45 / 112
第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
二章-4
しおりを挟む4
日が傾き始めた頃になっても、マリアさんは姿を見せなかった。
そのあいだ、ぼんやりと待っているのも馬鹿らしいので、商売をしようと思ったんだけど……生憎と材料が足りない。
この街で、特に食料品の仕入れがままならない以上、《カーターサンド》を売りに出すのは、不可能じゃないけど、かなり辛い。
俺はユタさんを手伝って、隊商の商人や傭兵たちへ提供する、炊き出しの準備をすることにした。
これは、単なる暇つぶしってわけじゃない。なにかをしていないと、ただ苛々だけが募ってしまって、精神衛生上よろしくないからだ。
あまり多くはないけど、人数分のパンとシチューを作っている途中で、フレディが俺を呼びに来た。
「若。昨晩も会ったマリアという娘と、貴族らしいご婦人が、若に会いたいと申しております」
「あ、やっと来たんだ。うん、今行くよ。ええっと……アリオナさんとメリィさんも一緒のほうが、よさそうかな? アリオナさんに声をかけてくるから、メリィさんのほうをお願いできる?」
「畏まりました」
二手に分かれてアリオナさんやメリィさんと合流してから、俺たちは市場の端にいるマリアさんのところへと出向いた。
市場の通りを抜けた場所に停まった、貴族が所有していそうな、品の良さそうな馬車の前で、マリアさんは佇んでいた。
マリアさんは俺たちを認めると、頭を下げてから、少し怪訝な顔をした。
「皆様、遅れて申し訳ありません。ボロチン様の準備が手間取り、外出の時間が遅れたものですから。それはそうと……そちらの御方は、どなたでしょうか?」
マリアさんの視線の先には、たおやかに微笑むエリーさんの姿があった。
メリィさんは咳払いをしてから、小さく一礼をした。
「こちらの方は、わたしの主である、エリー……です。今回の話に、是非参加したいと」
「旅をしながら薬草などの商いをしております、エリーと申します。どうぞ、よしなに」
この辺りでよく見る、膝を折る貴族の一礼ではないけど、優雅な所作で身体をやや斜めに傾けるエリーさんに、マリアさんは一礼を返した。
「これは御丁寧な挨拶をしていただき、ありがとうございます。本来であれば、ここでお嬢様のご紹介をすべきなのでしょうが、ここは人目が多すぎます。少し歩きますが、馬車に付いて来て下さいませ」
そう言って俺たちに一礼したあと、マリアさんは御者台の男に目で合図を送った。
だく足よりもゆっくりとした歩みで馬車が動き出すと、追従するように歩き始めたマリアさんが、俺たちに一礼をしてきた。
俺たち五人も、マリアさんのあとを追うように歩き出した。
先頭を行く一頭立ての馬車は、薄い青に塗装されている。栗毛の馬は従順で、御者は手綱を手荒にすることもなく操っている。
やがて、馬車は大通りから一本外れた道に入り、こぢんまりとした店の前で停まった。
馬車から水色のドレスを着た人物が店の中に入るのを待って、マリアさんが俺たちを促した。
「皆様、どうぞ中へ」
看板や内装を見るに、この店は宿屋らしい。旅籠屋ではないから、ここは酒場にはなっておらず、受付と部屋への通路しかない。
庶民向けではないし、かといって裕福層は絶対に使わないような宿屋だ。よく経営できてるな――と、つい商人じみた考えで、俺は内装を見回した。
その通路の真ん中に、先ほど見た水色のドレスを着た女性が立っていた。
後頭部で束ねて、左前だけは前に垂らしている金髪に、明るいグリーンの瞳。右目に泣きぼくろ、唇の両側にはエクボが見える。
街を歩けば、一〇人中九人は間違いなく振り返るほどの美人だ。
その美人は、俺たちを軽く見回してから、膝を折りながら一礼した。
「お初にお目にかかります。わたくしはボロチン・ハワードが長女、カレン・ハワードで御座います。このお店に、お話をするための部屋を御用意しております。マリア、お願い」
「はい。皆様、どうぞこちらへ」
マリアさんは全員を促しながら、俺たちを地下にある個室へと案内した。
五つもの燭台で照らされた個室の中には、少し横長のテーブルと、七つの椅子が置かれていた。
それ以外には、なにもない。地下だから窓はもちろん、奥へ続くドアや、棚の類いも設置されていなかった。
どうやらここは、内密の話をするための部屋らしい。そういう意味では、ここは宿屋というよりは密会や密議をするための場所みたいだ。
上座に座ったカレンさんは、俺たちにも座るよう促した。
カレンさんの左側に俺とアリオナさん、対面にはエリーさんとメリィさん。フレディは、俺の後ろで立っている。マリアさんにも座るよう促されたが、「これが努めですので」と言って、頑なに立ち続けていた。
カレンさんは、改めて俺たちを見回してから、深々と頭を垂れた。
「この度は、父が皆様に大変なご迷惑をおかけしてしまいました。街を護るためという大義名分があるとはいえ、選択肢を奪う形で民兵へ参加させてしまったこと、深くお詫び申し上げます」
俺はカレンさんが頭を上げるのを待って、口を開いた。
「あなたがしたことではありません。ですが我々の状況は、さらに深刻になっているんです」
「……マリアから、話は伺っております。隊商の商人たちに、民兵への誘いがあったということですね」
「そうです。それに、商材の仕入れもできない状況です。貴女の口添えで、なんとかできませんか? 少なくとも商売させできれば、商人たちを民兵へとせずに済みますから」
俺の嘆願に、カレンさんは静かに首を振った。
「父のすることに、わたくしは介入できないのです。長女とはいえ、そこまでの権限もありませんし……なにより役人や兵舎の者たちは、父の命令にしか従いません」
予想はしていたけど、娘では無理か。
俺が溜息を吐いていると、エリーさんがカレンさんに話しかけた。
