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四章-6
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森の中から砦に接近した俺は、木々の影から〈舌打ちソナー〉で城壁周辺の状況を調べた。城門から見て、右側にある城壁には門らしいものはない。
砦自体はかなり古いものらしく、城塞の崩れていた箇所には補強が施されていた。その補強も瓦礫で埋めたり、表皮がそのままになった木材を打ち付けてあるだけだ。
忍び込めるような隙間はないけど、補強を伝っていけばよじ登れそうではある。城塞の歩廊には、見張りらしい人影が一つ。城門の裏側には、人の気配はない。
城塞を乗り越えるまでの計画は、完成した。
俺は崖の上へ目掛けて、打ち合わせ通り〈合図〉を送った。
崖の上で待機をしていたアランたちは、息を顰めながら合図を待っていた。一向になんの変化も現れないことに、アランは焦れてきていた。
唸りながら指先で地面を叩いているとき、耳に異質な声が聞こえてきた。
〝作戦開始!〟
「うお」
叫ぶことこそしなかったが、アランは小さく声をあげた。
「ったく……驚かせやがるし、待たせやがる。んじゃあ、やるぜ野郎ども」
立ち上がるアランの号令で、ほかの三人も立ち上がった。
チューイが火を点けた火矢をグラガンに手渡すと、マリーが魔術を詠唱し始めた。予め打ち合わせしたとおり、勧告無しの先制攻撃をする構えだ。
砦側から見えないように、グラガンは弓を引かないまま、火の点いた火矢を後方に向けていた。
マリーの詠唱が終わるのに合わせて、左側にあるバリスタへ狙いを定めた。
「――フィウイ・バレタッ!」
最後の一文がマリーの口から発せられるのと同時に、グラガンが火矢を放つ。
マリーの魔術がバリスタを破壊。そしてもう一台のバリスタは、まだ引き絞られていない弓弦の近くに火矢が突き刺さった。
「なんだっ!?」
隣のバリスタが破壊された衝撃に気を取られた山賊が、弓弦に燃え移った火を手で消そうとする。
しかし、飛来した矢に右肩を射貫かれ、激痛に仰け反った拍子に城壁の歩廊から落下した。
「山賊ども! 正義の冒険者、〈閃光の超絶勇者隊〉が、貴様らを成敗に来たぞっ!!」
砦に向かって啖呵を切るアランに、ほかの三人が露骨に眉を顰めた。
門の様子を注視しながら、マリーが横目でアランを睨んだ。
「……なにそれ、ダッサいわね」
「うるせぇ。こーゆーのは、ノリと勢いなんだよ。囮になれっていうなら、派手に目立たないと意味ねぇだろ」
「……だが、やり過ぎるな。不必要に目立てば、相手も怪しむ」
矢を番えながら、歩廊の山賊の動きを注視するグラガンに、アランは憮然とした顔で頷いた。
「わかってるさ。それより、砦から目を離すなよ? 砦本体から、数人出てきた。門が開き始めたら、そこに魔術を撃ち込む。グラガンは、歩廊の山賊を頼む」
「……もうやっている。状況次第で、門への牽制もする」
アランが喋っているあいだにも、グラガンは歩廊にいる二人の山賊を射貫いていた。
予定通り、山賊たちは崖の上にいるアランたちへと気を取られている。一〇人以上が門の後ろに集まってきたのを見て、アランは長剣を抜いた。
「あとは、状況次第で撤退する。内部のことは、クラネスに任せるしかねえしな」
アランの指示で、全員に緊張が走った。
山賊とはいえ、多数の敵を相手にした撤退戦は、かなりの危険を伴う。全員が素早く移動できるよう体勢を整えた直後、門の後ろに集まった山賊たちが一斉に倒れた。
その様子を見て、アランの口元に笑みが浮かんだ。
「まったく、あの野郎……味な真似をするじゃねえか」
商人にしておくのは惜しいよなぁ――そんなことを考えながら、アランはマリーに魔術の指示を出した。
*
俺の《力》で気を失った山賊の姿を横目に、俺は城塞の裏側にある階段を降り始めていた。篝火で見える範囲では、門の前に十四、五人の山賊が集まっていた。
門を攻撃にするにしても、あれだけの数が一斉に外に出るのなら、撃ち漏らしも出そうだ。
援護だけは、しておこうかな……。
余計なことをする時間はないが、囮を失えばこっちが危険になる。俺はかなりの集中をしながら、《力》を放った。
俺の《力》を受けた山賊たちは、ほぼ一斉に地に伏した。手加減までする余裕はないから、彼らが生きているかどうかは気にしてない。
さて砦の中に入ろう――としたとき、崖の上から火球が飛んできて、倒れた山賊たちを吹き飛ばした。
……なんて情け容赦の無い。
だけど敵対してる山賊だから、どーでもいい。俺は周囲を警戒しながら近くのドアに近づくと、砦の中に入った。
ドアの中は元々、門番の詰め所だったみたいだ。蜘蛛の巣が残っている室内には、外光を取り入れる窓と朽ちた机や椅子以外には、なにもなかった。
