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第二章『生き写しの少女とゴーストの未練』
四章-5
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遺跡の近くで馬車を停めた俺たちは、臨戦態勢のまま遺跡へと向かった。
昨日の雨のせいか、森の地面はまだぬかるんでいた。日光が当たっていたとしても、まだ午前だから、大して乾いていないだろうけど。
遺跡のある荒れ地に到着すると、クレイシーと同じく護衛として同行してきた三人組が前に出た。
「ここは、前にも調べたんだけどなぁ」
三人組のリーダー格である金髪の剣士が、周囲を見回しながら首を捻った。
彼の仲間である茶髪の剣士、そして茶色いローブの魔術師は、冒険者であるらしい。年の頃は全員、二〇代後半くらい。
痩身の魔術師以外の剣士二人は、中肉中背。それぞれ胴鎧と盾、長剣を携えていた。話によると、以前に魔物の出現地を捜索する依頼を引き受けたのは、彼ららしい。
金髪の剣士は俺たちを振り返ると、手で付いて来るよう指示を出してきた。
「俺たちが先導する。おまえたちは、あとから付いて来てくれ」
三人は荒れ地に入ると、周囲を警戒しながら真っ直ぐに遺跡へと向かう。慎重な足取りではあるが、俺の目にはただの無鉄砲に見えた。
少し距離をとって三人に続く俺たちは、俺とクレイシー、アリオナさんが並び、その後ろにエリーさんとマルドーが取り憑いた猫――エリーさんの使い魔――、最後尾はフレディとメリィさんだ。
昨日みたいな魔物による襲撃があるかと思ったけど、それは俺の杞憂だったようだ。
地面の隙間まで近寄ると、俺たちは先ずツルハシとシャベルを手にした。
「それじゃあ、まずは俺とフレディとで下に降りる準備をします。残りの人は、周囲の警戒をお願いします」
「ええ。警備はお任せ下さいね」
エリーさんがにっこりと頷いたとき、シャベルを手にしたフレディがくぐもった声をあげた。
続けて、アリオナさんの悲鳴が聞こえてきた。俺が振り返ると、長剣を手にしたメリィさんが、フレディの脇腹に斬りつけていた。
「メリィ!? あなたなにを――っ!」
「てめぇら、なにを考えていやがる!」
メリィさんの行いに顔を青くしたエリーさんの声をかき消すように、クレイシーの怒声が響き渡った。
すでに抜剣したクレイシーは、剣を抜いた冒険者三人組と一戦を交えたようで、双方に軽い切り傷を負っていた。
辛うじてシャベルの柄で防いだおかげか、フレディの傷は浅いようだ。傷を手で押さえて距離をとったフレディから目を逸らしたメリィさんが、虚ろな目を俺たちへと向けた。
「フミンキー……様を襲うのは、止めましょう。このまま帰れば、きっと許してくれると思います」
「フミンキー様を護らないといけないんだ! 俺たちは、あの御方に仕えるべきだ。危害を加えようとするなら、正義の名の元に成敗するぞ」
メリィさんの説得に続いて、冒険者のリーダーが俺たちを脅してきた。
「クラネスくん、これってどういう状況なの?」
言葉が聞こえないなりに、周囲の状況を把握したらしいアリオナさんは、すっかり怯えてしまっている。
これは完全に俺の推測だけど、メリィさんと冒険者たちは、フミンキーに操られた――もしくは思考を操作されている状況なんだと思う。
前回にフミンキーの声を聞いたとき、メリィさんは星座の魔術によって洗脳されていたのかもしれない。そしてそれは、冒険者たちも同様だ。
前回の調査のときに、フミンキーに心を操られ、彼の協力者となっていたんだと思う。
魔物の出現地だって見つからなかったんじゃなくて、『見つからなかったことにした』ってことなんだろう。
〝拙いな。星座の魔術で操られていたのか。魔力を感知してみたら、メリィと冒険者たいから、妙な魔力を感じる〟
そんな俺の憶測を証明するように、マルドーが言った。
魔力を感知とか、そういう便利なものがあるなら、もっと前にやっておけ――と思ったが、それも今さらな話だ。
とにかく、彼らを拘束しないと先には進めない。
俺はアリオナさんに、そっと耳打ちをした。
「メリィさんの動きを止めて欲しいんだ。投石でいいから、近寄らせないで」
「い、いいけど……クラネスくんは?」
「冒険者たちを止めるよ。そっちが終わったら、すぐにメリィさんも対処するから。無理しない程度に時間を稼いで」
「時間稼ぎね。わかった、やってみる」
俺はアリオナさんと別れると、クレイシーと睨み合っている冒険者たちへと駆け出した。
三対一で、相手には魔術師。説得や懐柔は無理で無駄。メリィさんのこともあるから、時間はかけられない。
となれば、速攻あるのみ。
俺は長剣を抜くと、刀身を指で弾き始めた。
俺の《力》は音や声を操る。この刀身を弾いた金属音を操った俺は、冒険者の周囲から音を消した。
すでに魔術の詠唱をしていたらしい魔術師が、慌てた顔をした。いきなり自分の声を含めた音が消えたんだから、当然の反応だ。
「クレイシーさん、離れて!」
