9 / 112
二章-1
しおりを挟む二章 不和辣盗
1
アリオナさんを隊商に迎え入れた《カーターの隊商》は、夕方になる前に町を出た。
商売としては、ボロ儲けの部類だったかもしれない。俺のカーターサンドもそうだけど、ほとんどの商人が、普段よりも利益を出していた。
あの腕相撲勝負が、結果的に呼び込みの効果を果たしてくれたんだと思う。
みんなに紹介はしたけど、反応は半々に分かれた。
売り上げの件もあって好意的な者と、嫌悪――いや、むしろ敵対的反応をした者だ。だけど自ら金銭を稼いでいる以上、アリオナさんの雇い入れを反対する理由は、誰にもない。
夕暮れの中、俺たちは次の村へと急いでいた。
先頭を進む厨房馬車の御者台にいる俺は、時折舌打ちをしながら、手綱を操っていた。
「クラネスくん、それって《力》を使ってるの?」
「うん。周囲の状況を調べてるんだ。時間的にも、山賊とか出そうだしね。警戒して損は無いし。名付けて、舌打ちソナー」
この名称をつけたのは、たった今だけど。
得意げ――にしたつもりはないけど、アリオナさんは説明を終えた俺に、呆れ混じりの笑みを向けてきた。
「危険なのは、こんな時間に外に出たからじゃない? もう一泊すればいいのに」
「いやあ……町の宿は高いからね。次の村は近いから、移動した方が経費削減になるんだよ。翌日の朝一から商売できるしさ」
俺は会話をしながら、アリオナさんのことを考えていた。
昨日の夜から色々ないざこざがあった割に、アリオナさんの態度は前と変わらない。無理をしているかと思ったけど、《力》で心拍を聞いたり表情を見たりする限り、彼女は自然に振る舞っている。
怒っていないのは、嬉しいと思うし、好ましい状態ではあるんだけど――なんとなく、釈然としないのも確かだ。
かといって、直接訊くのもなぁ……。
そんなわけで、胸の奥底にモヤモヤとしたものを抱えつつ、俺はアリオナさんとの会話を続けていた。
「次の村は、どんな村なの?」
「別に――普通の農村だよ? 平地にあるから周囲に森はないし、町から近いこともあって、衛兵も駐在してるから治安も悪くない。久しぶりに、護衛のみんなを休ませてあげられそうだよ」
アリオナさんは、怪訝そうな顔をした。
「……治安なら、町のほうが良いんじゃない?」
「町は人が多いからね。それだけ、盗人も多いんだ。村だと余所者はすぐわかるし、衛兵にお金を渡せば、馬車の警護もしてくれる」
「ああ、賄賂ってこと? 意外と、悪党なことするね」
「賄賂とか、人聞きが悪いなぁ。公正な取引だよ」
俺が肩を竦めて見せると、アリオナさんは苦笑した。
それから山賊や狼などを感知しないまま、《カーターの隊商》は日暮れ前にファムノウという村に到着した。
今日はもう、商売をするような時間じゃない。
俺は隊商を代表して、宿の手配をした。だけど、あまり大きくない村だから、一軒しかない旅籠屋に全員は無理だった。
ここは女性を中心に、宿に泊まって貰うことにした。あとは商人たちの中で、年配のかたを優先的に宿泊させるつもりだ。
あとは、馬車の中になるだろうな……せめて村の衛兵に馬車列の警備をして貰って、護衛の傭兵たちにも休んで貰おう。
俺が馬車で寝泊まりの準備をしていると、商人たちが厨房馬車の前を通りかかった。
その中でアーウンさんを始めとする、アリオナさんを快く思っていない商人たちが、冷ややかな視線を送ってきた。
これは……ううん……っと。あまり良くない兆候ではあるかな?