真正面には扉の残骸が残っていて、真っ暗な通路に続いていた。
俺は静かにドアを閉じると、すぐに〈舌打ちソナー〉を使った。視界が利かなくても、これで通路や障害物、それに山賊の存在なんかは把握出来る。
なるべく足音を立てないよう、そして〈舌打ちソナー〉を使いながら、俺は通路を進んだ。
通路の左右には部屋があるようだが、人の気配や反応はない。ドアもない部屋が多く、どうやら山賊の下っ端の寝床のようだった。
しばらく真っ直ぐに進んでいると、前方の曲がり角から灯りが漏れていた。慎重に近寄ってみると、そこは十字路になっていた。十字路の四方は通路よりもやや広くなっていて、二人の男が居るみたいだ。
一人は小柄で、腰に何か――恐らくは短剣がナイフの類いだ――を下げている。もう一人は中肉中背の男だ。こちらは背格好の割には四肢が太めだ。
鎧の類いを身につけているみたいで、右の太股のあたりには何本もの棘がある。
あくまでも〈舌打ちソナー〉の反応から、推測したものだから、多少の差異は出るかもしれない。
二人は俺から見て右側――十字路の北側にある階段の門番――なんだろうか。
「外が騒がしいけどよぉ。俺たちはここでいいのか?」
「お頭から、そう言われてるだろうが。命令の変更がある前に勝手に動くと、あとがおっかねぇぞ」
そんな会話が聞こえてきたから、俺の推測は間違ってないと思う。
階段を登りたいが、二人一辺に戦うのは避けたい。俺が準備をしてる最中に、アランたちが捕まえた山賊を尋問して聞きだした内容では、捕虜は三階にある頭の部屋の近くに監禁するらしい。
恐らく、アリオナさんもそこだと思う。
ここを強行突破するにも、大声で仲間を呼ばれるのは厄介だ。
俺は少し考えて、近くにある瓦礫を手にした。《力》を使いながら、瓦礫を強く壁に打ち付けた。
だけど、攻撃のためじゃない。
瓦礫を壁に打ち付けた音が、俺の真正面にある通路の奥から聞こえてきた。
これは強いて名付けるなら、〈音源移動〉だろうか? 要するに、音の発声位置を移動するものだ。
「ん? なにか音がしたな……ちょっと見てくる」
中肉中背の男が松明を持って、音が響いてきた通路へと歩いて行った。
松明の火か小さくなってくのを待って、俺は通路から飛び出した。階段の前に残っているのは、ボロを着た小柄な男だ。無精髭を生やした、三〇前くらいの男だ。
「てめぇ……っ!?」
言葉の途中で、声が失われたことに小柄な男は驚いた顔をした。
口をパクパクと動かすが、〈消音〉の効果で声はまったく出ない。怒鳴るのを止めて腰の短刀を引き抜いたが、もう遅い。
小柄な男の持つ短刀に、俺は手にしたままの瓦礫を叩き付けた。その衝撃音を起点にして放った《力》が、小柄な男を襲った。
ビクッと身体を震わせた小柄な男は、そのまま床に崩れ落ちた。
フウッと息を吐いたとき俺の耳に、近づいて来る足音が聞こえてきた。振り返ったとき、中肉中背の男が俺の姿を見て素早く動いた。
腰から全周囲への棘が突き出たメイスを外すと、男は俺に殴りかかってきた。
俺は横に跳んでメイスの一撃を躱すと、腰の長剣を抜いた。焦りながら改めて〈消音〉で戦いの音を消しつつ、俺は長剣でメイスと打ち合った。
こいつ……山賊の割には強い。けど……正直、フレディほどじゃない。
俺は少しずつ冷静さを取り戻していくと、メイスを弾き続け、ついには叩き落とした。
「――っ!」
口の動きが『くそっ!』と動いた直後、俺の長剣が男の右胸に浅く突き刺さった。致命傷ではないが、これで充分だ。
俺は即座に〈消音〉を止めると、左手で長剣の刃を弾いた。俺が音に込めた《力》が刀身を伝わり、男の体内へと直接響いた。
「が――っ!?」
ビクビクと身体を弓なりに仰け反らせながら、男は倒れた。
倒れた二人の山賊をそのまま残し、俺は〈舌打ちソナー〉で周囲の様子を探ってから、慎重に階段に近づいた。
二階、三階には、なにが待ち受けているのか――緊張を新たに、俺は階段を登り始めた。
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本作を読んで頂き、ありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
《音声使い》……使い方を考えると、盗賊とかスパイなんかの潜入ミッション向きだなって思います。
ダンジョン攻略には適任かもですね。ただ、ガーゴイルや動いていないアンデッドには、効果が薄いですが。
少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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