最凶と呼ばれる音声使いに転生したけど、戦いとか面倒だから厨房馬車(キッチンカー)で生計をたてます

わたなべ ゆたか

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三章-6

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   6

 クラネスが厨房馬車で、アリオナに自身の身の上を説明しているあいだ、フレディとユタは中の会話に聞き耳を立てていた。


『俺が後継として選ばれる可能性は低いし、俺も貴族にはなりたくない――』


 そんな声が聞こえてくると、ユタは戯けた態度でフレディへと渋面を向けた。


「……ですって。主が聞いたら、卒倒するかしら? それとも怒り狂う?」


「さあ。そこは、主と若の問題でしかないだろう。わたしはただ、若の身を御護りするのみだ」


「主の命令は絶対ってわけね。相変わらず、つまらない答えなことで。でもクラネス君が跡継ぎ候補から外れたら、護衛の任も解かれるんじゃない?」


 意地の悪いユタの問いかけに、フレディの顔に微笑が浮かんだ。だが、すぐに返答はしなかった。ジッとユタの表情を窺うような目を向け、視線を切ったときには笑みが消えていた。


「護衛の任を外されたとしても、わたしは若の側にいるつもりだ。事実、今の生活を気に入っている自分もいるし――な。君はどうだ? 随分と、アリオナのことを気に入っているようだが」


「あんたほどじゃないわよ。昨晩だって二人ことを、お似合いの関係って、褒めてたじゃないの。良い子なのは認めるけど、憑き者だしね。あんたの発言を主が知ったら、それこそ大激怒なんじゃない? 」


「……若は、別の意味に取ったようだが」


「そりゃ、クラネス君だからでしょ。あの子、こういうところは鈍いしねぇ。あんたの言葉をアリオナちゃんが聞いていたら、顔を真っ赤にしたんじゃない?」


 冗談めかしたユタの返答に、フレディは苦笑しながら頷いた。ユタだけでなくフレディも、クラネスの恋愛下手は熟知していた。
 異性との会話などは問題なさそうだが、恋愛の経験がほとんどない。それが、言動や考え方として如実に表れている。                           フレディは苦笑いを浮かべたまま、顎でユタへ返答を促した。


「それで、さっきの答えは?」


「そうねぇ。待遇の良さで決めるわ。隊商は安全だけど、根無し稼業だし。諜報は稼ぎは良いけど、危険と隣り合わせじゃない? あとは、待遇や生活のしやすさで選びたいわよね」


 そう言って肩を竦めたユタの表情から、僅かに笑みが消えた。視線を空へと向けたフレディの顔も同様だ。
 二人とも、自分の言ったことが願望だと理解していた。
 伯爵家の決定に逆らうのは、容易ではない。二人の主であるカーター伯爵の気分次第で、二人の処遇が決まると言っても過言ではない――望んだとて叶わぬこともあると、二人は経験上知っていたし、そのことへの諦めの念もある。
 そんな雰囲気に会話が途切れたあと、最初に口を開いたのはユタだった。


「まあ、クラネス君とアリオナちゃんが、互いに幸せになれればいいんだけどね」


「……そうだな」


 その言葉を最後に、お互いに持ち場へ戻ろうと厨房馬車を離れかけたとき、横から傭兵の一人が駆け寄ってきた。


「フレディ――なんか、豪華な馬車がやってきて、長に会いたいって言ってきてる。どうします?」


「豪華な馬車?」


 フレディとユタは、顔を見合わせた。
 この《カーターの隊商》を訪れる、豪華な馬車――もちろん貴族のものだ――に対し、心当たりは一つしかない。


「あの糞餓鬼……まだ、なにかちょっかいをかけに来たわけ?」


 頬をひくつかせたユタに、傭兵は思わずたじろいだ。
 普段は飯炊きやクラネスら商人の手伝いしかしていないが、これでも元は諜報を任されていた、裏社会にも精通した人物だ。
 ふとしたことで有無を言わせぬ迫力が、身体から滲み出るのは仕方がない。
 フレディはユタの肩を叩いて落ちつくよう促しつつ、傭兵に馬車まで案内するよう命じた。
 馬車列の最後尾近くに、昨日と同じコールナン家の馬車が停まっていた。
 フレディや、その背後で唸り声をあげるユタが近づくと、馬車の扉が開いた。昨日よりも地味目なブラウンのドレス姿のサリーが、小さく膝を曲げた。