振り向くことをしないまま、クレイシーは俺の声に反応した。今まさに冒険者たちに挑みかけた身体を急停止し、遅滞なく後ろに跳んだ。
俺はそのタイミングに合わせて、刀身を弾く音を変えた。〈固有振動数の指定〉を〈音量強化〉で威力の調整をした音撃だ。
「ぐっ!」
「ぎゃっ!?」
さっき音撃の性質を変えたから、冒険者たちの声も元に戻っている。三人は音撃の直撃をモロに受けて、気を失った。
これでしばらく――経験上、数時間ほど――は、起きないはずだ。
「お、おい……すげーな。なにをした?」
クレイシーが振り返ってきたけど、それに構っている余裕はない。メリィさんを牽制している、アリオナさんが心配だ。
振り返ってアリオナさんのところに戻りかけたけど、すでにメリィさんは地面に倒れていた。
俺はメリィさんの側に佇んでいる、アリオナさんに声をかけた。
「アリオナさん、まさか……投石を頭にぶつけたりしてない?」
「してないわよ! メリィさんは、エリーさんがなにかしたみたい」
「エリーさんが?」
確かに、メリィさんの側にはエリーさんがしゃがみ込んでいた。
なにやら詠唱を終えたエリーさんは、俺たちへと顔を向けた。
「メリィは、〈睡眠〉の魔術で動きを止めました。今、〈解呪〉を施しましたが……どこまで効果があるか」
〝魔術の影響は残っているかもしれんが、あの支配からは解かれていると思うが〟
「そっか。あとは、フレディ!」
「……若」
自分で応急手当をしたフレディが、地面にしゃがみ込んだまま俺へと顔をあげた。
「怪我の具合はどう?」
「……大したことはありませんが、まだ出血は止まっておりません」
「そっか。落ちつくまで、下手に動かないで」
「……はい」
俺はフレディから離れると、ツルハシを手に地下へ続くの隙間に近寄った。
だけど御丁寧に掘り進めるなんて、そんな七面倒くさいこと、やる気も失せた。俺はツルハシの先端を指で弾きながら、音の質を変えていった。
十数回目で隙間周辺の土砂が崩れ、地下へ降りるだけの穴が開いた。
俺が縄やランプを準備していると、冒険者を縛り上げたクレイシーが近寄って来た。
「穴を開けたのか。だが戦力が減ったんだから、仕切り直しが定石だろ?」
「冗談でしょ。これ以上、あの野郎に時間なんか与える気はないんで」
「だからって、一人で行くつもりか?」
「一人でも、行くつもりに決まってるでしょ。やられた分は、出来るだけ迅速にやり返す主義なんで」
俺がランプに火を灯したとき、アリオナさんとエリーさん、それに意識を取り戻したらしいメリィさんがやってきた。
メリィさんは心申し訳なさそうな顔で、俺に頭を下げた。
「すいませんでした。操られていたとはいえ、フレディさんを斬ってしまって」
「状況的に、仕方ないですよ。全部、フミンキーが悪いんで」
「そうですわね。それでクラネスさんは、このまま地下へ行くおつもりなんですか?」
「もちろん。あの野郎は徹底的に、ぶっ潰します」
俺の返答に、エリーさんは微笑みながら頷いた。
「わたくしも御一緒しますわ。メリィにしたこと、許せませんもの」
「クラネスくん、あたしも行くからね」
エリーさんに続いて、アリオナさんも同行を申し出てくれた。
そんな俺たちの様子を見て、クレイシーは溜息を吐いた。
「ったく、仕方ねぇ奴らだな。そうなったら、俺も行くしかねぇだろ」
その言葉とは裏腹に、声はそこまでイヤそうじゃない。そんな態度を見て、俺とアリオナさんは顔を見合わせて苦笑した。
メリィさんはエリーさんに従うつもりだったようで、一緒に近寄ってきたけど……俺は
片手を挙げて制した。
「あ、メリィさんは残って欲しいんです。フレディと冒険者の様子を見て欲しくて」
「え? それは……あたしが、操られていたからですか?」
「それとは別の理由です。なにがあるかわかりませんから、無事な人が残っていて欲しいんですよ。クレイシーさんも、こっちに来るっていってますから」
戦力的には、メリィさんよりもクレイシーのほうに利があるわけで。ここは、少数精鋭で行く方がいい。
メリィさんはなおも食い下がろうとしたが、エリーさんに窘められた。
渋々といった感じだが、残留を承諾したメリィさんを残して、俺たちは地下へと降りることにした。
〝それでは行こうか〟
猫の身軽さで、マルドーが先陣を切って地下に降りた。
垂らしたロープを伝いながら、俺たちはフミンキーのいる遺跡の地下へと降り立った。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
というわけで、戦力減少回でございます。お約束な展開といえば、お約束な展開かもしれません。
次回から、本格的に地下探索回です。
地下迷宮とまではいきませんが。地下迷宮とかだと、流石に残りの回が足りなくて。
地下迷宮……魔王とか出したくなりますね。まあ、この作品では魔王まで出すつもりはありませんが。前作で出しまくったので……変なのを。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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