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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』
二章-7
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公爵の護衛である騎士と兵士から二〇人、街の衛兵から三〇人が五列で整列していた。 御者の男を拘束してから、ミロス公爵は即座に兵力を整えた。公爵の馬車列には、アーサーやエリーンを護衛するために、最低限の兵を残している。
そして御者を拘束したあと、こっそりと町長の屋敷を抜け出した二人の使用人は、俺とクレイシーとで捕らえた。
これで全員かどうかまでは不明だが、三人の密偵が屋敷に潜んでいたことになる。
兵たちは数台の荷馬車に分乗し、エリーさんからもたらされた情報を元に、町の一角にある商人の屋敷へと向かった。
町の住人たちは、なにごとかと公爵や町長の馬車列を見送っている。俺とクレイシーは、最後尾から少し離れた位置を進んだ。
単に悪目立ちしたくなかったからだけど、少し離れた場所から周囲を見回したかった、というのも理由の一つだ。
集団の中にいると、雑音も大きくなるし、なにより音の反響が俺に戻って来にくくなってしまう。
目的の屋敷は、黒い屋根が特徴だった。色々な色の屋根があるが、大体は赤や茶色系統――この周辺から採取できる土の色だ――が多いから、黒い屋根はかなり目立つ。
高く分厚い塀に囲まれているが、門は一つだけしか存在しない。その前には門番が立っているが、とても商人の屋敷には見えない。
屋敷を囲むように停まった馬車から、騎士や兵士たちが降りた。ミロス公爵が最後に馬車から降りると、周囲に響くような声で、門番へと告げた。
「昨晩、我らを襲った賊がおる。その賊が使った凶器の中に、ここの商人が取り扱っておる商品が混じっていたことが判明した。よって商品や取り引き相手についての確認を行うため、屋敷内の調査を行う。抵抗するならば容赦はしない旨、主人に伝えるがいい」
「なんですと……いえ、主人のサイナス様にその旨をお伝えして参ります。どうか、しばらくお待ち下さいますよう、お願い申し上げます」
「いいや、ならぬ。調査は同時進行で行わせて貰おう。総員、突入っ!!」
思ってたより、ミロス公爵は強引な手段に出ていた。
口上としては虚実を混ぜ込んだ内容だから、説得力が皆無なわけじゃない。だからといって、あんな言い方で、相手が納得はしないだろう。
予想通り、門のところで門番と騎士との押し問答が始まってしまった。言い合いから、激しい押し合いに発展したところで、俺は〈舌打ちソナー〉を使って屋敷の内部を調べてみた。
屋敷の中では、何人かの人々が地下へなにかを運んだり、何人かへ命令を下すような仕草をしていた。
家族で生活もしているのか、大小の影が移動をしている。階段を降りていることから、隠れるか逃げだそうとしているんだと思う。
〈集音〉を使って話の内容を把握しようとしたけど、これは雑音が多すぎてダメだった。
仕方なく〈舌打ちソナー〉の連続使用で偵察じみたことをしていると、屋敷の屋根に杖を持った人影が出てくるのがわかった。
杖を持つ人影――もしかしたら、魔術師か? なにかの魔術でミロス公爵に危害があれば、政治的にも拙いことになりかねない。
……あまりやりたくはないけど、こればかりは仕方がない。
俺は長剣の刀身を指で弾いた音に《力》を乗せ、広範囲攻撃としてよく使う、〈範囲指定〉、〈音量強化〉、そして〈固有振動数の指定〉の合わせ技を放った。
効果範囲は屋敷全体。もちろん、地下も含めてだ。
音量は、もちろん最大。死にはしないだろうけど経験上、意識を保てる者は皆無に等しい威力のはずだ。
現に杖を持った人影は、そのままバランスを崩して落下した。屋敷の中にも、まともに動いている影はない。
ついでに、門の背後にある閂にも《力》を使っておいた。破壊することまではできなかったけど、脆くはなったはずだ。
門番は、いよいよ押し切られる寸前だ。
援護がまったくないことに焦っているのか時折、閉じられた門へと目を向けている。しかし、もう門番が期待する援軍や援護は来ない。
そうこうしているあいだに、門番は押し切られた。ハンマーを持った兵士たちの打撃で、門が徐々に軋んでいく。
二、三分くらいで、兵士たちが門を突破した。
雪崩れ込む兵士や騎士たちのあとを付いて、ミロス公爵が屋敷に入っていく。俺とクレイシーは、そのあとから付いて行った。
門の中は、あまり広くない庭の奥に、石造りの屋敷があった。屋根の瓦だけは黒く塗られているが、あとは灰色の石材がそのまま使われている。
窓には透明のガラスが使われているけど、そのすべては鉄格子で護られている。石造りに鉄格子……屋敷というより、まるで砦だ。
住居や商談の場というより、町を占領するための前線基という印象を受ける。
俺は前を歩くミロス公爵に追いつくと、右腕を胸の前に添える貴族式の一礼をした。
「公爵様。やはり、ここは普通の屋敷とは思えません。馬車で指揮を執られてはどうでしょう?」
「なにを言うか。現場を見もせずに、指揮など執れぬぞ。おまえこそ、油断をするでないぞ。伝令! 兵の三割は、庭の捜索と警戒を行え。残りは、屋敷の中へと入る。なにが出るか、まったくの不明だ。油断をするな!」
よく通る声が、辺りに響き渡った。
ミロス公爵の命令を受け、兵士たちは小隊単位で動いていく。指示を出しているのは騎士たちで、それを受けた小隊長が、隊を率いて動いている。
正直、この世界で小隊編成が円滑に動いていること自体、驚きだ。軍勢による戦争という印象があったけど、これは認識を改める必要があるかもしれない。
屋敷の中は、思っていたよりも質素――というか、飾り気がない分、本当に砦の内部のようだった。
露出した石材に梁、剛健な造りの柱に、階段は狭く、大勢が一度に移動できないようになってた。窓から差し込む外光以外に光源がないから、かなり薄暗い。
先に入った兵士や騎士たちは、一様に戸惑っていた。なぜなら、廊下や玄関には、屋敷にいた人々が倒れていたからだ。
苦悶の表情を浮かべながら呻いている者、気を失っている者、そして鼻血などを出しながら、白目を剥いている者など、様々だ。
共通しているのは、全員が自力で身動き出来ないことだろう。
ミロス公爵は周囲を見回しながら、近くの兵士に問い掛けた。
「……これは一体、どうしたことだ」
「まったくわかりません、公爵様。我々が踏み込んだときには、すでに……この有り様で」
兵士の返答を聞きながら、俺はミロス公爵に一礼をした。
「ミロス公爵様。もしかしたら、毒性のあるものか伝染病の類いかもしれません。あとは兵士の方々とわたくしで、調査を進めましょう。公爵様は馬車までお戻り下さい」
「クラネス。我が身を心配をしてくれるのは嬉しいが、それはできぬ。騎士や兵たち、それに、おまえもは危険に身を晒しているというのに、どうして一人で安全なところへ戻れようか。それに、だな。作戦においてすべての責任を負うのは、指揮官の役目だ。作戦や指示などは、ほかの者に任せても良い。だが、責任だけは指揮官が取らねばならん。覚えておけよ、クラネス。そのためにも指揮官は、戦場から離れてはならんのだ」
ミロス公爵の主張は、確かに立派だ。立派だけど……ここで公爵に死なれたら、それこそ件の一族の思う壺だ。
絶対に、ミロス公爵を死なせるわけにはいかない。
だけど、こういう気質の人だからか、端から見ていても兵士たちの士気が高い。現場主義で自分がすべての責任を負うと明言できる人だからか、人望は厚いんだろう。
もしかしたら、そういう効果を狙った言動なのかもしれない。自らの地位に胡座をかかず、常に実践してみせる姿勢、か。貴族でたまに見られる、家柄に頼るしかない無能ってわけじゃないみたいだ。
それはいいけど……内部の有り様を見て、俺とかに疑念を抱かないといいけど。
屋敷の中を見て廻っていると、兵士たちが倒れた人たちを搬送し始めていた。その中に、五、六歳くらいの男の子がいた。
確か家族で住んでいる人もいたっぽいから、その子どもか。搬送されている男の子を見送っていると、クレイシーが話しかけてきた。
「おい。あれは……おまえの仕業だろ」
「そうでしょうね。だけど公爵様だけじゃなく、味方が死ぬことを考えたら、《力》を使わないという選択肢はないよ」
「……まあ、そうなんだろうけどな。だが、納得はしねーぞ。ほかに、なにか方法があったろうよ」
確かに、あったかもしれないけど。
でも、それを考えているあいだに、味方が殺される可能性だってあるんだ。手段を選ぶ余裕がない以上、手加減なんかできない。
これも、俺が感情の一部を失っているからこその考えなんだろうか。
それから、なんお抵抗も受けずに屋敷の中を捜索した。屋敷の地下では、暗殺者が使った油や、説明文から魔物寄せと思われる薬品、それに様々な暗器が発見された。
だけど顧客に関する情報は、なにも得られなかった。
屋敷にいたほぼ全員――落下した魔術師らしい男は墜落死していた――は、監獄に収監されたが、魔術師らしい者は猿ぐつわがかけられたという。
意識を取り戻したものに審問をしたらしいが、結局のところ顧客についての情報は得られなかった。
このエリーさんが言っていた一族の襲撃が、このあと、どんな形で影響を及ぼすのだろうか――先のことはわからないが、不安だけが胸中に残った。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
襲撃関係は、淡々と進んでしまいます。クラネスの性質上、敵対するものに対して容赦がないので、危機的状況もなくなります。倫理的な賛否はあるでしょうが、そういうキャラということで御理解下さい。
もうちょい、アリオナさんとイチャイチャさせたいものです。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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