アリオナさんが憑き者だということは、一部の商人たちにとって嫌悪の対象でしかないようだ。
ランタンを片手に厨房馬車を施錠して、もう一台の馬車の中に毛布を敷いた。野宿よりはマシとはいえ、たまにはベッドで寝たいなぁ……。
それよりアリオナさんのことを、どうするか――と考え始めたとき、商人の奥さんに連れられたアリオナさんがやってきた。
「長さん。この子、長さんに会いたいっていうから、連れてきちゃったけど……良かったかねぇ?」
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
俺が礼を告げてから、奥さんはアリオナさんに小さく手を振りながら、去って行った。
アリオナさんに好意的なのは、やはり女性が大半だ。あと、傭兵たち。傭兵や女性たちが味方にいるのは、正直いって心強い。例え、それが表面的なものだったとしても。
俺はアリオナさんに近寄ると、出来うる限り明るい声を出した。
「もう夜だけど、どうしたの?」
「クラネスくん……もしかして、迷惑かけてる? なんか男の人たちが、あたしを睨んでる気がしてて。クラネスくんに、飛び火があったら嫌だし」
「こっちは、まだ大丈夫。商人たちの大半は、アリオナさんのことを……あまり良く思ってないのは、確かだよ。これを払拭するには……残念だけど、正攻法しかない。時間はかかると思うけどね」
「正攻法って?」
やや上目遣いのアリオナさんに、俺は左手で右の二の腕を叩いて見せた。
「ここで、役に立つ存在だということを、立証する。自分が不幸を呼ぶ存在じゃないってことを、行動で示すしかないよ」
「でも、会話もできないから……」
「これも少し時間はかかるけど、簡単なやりとりができる、文字版を作ってみるのはどうかな? 相手が『はい』か『いいえ』で答えられるやつ。これは、ユタさんにも手伝って貰えば、時間は短縮できると思う」
俺の意見を聞いたアリオナさんの目が、僅かに見開いた。
これで少しでも、ここでの生活に光明を得てくれたらいいんだけど。一応は雇用という形を取っているけど、前世では同級生だったんだし、少しでも居心地良く過ごして欲しいと願っているわけだ。
「ということで、諸々は明日からにして、今日は寝ちゃおう。俺も明日は、厨房馬車での商売はしないしね」
なにせ、仕込みをしてあった干し肉などの材料は、今日で使い切ってしまった。明日は仕込みに専念しないと、明日の午後に到着予定の大きな街で、商売ができない。
その時間を使って、文字プレートの案を考えるかな。
ランタンの灯りに照らされるアリオナさんの顔は、最初のころよりは柔らかくなっていた。きっと今の会話で、いくらかは気が楽になってくれたようだ。
「ありがとう、クラネスくん」
「あ、いや、気にしなくていいよ。経緯はどうあれ、アリオナさんを雇ったのは俺だからね。この問題は、一緒にやっていくつもりだよ。さて、色々やるのは明日からにしようよ。今朝も早かったから、もう眠くって。宿の部屋まで送るよ」
俺がランタンを手に取ると、アリオナさんが慌てて声をかけてきた。
「……あの、一つね。お願いがあるんだけど」
「どうしたの?」
俺が振り返ると、アリオナさんは少し顔を右斜め下に背けながら、上目遣いに俺を見ていた。
「あの……ね。あたしも、ここで寝ていい?」
「ここで寝るって、なん――」
最後の最後で言葉の意味を理解した俺は、言葉の途中で顔が真っ赤になった。
だって、毛布だって一組しかないわけだし。それに、それにだ。馬車の中には荷物で一杯だから、二人並んでってのも無理だ。
ということは……。
顔の熱さを自認しつつ、俺は生唾を飲み込んだ。
いやでもまさか……と、俺は無理矢理、冷静さを取り戻した。
「いや、あの……なんで?」
俺は照れを隠すこともできないまま、アリオナさんに訊く。
「……少し、寂しくて。知ってる人が近くのほうがいいかなって。だから、クラネス……音無くんと一緒だと安心できるし……ダメかな?」
上目遣いに問われると、つい承諾しそうになる。
だけど今は隊商内で、俺とアリオナさんが噂になるようなことは避けるべきだ。アリオナさんに悪感情を抱く商人たちに、付け入る隙を与えないほうがいいと思う。
俺は断腸の思いで、アリオナさんに首を振った。
「流石に馬車で寝るのは止めた方が……いいよ?」
「どうして? クラネスくんは、馬車で寝るんでしょ。クラネスくんは、あたしに変なことをしないって信用もしてるから」
「そこは正直に言うけど、自信はないからね」
だって、気になってる女の子と密着させて寝るとか……無理だって。興奮し過ぎて眠れなくなっちゃうでしょ。
俺は咳払いを何度もしてから、背筋を伸ばした。
「馬車は狭いし、二人並んで寝る余裕がないからね。宿の部屋で寝たほうが、絶対にいいよ」
「……そっか」
アリオナさんは少し寂しそうな顔をしたけど……特に反論も無く、俺の言葉に従ってくれた。
アリオナさんを宿まで送ったあと、俺は馬車に戻った。そして毛布にくるまりながら床に座ると、木箱に凭れかかった。
――やるか。
俺は思考を切り替えると、一回目の舌打ちソナーを行った。
今日はほぼ徹夜で、馬車の番だ。盗人への警戒は、やっておいて損はない。俺は一定の間隔で舌打ちソナーをしながら、真っ暗な馬車の中で蹲っていた。
12
あなたにおすすめの小説
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
暗殺者から始まる異世界満喫生活
暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。
流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。
しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。
同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。
ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。
新たな生活は異世界を満喫したい。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)
わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。
対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。
剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。
よろしくお願いします!
(7/15追記
一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!
(9/9追記
三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン
(11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。
追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる