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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
一章-3
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夕方になり、俺は厨房馬車での商売を終えた。
留守をユタさんに任せると、そのまま買い出しのために街へと出た。小麦や野菜、干し肉を仕入れるときに、街を歩き回ることになる。そのついでに、街の様子を探るつもりだった。
荷物持ちを買って出てくれたアリオナさんと街を歩きながら、大通りに出た。
ここは屋台が並ぶ市場とは異なり、商店が多い。小麦粉や干し肉を多く仕入れるには、こっちのほうが便利なんだ。
この街でいつも使う商店に向かう途中、前にはなかった紫色の屋台から、嗄れた老婆が顔を出してきた。
「そこのお二人さん、星占いはどうかね? 今は馬座に、幸運の星が来ているよ。詳しい話を聞きたくはないかね?」
「いや、大丈夫なんで」
俺が誘いを断ると、老婆は顔を顰めた。
「なんだい。あんたら、余所者で金を持ってるんだろ! ケチッ!!」
ケチって言われてもなあ……そんなに裕福ってわけじゃないし。それに星占いなんて、怪しさしかないじゃないか。星空の出てないし、なにより今は馬座の季節じゃない。
この世界の星座は、やはり元の世界の星座とは、まったく異なる。名前は同じ星座もあるみいだけど、その形や物語は全然違ったはずだ。
星座自体に興味がないから、詳しくはしらないけど。
ちなみに、馬座というのは一月生まれの星座だと記憶してる。これも前の世界と異なっていて、誕生月ごとに星座が割り振られているみたいだ。
アリオナさんは老婆の表情を見て首を傾げたけど、そこは曖昧に誤魔化しておいた。
目的の店に入ったんだけど……そこで俺は、店主さんから街の状況について、話を聞くことができた。
「……夜に、魔物ですか」
「そう。そのせいで、街の外に出るのは禁止になってるんだ。それだけに、商人なんかの出入りも少なくなっててね……うちも仕入れが減ってるんだよ」
「そういうことですか……って、小麦粉の値段、前の三割増しになってません!?」
「……すまないね、仕入れが減っててさ」
うわぁ……地味にショック。
魔物の情報よりも衝撃が大きいかも。他の店でも、似たような感じかな……これ。
それから干し肉と卵の仕入れはできたけど、野菜は無理だった。資金の問題というより、鮮度の問題で……。
やはり商人の出入りが減っているからか、鮮度が落ちている。
隊商の馬車列に戻る途中、アリオナさんが声をあげた。
「クラネスくん、あそこ見て。馬車が沢山あるよ」
「ん? あ、ホントだ」
城壁と家並みとの境に、馬車が並んでいた。餌は貰っているようで、馬糞の臭いも漂ってきている。
行商人とかが使いそうな馬車ばかりだな……。
そんなことを思いながら、俺たちは市場近くにある広場――馬車列が停まっている場所だ――へと歩き出した。
それから街に泊まったけど、あのゴーストは出てこなかった。
その代わり――街は魔物の集団に襲われた。喧噪と戦いの音が、市場にある厨房馬車まで聞こえてきた。
街は護りきったようだけど……負傷者や死者は、どのくらいなんだろう? そんなことを考えながら、俺は馬車列の見張りを続けた。
*
翌朝、俺たち《カーターの隊商》は、ギリムマギを出立する準備に追われていた。魔物が街を襲うことが確実になった今、長居は無用だ。
「準備は出来ましたか? 出発です!」
広場から出発した《カーターの隊商》は北門を目指して大通りを進んだ。
大きく開かれた北門にいる衛兵たちが、慌ただしく動く様子が見え始めた。なにかあったのか――と思っていたら、その衛兵たちは《カーターの隊商》の行く手を遮った。
護衛の傭兵やフレディの騎馬が立ち止まると、そのあとに続いていた厨房馬車を前に出す。
衛兵たちの前に出た厨房馬車の御者台から、俺は何食わぬ顔で問いかけた。
「……あの、なにかありましたか?」
「街の外は、魔物が出て危険だ。よって、御領主の命令で街から出ることは禁止されている」
「いえ……その、俺たちは街の住人ではありませんよ?」
「それは、見ればわかる。だがこの命令は、すべての者に対して有効なものだ。旅人だとうと、例外はない」
「……え?」
そんな無茶苦茶な。
だけど衛兵を相手に、強行突破をするわけにはいかない。俺は深呼吸をして気持ちを落ちつかせながら、反論を試みた。
