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屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです
一章-2
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メイオール村に向かう馬車の中で、レティシア・ハイントは窓から外の景色を見た。
開墾すらされていない荒れ地の遙か西方、青空に紛れるように山々の影が見え始めていた。街道を進む馬車の、ゆっくりとした速度に焦れながら、レティシアは溜息を吐いた。
今の彼女は、板金は薄いが、その分扱いやすい甲冑に身を包んでいる。甲冑の胸部には王都直属ではないものの、騎士としての叙勲を受けた証の紋章が描かれていた。
もう何度目かの溜息を吐いたとき、目の前にいた黒髪の女性が小さく笑った。
ややきつい目をした女性である。年はレティシアより若干上――二十歳前後くらいだろう。レティシアと同じ甲冑に身を包み、髪は肩で切り揃えていた。
「随分と焦れてますね、レティシア」
「ええ。到着の予定は昼だったかしら? ホント、焦れったい。ねえ、セラ……もう少し馬車を急がせられないかな?」
ふて腐れるレティシアに、セラと呼ばれた女性は苦笑した。
「それは無理でしょう。少しばかり急いでも、馬をバテさせるだけです。休憩が長くなるだけだと、ずっと言っているでしょう?」
「そうだけど。なんか……ああ、ごめんなさい、もう言わない」
投げやりに両手を上に挙げたレティシアは、再び窓の外に目をやった。
目的のメイオール村まで、あと二時間。レティシアはそのあいだ、四回も溜息と文句を言い続けて、セラを苦笑させることとなる。
*
先触れが村に来てから、二日後。俺は早朝から、旅籠屋《月麦の穂亭》の厨房にいた。
なんでも大口の注文があったらしく、早朝から昼食用の食事作りを手伝うことになったんだ。もちろん、これも《手伝い屋》としての仕事だ。
俺はフライパンで、鹿肉を焼いていた。なんでも今日のために、昨日のうちに狩ってきた牡鹿の肉らしい。
普段は魚か鳥の肉しか使わないこの村では、かなり貴重な肉である。
細かく砕いた岩塩を振ってから、焼き加減を見ていると、ブルネットの髪を結った恰幅の良い女性が近づいて来た。
旅籠の女将である、メレアさんだ。
「ランド、そっちはどうだい?」
「さっき、岩塩を振ったばかりですよ。もうちょい……ですか、これ?」
「ん……どれ。ああ、そうだね。肉全体に、塩が馴染むようにしておくれ」
そんな指示を出したところで、メレアさんはふと思い出したような顔をした。
「そういえば、あんたは聞いたかい? 今日来る団体……どこかの騎士団なんだってさ」
「……へえ。そうなんですか」
騎士団と聞いて、久しぶりに俺の胸中がざわついた。
今さら、騎士団や軍とかに未練はない。だけど、もしかしたらその中に、訓練兵時代の知人がいるかもしれない。
訓練兵だったときの俺は……少々やんちゃだったから、周囲から悪目立ちしていた。俺が無視しようとしても、向こうから茶々を入れられる可能性が、非常に高い。
……変な揉め事が起きなきゃいいけど。
俺がそんなことを考えていると、メレアさんは少し心配そうな顔をした。
「あんた、騎士団に未練とかあるんじゃない?」
「え? ああ、違いますって。あまり会いたくない知り合いがいたら、変に絡まれるかなって不安があって。今さら、騎士団とかに未練ないですってば」
俺はフライパンを竃から下げると、濡らした布の上に置いた。
メレアさんは、俺が笑顔で首を左右に振るのを見て、安心した顔をした。
「そうかい。いや、あんたも今じゃ、村の住人として馴染んでるからさ。急に居なくなると、そりゃ……寂しくなるしね」
メレアさんの笑顔を見て、俺は少し胸の奥が熱くなるのを感じていた。
俺に鹿肉の調理を任せて、メレアさんは息子さんとほかの調理をし始めた。厨房から客席を見れば、もう朝食を食べている客がいる。客の手が左右に振られるのを見て、俺は彼らの周囲を凝視した。
客の周囲に、数匹の小さな虫が飛んでいる。小蠅か蚊だとは思うけど……。
俺は意識を集中させると、真っ直ぐに伸ばした右手でデコピンをする構えをとった。必要なのは、威力の調整と正確な狙いだ。
――〈遠当て〉!
俺の意志に従ってデコピンの威力が、そのまま虫へと放たれた。その一撃で、小さな虫が床に落ちていった。その要領で残りの虫を撃ち落としてから、俺は調理を再開した。
王都を追い出される原因となった《スキル》だが、今もこうやって有効活用はさせてもらってる。
それは〈筋力増強〉も同じで、医者まで診せに行く家畜を肩に担いだり、引っ越しなんかの手伝いに大活躍だ。それらが修練になったのか、《スキル》の力も増してきた。
まあ、そんなことを考えているあいだに、鹿肉が焼き上がった。
俺は次の肉を焼くべく、切り分けられた肉をフライパンに並べていった。
もう少しで昼になるというころ、俺はメレアさんの手伝いで食事を旅籠のテーブルに並べていた。件の騎士団が村に到着するのは、正午の鐘が鳴るころだという。
俺の仕事は、料理を並べるところまでだ。
騎士団が来る前に、俺は家に帰るつもりだった。だから今、できるだけ急ぎつつ、そして、ミスをしないよう丁寧に仕事をしている。
最後の皿をテーブルに置いた俺は、メレアさんへと手を振った。
「こっち、終わりましたよ」
「ああ、ありがと。これで依頼分の仕事は終わりだね。これ、代金ね」
メレアさんは、六枚の銅貨を俺の手の平に置いた。
《手伝い屋》の料金は、その仕事時間で決まっている。大きくは午前と午後で分けていて、半日なら銅貨六枚――六コパル。一日なら十二コパルだ。
ちなみに、銅貨五十枚で銀貨一枚、一シパル。銀貨二十枚で金貨一枚、一ゴパルだ。
平均的な平民の月収は、六シパル。うち、税で一シパルは持って行かれるから、五シパル程度が生活費だ。
まいどあり――と礼を言ってから、俺は自宅へと戻った。
騎士団なんか、今となっては興味が無い。知り合いに会いたくない、というのも大きな理由だけどさ。
とにかく、家に帰って簡単に昼飯を食うと、俺は一階の窓際にあるベッドに寝転んだ。今日はもう依頼もないし、こういうときは昼寝に限る。
といっても、すぐに寝られるわけもなく。十数分くらい経って、ようやく睡魔が訪れたとき、家のドアがノックされた。
……誰だよ、まったく。
欠伸を噛み殺しながら、「はぁい、どちらさまで?」と返事をした俺は、無造作にドアを開けた。
「久しぶりだな、ランド」
「レティシア――?」
よりにもよって。
会いたくなかった旧友――いや、今となってはただの知人が、少し困った笑みを浮かべて立っていた。
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