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二章-5
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野営地と決めていた原っぱに到着した《カーターの隊商》は、予定通りに円を描くように馬車を停めた。
こうすることで、馬車や幌――そして荷馬が壁になって、矢を防いでくれる。円の中心で火を焚き、その周囲では毛布にくるまった何人かの商人が眠っていた。そして、何人かは馬車の中で就寝中のようだ。
護衛たちは馬車の外周で、外側からの襲撃を警戒していた。それが、傭兵の定石というものだ。
だけど、きっと、いや――間違いなく今夜は、その常識は通用しない。
それは、俺の予感。
これは《力》ではなく、本能というか……第六感的に理解していることだ。
「クラネスくん、まだ寝ないの?」
厨房馬車の中でパン生地の仕込みをしていた俺に、眠そうな目のアリオナさんが声をかけてきた。
毛布にくるまったアリオナさんは起きあがると、そのまま床の上に座った。
小さく舌打ちをした俺は一呼吸分だけ待って、アリオナさんを振り返った。
「色々と、やることがあるからね。特に野宿のときはさ」
パン生地を捏ねる手を止めて振り返った俺は、厨房馬車の中を照らすランタンのシャッターを少しだけ広げた。
アリオナさんの横で寝ている、ユタさんが起きてしまう――という心配は杞憂だった。
なんの変化もないまま、「もう食べられない……太っちゃう……」などと、ベタなんだか違うのかって寝言とともに、寝息を立てていた。
そんな様子に苦笑してから、俺はアリオナさんに目を戻した。
「ごめんね。起こしちゃった?」
「ううん……起きたのはたまたまだから。それより、クラネスくん。野宿のときは、今みたいに寝ないの?」
「状況によるかな。今回の原っぱみたいな開けた場所は、四方から襲われる可能性があるからね。俺もできることはしないと」
そう答えてから、俺は舌打ちをしてみせた。
この一回で、アリオナさんは察してくれたみたいだ。少し目を見広げながら、三回ほど頷いた。
「なんだっけ。〈舌打ちソナー〉?」
「そういうこと。何かが近づいてきたら、これでわかるし」
焚き火を消せば、危険も減るけど……流石に夜は涼しいから。毛布じゃなくても平気だけど、できれば暖かいほうがいいに決まっている。
それに人間っていうのは、灯りがあったほうが安心できるんだ。
ちなみに、この厨房馬車は中でランタンや松明を灯していても、外に灯りが漏れないようになっている。隙間を徹底的に塞いだ結果なんだけど、これは光よりも、外から虫が入ってこないようにするためだ。
一応は厨房なわけだし、防虫については気をつけている。掃除にゴミの処理――そういった基本的なことも毎回、念入りにやっているつもりだ。
「ついでに、仕込みとかもやってるからね。あまり眠くはならないよ。ただ、朝からの移動はまた、ユタさんにお願いするけどね」
「あたしも手伝えることない?」
アリオナさんからの質問に、俺は〈舌打ちソナー〉をしてから答えた。
「いや……馬車の移動はユタさんに任せればいいし、今は大人しくしてくれたら――」
言葉の途中で、俺は帰ってきた音波の異常に気付いた。円を描いて停まっている馬車の内側で、誰かが動いている。
俺は〈舌打ちソナー〉を連続使用して、その動きを追った。
馬車から出てきたらしい人物が、まるで忍び足のような動きで二つほど離れた馬車に入って行く。そこは確か――アリオナさんに助けられた、商人夫婦の馬車だった気がする。
数十秒ほど経って、商人夫婦の馬車から先ほどの人物が出てきた。また忍び足のような足取りで、元の馬車に戻って行った。
元の馬車で床を触るような仕草をしてから、そのまま寝転がった。
「ちょっと、ごめん」
俺は厨房馬車から外に出ると、先ほどの馬車の位置を確認した。
侵入されたのは、やはり商人夫妻の馬車だ。そして……二台分離れた馬車は、アーウンさんのものっぽい。
商人夫妻は、焚き火の近くで眠っているのが見える。アーウンさんは、それに気がつかなかったの……か?