「いや、あの……ですね。我々は隊商なんです。街や村を巡って商売をして、生計を立ててるんですよ。この街にいたら、生活ができません」
「そのことなら、安心せよ。この街の御領主である、ボロチン・ハワード男爵様は、そういった者たちへの配慮を忘れてはおらん。隊商の全員でも、代表者数人でも構わぬが、民兵として街の護りについてもらう。それで全員に、御領主様からの配給が受けられる」
衛兵からの回答を聞いて、俺は唖然とした。
そうか。これが……こんなのが、あの噂の正体だったのか。街を訪れる旅人を街から出さないようにして、生活の糧を得るために民兵として召し抱える。
こうやって、戦力を維持しているってわけだ。
考えた当人は『ナイスアイディア』なんて思ったかもしれないが、その標的となった立場からすれば、迷惑千万でしかない。
「……拒否権は」
「何度も言うが、街の外は危険だ。これは、御領主様のご配慮である」
質問の答えにはなっていないが、これで街の方針はわかった。
つまり、「街に来た商人は民兵にする。つべこべ言わずに、いうことを聞け」ということなんだろう。俺は舌打ちしたい衝動をグッと堪えながら、馬車列に広場まで戻ることを宣言した。
馬首を元来た道へ巡らす途中、先ほどの衛兵が声をかけてきた。
「民兵として参加する者は、市場の側にある兵舎へと行ってくれ。そこで、登録を行う」
ああ、駄目だ。冷静に――と思えば思うほど、苛立ちが抑えきれなくなる。
俺は衛兵の顔を見ないように礼を述べると、手綱を操って街の広場へと厨房馬車を進ませた。
道中、アリオナさんには状況の説明をしたんだけど、問題は民兵として誰が行くか……だ。傭兵たちは、あくまでも隊商の警護で雇っているだけで、ここで民兵へと差し出せるような契約はしていない。
となると、残る手段は限られる。
俺はユタさんに、隊商の指揮と管理を委ねることにした。民兵への登録は、俺とフレディの二人でやることにした。
馬車から降りた俺は、フレディと兵舎へと向かったんだけど……なぜか、アリオナさんが付いてきてしまった。
「アリオナさんは、馬車に戻って」
「なんで? あたしも一緒に参加するよ?」
「参加って……民兵に!?」
驚きながら訊き返す俺に、アリオナさんは頷いた。
「うん。だって、あたしは用心棒として雇われてるんだもん。こういうとき、クラネスくんと一緒に民兵に参加しなきゃ、意味がないじゃない」
「待って。ちょっと待って。それは、駄目だよ! 危険だし、女の子がやることじゃないからね」
「……クラネスくん?」
アリオナさんは、おもむろに俺の右手を掴んできた。それから力尽くで、俺の腕を自分のほうへと引き寄せた。
「忘れた? 力だけなら、クラネスくんよりも強いの」
「そうかもしれないけど、戦いっていうのは、それだけじゃないから……四方八方から襲われたら、腕力だけじゃ裁ききれないし」
「……そのときは、クラネスくんが護ってくれるって、信じてる」
やや上目遣いになったアリオナさんが、ジッと俺を見てきた。
……いやあの。その、ちょっと頬を染めた表情は、かなり狡いと思います。
そんな顔をされたら、こっちだって顔が赤くなってしまう。この前の一件――俺を落ちつかせるために、キスをされたこと――以来、アリオナさんのことを意識しない日はないんだから。
お互いに告白まではしてないし、前回のあれは、俺を助ける……というか、励ますために、ついやってしまったって説明だったから。
誤魔化すような口ぶりだったけど、回答としては、そうだったわけだし。恋仲という関係ではない……んだけど。
でも期待したいような、俺個人の問題もあるから、ちょっと抵抗感もあるんだけど……ひょんな切っ掛けで色々な妄想をすることも、最近はちょっと増えてきた。
「……護って、くれないの?」
返答がないことに焦れたのか、アリオナさんは、そう問いかけてきた。
顔を真っ赤にして答えに窮している俺の背に、フレディの手が添えられた。
「若――ここは、男を見せるときだと思いますが」
――うっ。正論といえな、正論かもしれないけど。かもしれないけど、好きな女の子を危険に晒すのも、どうかと思うんですが!
俺はキッと表情を引き締めると、アリオナさんを真っ直ぐに見た。
「……護ります」
……ええ、負けましたよ。完全に。俺に、アリオナさんを拒絶しきれるわけないじゃないか。
こうして俺たち三人は、民兵として登録を終えた。
本当に、良かったのかな……これで。
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