「フレディ様に、マーマニ様、出迎え感謝致しますわ。それで……クラネス様はどこにいらしゃいますの?」


「若は今、大事な話をされている最中です。それが終わるまで、お会いにはなれません」


「それは、クラネス様の命令なんですの?」


「いえ。わたくしの判断です」


 フレディの返答に、サリーは目を細めた。
 なにか言おうと口を開きかけたサリーだったが、静かに息を吐くと、馬車から降りてフレディへと近寄った。


「……もしや、クラネス様が話をしているのは、アリオナですか?」


「お答えする義務はございません――が、この地の領主であられるコールナン家の御令嬢であらせられる、あなたに敬意を表しましょう。仰有る通り、アリオナ嬢です。今、若はアリオナ嬢の誤解を解いている最中です」


「――誤解?」


「ええ。貴女様が昨晩、アリオナ嬢に伝えたことです。その話は、わたしも若から聞きました。あの内容には、少々認識の違いがありましたので」


「認識の違いなど――そんなのは。そんなものがあるなど、わたくしは知りません」


「あるんですよ、サリー様。そのお陰で、若は余計な気苦労をしておられます。それに、アリオナ嬢もあのあと、ゴロツキどもに乱暴されそうにもなりました。そういったことすら、知らないで済ますおつもりですか?」


 フレディの言葉を真正面から受けるサリーは、大きく息を吸い込んでから、睨むような視線を向けた。


「フレディ様――その物言いは、あまりにも不作法ではありませんか?」


「それは申し訳御座いません。ですが、先ほど述べたことはすべて、事実で御座います」


 慇懃に一礼したフレディを、サリーは真っ直ぐ見つめていた。口元を固く結び、身体の前で組んだ手は、細かく震えていた。
 俯き加減に口を何度も開きかけては閉じる――それを数度繰り返したあと、サリーは大きく息を吐き出した。
 少し悲しげな顔で顔を上げると、ドレスの裾を僅かに上げながら、膝を折った。


「今のわたくしには、クラネス様に……お会いする資格はありませんわね。フレディ様、せめて……伝言をお願い致しますかしら」


「喜んで」


 恭しく頭を垂れるフレディに、サリーは小さく笑った。


「クラネス様に、サリーが謝罪を伝えに来たと。お父様は、失った家の財産を補うため、カーター家との結びつきを強くしたかった。ですが、わたくしは――」


 サリーは言葉の途中で口を閉ざすと、小さく首を振った。


「最後の部分は、忘れて下さいまし。伝言、よろしくお願い致します」


「かしこまりました。間違いなく、若に伝えましょう」


 フレディの返答に微笑むと、サリーは会釈をしてから馬車に乗り込んだ。
 去って行く馬車を見送るフレディへ、ユタは憮然とした顔で横に並んだ。


「もっと言ってやりなさいよ。あの我が儘娘のせいで、隊商としても碌な目にあってないでしょうに」


「そこまで言う必要はない――さ。あの様子を見る限り、もう罰は受けている」


 無表情に答えるフレディに、ユタはあくまでも不満そうな顔を崩さない。
 そんなユタを無視して厨房馬車へ戻ったフレディは、馬車から出たばかりのアリオナとすれ違った。


「あ、おはようございます!」


 昨晩や今朝までの表情とは打って変わって、明るい笑顔を見せていた。
 アリオナはそのまま、腕相撲用の樽が置かれている場所へ駆けていく。フレディはその後ろ姿を眺めながら、小さく肩を竦めた。


「……元の鞘に収まりましたか、若」


 そう呟いたとき、厨房馬車から不安そうなクラネスが顔を出すのを見て、フレディは首を振った。


(いや……まだ、鞘とかいう段階でもないか)


 それどころかクラネスが、自分の気持ちに気付いたのは昨晩のことだ。そのことを知ったら、フレディはこの評価を下す前に呆れていただろう。
 商売の準備を始めたクラネスを見つめながら、フレディは護衛の仕事に戻った。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

とりあえず、サリー嬢の一件は一区切り……です。
前回の描写であった馬車の音は、サリーが乗って来た馬車のもの――という話です。あとは書けることがまだ……という感じでございます。

少しでも楽しdんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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