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第三章『不条理な十日間~闇に潜む赤い十文字』
幕間
しおりを挟む幕間 ~ 失敗の代償
ミロス公爵が襲撃を受けたトラカコ街から一日ほど離れたところに、トマという村がある。農村ではあるが規模としては中規模で、教会はもちろんのこと旅籠屋や馬喰と呼ばれる、馬の取り引きをする商人までもいる。そして――裏社会の者たちも潜んでいた。
まだ日の出前だというのに、トマの麦畑に質の良い外套に身を包んだ男が入り込んだ。
容姿は隠すように、フードを目深に被っている。疲弊したように大きく肩を上下させていたが、足取りは確かだ。
その男は、村外れの小屋へと近づいた。
農民の家らしく、こぢんまりとした小屋の前には農具が立てかけられている。木製のドアに近づいた男は、指先で二回だけ、ドアを叩いた。
「夜分にすまない。旅の者だが、モルデン産の薬を持っていたら、分けてくれないかね」
男は声をかけたが、返答はなかった。
辛抱強く待っていると、十数秒後にドアの向こう側で物音がした。
「……モルデン産はあるが、御礼になにをしてくれるんだね?」
「対価は支払う。モルデンの金貨ではないが、いいかい」
「……いいだろう」
中からの言葉から少し遅れて、ドアが開かれた。小屋の中は、最低限の生活用品が置かれただけの、殺風景なものだった。
竃にベッド、あとは小さなテーブルだけだ。
その小屋の中に、三人の男女――老人と老婆、そして中年の男が佇んでいた。中年の男が立ち上がると、片手を振るようにしてフードを取るように促した。
男は大人しくフードを取ると、赤い十字が描かれた黒い覆面が露出した。目と口しか露出していない覆面を見て、中年の男の目が細められた。
「〈赤十字〉か――なにが必要だ?」
「魔物寄せの香。あとは……毒の小瓶を数本ほど」
「魔物寄せの香は、売ってやる。だが、毒はダメだ。あれは、足が付きやすい」
中年の男の返答に、〈赤十字〉は険しい目を向けた。
「なんだと!? 金は払う――」
「そういう問題じゃない。貴様は、失態をした。なにかはわからぬが、どうやら証拠を残してきたな。そして、暗殺にも失敗した」
「それは――あの油の瓶か。あれは、仕方が無かった。公爵の護衛が、予想以上に手強く、鼻の利くヤツだったんだ」
「そんな言い訳は、どうでもいい。そのせいで、トラカコの拠点が潰された」
中年の男からもたらされた情報に、〈赤十字〉の目に驚愕の色が浮かんだ。
その横では、老人たちがベッドの下に隠された地下の戸棚から、革製の水筒を取り出す。それを受け取った中年の男に、〈赤十字〉は小刻みに首を振った。
「まさか……俺が残したのは、瓶の破片だけだ。それだけで……」
「それだけで、拠点が潰されたのだ。相手の力量も計れぬ者に、貴重な品を売るわけにはいかない」
水筒を少し腕に持ち上げながら、中年の男が左手を差し出した。
「魔物寄せの香だ。この国の金貨で二〇枚」
「そんな、高すぎる。いつもなら金貨九枚だろう!?」
「信用を失った対価だ。あと、〈赤十字〉との取り引きは、これで最後にさせて貰う。我々も、投獄送りになるわけにはいかないのだ」
見捨てるような言葉に、〈赤十字〉は衝動的に腰の長剣に手が伸びた。だが、それよりも先に三人が部屋の至る所に仕込まれた刃を抜き、切っ先を真っ直ぐに〈赤十字〉へと向けた。
「金を払って生きるか、ここで死ぬか――選ぶのはおまえだ」
「……わかった。わかった! 従おう」
腰に下げた革袋の一つを無造作に掴むと、〈赤十字〉は中年の男の前へと放った。
老婆が革袋を拾い上げ、中を確認する。金貨の数を数えてから、無言で中年の男へと頷いた。
それを見てから、男は香の入った水筒を〈赤十字〉へと放り投げた。
「それではな、〈赤十字〉。二度と会うことはないだろう」
「……後悔するぞ」
捨て台詞を吐きながら踵を返した〈赤十字〉は、小屋から出た。
村を出ながら、〈赤十字〉は襲撃の夜のことを思い返していた。衛兵とは違う、ただの少年のように見えたが……その辺にいる兵士よりも手強い相手に思えた。
それに、見つかったことも偶然とは思えなかった。
(あの野郎さえ、いなければ……)
殺意の矛先がミロス公爵から、あの少年――クラネスへと変わっていくのを感じながら、〈赤十字〉は次の街へと向かった。
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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!
わたなべ ゆたか です。
以前より色々と書いていましたが、駐車場がやばいことになっております。
ちょっと本気で探さないといけないため、急遽予定を変更して、幕間アップです。本来、地の文で書く予定だった部分を、幕間としました。
土曜日の午後は、駐車場探しに費やしますです。
手伝い屋は、予定通りアップします。前倒し前倒しで、時間を作った次第です。
次回は三章となります。ああ、時間がない……書類もあるし、ほんと面倒ですね、この手の手続きとか。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回も宜しくお願いします!
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