきた。フレディが振り返ると、アリオナが男の腕を樽の上蓋に押さえつけたところだった。


(力勝負で解決ってことか。しかも、あの大男に勝つ――だと?)


 男は新たに銅貨を樽の上に置いたが、その怒りに満ちた目は、今にもアリオナに殴りかかろうという気配に満ちていた。しかし、フレディや隊商が雇った傭兵の前では、それもできない。
 男が体裁を保つためには、この力勝負でアリオナに勝つしかない。
 二度目の勝利を収めたアリオナの顔に、どこか余裕が見え始めていた。


(まさか、この状況になることを想定していた?)


 ただの村娘が今の状況を呼び込んだなど、にわかには信じられなかった。フレディはクラネスを呼びに行く足を止め、しばらく様子を見ることにした。
 アリオナのいる樽にフレディが近寄ると、男たちはどことなく及び腰になった。
 そんな彼らに、フレディは猛禽を思わせる目つきをそのままに、口元を綻ばせた。ただし長剣の柄を握り締めた右手は、男たちに誇示させてはいたが。


「特等席で、見物させて貰うだけだ。気にしないでくれ」


 親しげな口ぶりで肩を竦めたフレディは、アリオナと少しだけ微笑み合った。
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