馬車に戻った俺は、改めて〈舌打ちソナー〉を使った。
円の中では、もう寝返り以外で動いている人物はいない。外も予想外に、平穏だ。
……さて。
単に商人夫妻に用事があって馬車に行ったのか、それとも商人夫妻が不在だから馬車に行ったのか――そのどちらかで、明日の対応が変わる。
「……どうしたの?」
少し不安げなアリオナさんからの問いに、俺は溜息交じりに答えた。
「どうかしそうな予感がしててね。明日の朝は、ちょっと慌ただしくなりそうだよ」
そうなると、頭ははっきりと動かしておきたいけど……今日は徹夜だからなぁ。
あまり気は進まないし、商人たちとのゴタゴタに巻き込みたくないんだけどな。でもここは、アリオナさんに頼るしかない。
「アリオナさん――これから、今の状況を説明するから」
「状況?」
「そ。今日は早く寝て、頭をフル回転できるようにしておいてくれる? 厄介ごとに対処するために、アリオナさんの力が必要かもしれない」
「あたしの力? えっと、腕力じゃあないよね……あ、頭脳労働?」
「うん。そういうこと」
俺は出来るだけ簡潔に、〈舌打ちソナー〉で得た情報をアリオナさんに伝えた。
前世で副委員長をやっていただけあって、頭の回転はいいんだよな。なんとか俺たちだけで、状況を打破する方法を考えなきゃ。
「――というわけ」
「そんなことがあったんだ。でも……目的がわからないよね?」
「そうなんだけどね。でも、そこは臨機応変に――」
「できるわけ? たった二人で」
いきなり横から声をかけられて、俺はビクッと身体を強ばらせた。声の聞こえていないアリオナさんに怪訝そうな顔をされて、俺は気恥ずかしくなりながら、声の主を振り返った。
そこでは、いつの間に起きたのか――毛布から半身を出したユタさんが、起きあがろうとしているところだった。
「アーウンさんと仲の良い商人は、三、四人はいるんじゃない? 根回し、手数、それに威圧感――どれをとっても、向こうのほうが上よ」
「でもユタさん。だからと言って、なにもしないってのは悪手でしょ?」
「そう。だから、せめて手数を増やさなきゃね。さて、クラネス君。あなたが今の隊商で、信用できる人材は誰?」
質問の意図が掴めずに、俺は少し迷った。
信用か……俺は、思ったことを素直に答えることにした。
「フレディ、ユタさん、アリオナさん。この三人は、信用できると思ってます」
信用してる一人に、下手な誤魔化しをする必要はないからね。
俺の返答に満足げな笑みを浮かべつつ、ユタさんは次の問いを口にした。
「それじゃあ、クラネス君。あなたがアーウンさんだったら、なにがしたくて夜中にこっそり行動するのかな?」
「俺がアーウンさんだったら……夜中になにをするかって言われてもなぁ」
「よく考えて。アーウンさんの日頃の言動から、推測するの」
「アーウンさんの日頃の言動からって言われても……」
まるでヒントを与えるような言葉だったけど、俺の頭は混乱し始めていた。他人の考えが簡単に推測できたら、苦労はしない。
そう思った矢先、アリオナさんが小さく手を挙げた。
「クラネスくん。話の内容は、夜中にアーウンさんがやろうとすること、でいいの?」
「うん……そうだけど」
「そっか。あのね……あたしがアーウンさんだったら、あたしを追い出すために、なにか行動をすると思う」
「お、いいねぇ。アリオナちゃん、察しがいいわ。あたしも同意見よ。それじゃあ次。じゃあ、他人の馬車に忍び込んだんで、なにをする?」
アリオナさんの返答に笑顔で頷きながら、ユタさんは次の質問をしてきた。
この流れで、思いつく返答はたった一つだけど……それは、隊商に参加する商人にとって、御法度な行為だった。
さすがにこれはないな――と、考え直そうとしたんだけど、ユタさんの目が俺の心情を見抜いたようだ。
無言で俺に、思い浮かんだ内容を言えと促してきた。
「……なにかを盗んで、隠す。それをアリオナさんの犯行だと、証言をする――とか」
「なるほどね。逆になにかを置いて、それをアリオナちゃんの仕業にする可能性もあるけど」
「俺は、そっちの可能性はないと思いますよ。だって、それをするなら俺の馬車に忍び込まなきゃ。それをしないで、自分の馬車に戻っただけなら、なにかを盗んだって考えたほうが自然だと思います」
俺の考えを聞いて、ユタさんは笑いを堪えるような表情になった。
自分の後頭部を軽く叩きながら、含みのある目を俺に向けてきた。
「あたしもまだ、寝起きで頭が回ってないわ。なかなか、良い推測だと思うわ。アーウンが騒ぎを起こすのは、朝食後かしらね。皆が起きて、出発の準備をし始めたころ――かしら」
「ああ、なるほど。そのくらいの時間なら、みんなの注目を集められるかな? それじゃあ……アーウンさんの馬車は、見張っておいたほうがいいかな? 盗んだ品を自分の馬車から持ち出さないように……そうなると、俺の《力》でも監視したほうがいいのか」
「……うん。いいわね。それじゃあ、二人はアーウンさんに監視されていると思うから、見張りや傭兵の手配はフレディに任せましょ。あたしが伝言役をやってあげる」
いつのまにか、ユタさんに仕切られちゃってる感じだな……これ。
こんなに頭の回る人だったとは、今まで知らなかった。俺は内心で舌を巻きながら、眠そうにしているユタさんを眺めていた。
とにかく、決戦は早朝だ。
精気を蓄えるためにも、アリオナさんとユタさんには、早めに寝て貰うことにした。
俺は……残念ながら、まだ〈舌打ちソナー〉での仕事が残っている。速攻で眠ってしまった二人を尻目に、俺は半泣きでパン生地の仕込みを再開した。
……俺も寝たいよぉ。
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