「あの……一つだけ、質問をしてもよろしいでしょうか? 実はわたくしたち、とある幽霊さんに、この街に来るよう頼まれたんです。街を救って欲しいと……恐らくは、魔物たちの襲撃を止めて欲しいのでしょう。カレン様? 貴女は、どこか逞しい印象の幽霊さんを御存知でしょうか?」
「幽霊……いいえ? わたくしは、存じておりません。でもどうして、わたくしに幽霊の話を?」
「その幽霊さんが仰るには、どうやら魔物を操っている者は、あなたを狙っていると。どうやら大昔にいた女性と、カレン様は瓜二つだとか」
「わたくしを狙って――その、幽霊というのは、他にはなにか仰っていましたか?」
「魔物を操っている者は、街の外にいる……としか。ですが、状況から推測しますと、その黒幕さんも幽霊である可能性が高いです」
エリーさんの淡々とした説明に、カレンさんの表情に深刻そうな影が浮かび上がった。
言葉が切れると、室内にはカレンさんの呼吸音だけが響いた。
やがて、僅かだが落ち着きを取り戻したカレンさんは、青白くなった顔をエリーさんに向けた。
「エリー様……あなたは、わたくしに、なにをして欲しいのでしょうか?」
「あら。お話が早くて、助かりますわ。わたくしたちに、街の外へ出る許可を出して欲しいのです。といっても、逃げるのを手伝えと言っているのではありません。監視を付けても構いませんので、敵の本拠地を探らせて欲しいのです」
エリーさんの頼みを聞いて、カレンさんから息を呑む気配が伝わって来た。
数秒ほど時間をおいて、カレンさんが押し殺した声を出した。
「それを、わたくしに……父を説得せよと。そう仰るのですね」
「はい。現状、あなた様しか頼れるものがおりませんから」
もしかしたら、カレンさんはエリーさんの最後の言葉は、聞いていなかったのかもしれない。肘を突きながら祈るような仕草をした両手に、蒼白な顔をそっと乗せている。
やがて、僅かに顔を上げたカレンさんは、大きく息を吐いた。
「わかりました。どこまで説得できるかわかりませんが、父に話をしてみます。それから……もう一つ。お話を聞く限り、その幽霊というのは、この街が土地に縁がある者だと思います。大昔の書物を調べて、なにか手掛かりがないか調べようと思います。その結果は、マリアを通じて、あなたがたにお報せいたします」
「それは是非、お願いいたします」
エリーさんは、にこやかに微笑んだ。
話の主導権は完全に、エリーさんが持って行ってしまった。商人たちのことは、やはり自分で動くしかないか……。
そんなことを考えていると、隣に座っているアリオナさんが、俺の袖を引っ張ってきた。
「ねえ、クラネスくん。あとで、内容を教えてね」
「それは、もちろん」
甘えるようなアリオナさんの声に、俺はつい表情を綻ばせてしまった。
場違いなやり取りだとは思うけど……思うけど、こればかりは勘弁して欲しい。すべての感情なんか、そうそう制御できないわけだし。
そういう確固たる思いを胸に、俺はみんなに「すいません」と謝った。
なんだかんだいって、空気を読むのも大事だし……ね。
12
あなたにおすすめの小説
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
暗殺者から始まる異世界満喫生活
暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。
流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。
しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。
同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。
ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。
新たな生活は異世界を満喫したい。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。
事故は、予想外に起こる。
そして、異世界転移? 転生も。
気がつけば、見たことのない森。
「おーい」
と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。
その時どう行動するのか。
また、その先は……。
初期は、サバイバル。
その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。
有名になって、王都へ。
日本人の常識で突き進む。
そんな感じで、進みます。
ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。
異世界側では、少し非常識かもしれない。
面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)
わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。
対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。
剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。
よろしくお願いします!
(7/15追記
一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!
(9/9追記
三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン
(11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。
追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる