45 / 349
第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
二章-3
しおりを挟む
3
俺が気がついたとき、背中に柔らかい草の感触がした。
周囲は薄ぼんやりと明るく、指先には岩や粘液ではなく、木の根に触れている感触がある。視界がはっきりとしてくると、寝転がった姿勢でいる俺の真上には、煌めく星空が広がっていた。
夜空に浮かんでいる三つの満月が辺りを照らし、ともすれば夜のメイオール村よりも周囲は明るくなっていた。
「姫様、大丈夫ですか?」
上半身を起こして周囲を見回すが、瑠胡だけでなく《白翼騎士団》の面々の姿もなかった。どうやら、ここにいるのは俺だけらしい。
どこなんだ、ここは。
周囲は雑草に覆われ、夜だというのに月明かりでそこそこに明るい。大体、一つしかなかった月が、三つも浮かんでいるなんて!
もう、わけがわからない。
俺が周囲を見回していると、どこかから笑い声が聞こえてきた。声のする方角には、灯りらしいものが見えていた。
どうやら、誰かいるみたいだ。
俺は雑草を掻き分けながら、灯りのある場所へと急いだ。
声がはっきりと聞こえるまで近づくと、そこは洞窟になっていた。洞窟があるのは山ではなく、高さが三マーロン(約三メートル七五センチ)ほどの段差になった高台だ。
俺が近寄ると、そこには三人の男たちが円形のテーブルに座って、酒を飲んでいるようだった。
シャプロンという大きく膨らんだ白い帽子を被った、初老の男が俺に気付いた。
毛皮のような上着に、質の良い青い絹の服を着ていることから、どこかの貴族かもしれない。
「旦那、新しい客が来ましたよ」
「ああん……?」
酔っ払った仕草で俺を振り向いた男――いや、その顔を見るに、そいつは人間ですらなかった。
青い肌で頭髪はなく、瞳は血のように赤かった。頭部には牛のような角を持ち、口からは鋭い牙が覗いていた。着ている黒に近い紺色のローブの袖から出ている青い手には、鋭利が爪が伸びていた。
俺は咄嗟に長剣を抜こうとしたが、鞘からピクリとも動かなかった。
「無駄……だ、青年。俺の神域では、どんな武器も使えねぇ」
「……誰だ、あんた」
誰何する俺に、異形の男はジョッキを置いて、両手の親指を自身に向けた。
「俺様は、アクラハイル。娯楽を司る、鬼神が一柱だ」
「……娯楽?」
巫山戯てるのか――という俺の表情に気付いたのか、アクラハイルは二本指を左右に振った。
「疑り深いやつだ。だがな……俺様の神域に来たからには、儀式をして貰う。これに例外はない」
アクラハイルが手を振ると、どこからともなく、テーブルの上に新たなジョッキが現れた。その奇跡の如き光景に目を丸くしていると、アクラハイルは、ほかの二人へと手を振った。
「それでは――はいっ! はいっ! はいはいはいっ!」
ほかの二人もアクラハイルに習って、音頭を取り始めた。
妙な盛り上がりが最高潮に達したとき、アクラハイルが両手の人差し指を俺に向けた。
「はいはいっ! ランド・コールの!」
「ちょっと、いいところを見てみたい!」
――駆けつけ三杯! 駆けつけ三杯!
手拍子をしながら、アクラハイルは俺にジョッキを差し出してきた。
いやあの……突っ込みどころが多すぎて、色々と追いついていなかった。鬼神だとか神域だとか……なんか仰々しいことを言われたけど。
目の前にいるの、ただの酔っ払いじゃないのか……?
そんな感じに俺が呆れていると、アクラハイルは目を歯を剥くような顔で詰め寄って来た。
「おめー、俺様が注いだ酒が飲めねぇってか? ああん?」
「ああん!?」
他の二人も鬼神と調子を合わせてきた。
なんかその……いるわ、メイオール村の《月麦の穂亭》に、こんな客。例えば、デモス村長とか。
俺は努めて平常を装いながら、極めて平坦な声で鬼神たちに言った。
「俺は下戸で、酒が飲めないんで。痛がることを無理矢理やらせて、自分たちだけが楽しむってのが、そっちの娯楽ってことでいいのか?」
アクラハイルは一瞬、呆気にとられた顔をした。
ほかの二人が少し緊張した面持ちで見守る中、いきなり破顔したと思ったら、自分のおでこをペチンッと叩いた。
「いやあ、ちょっと酔いすぎだな。確かに、嫌がる相手に無理強いをするなんざ、俺の流儀じゃねぇや。ただ、それだと儀式がな……よし、わかった。おい、なにか芸をしろ!」
「……は?」
「……は? じゃねぇだろ。おまえにだって、誰かを喜ばせるような芸の一つや千個は持ってるだろ。それを、俺たちに見せろ」
「いや、そんなこと言われても……」
誰かを喜ばせるって、言ったって……悩む俺の脳裏に、ふと瑠胡の顔が浮かんだ。
いや、まったく……なんでこんなときにとは、自分でも思う。ここまでになるってくると、かなりの重傷かもしれない。
俺は小さく溜息をつくと、アクラハイルに尋ねた。
「ここ、厨房はないのか?」
「厨房……それなら、奥に行って右手だ。好きなモノを使っていいぞ」
それは、有り難い。
言われたとおりの場所へ行くと、様々な食べものが吊され、または置かれた厨房があった。食材はどれも新鮮で、今採れた――または肉なども解体して、切り分けたばかりといったものばかりだ。
俺は二、三〇分ほどかけて、一品作ってみせた。茹でたジャガイモに牛酪(バター)をかけて焼いた、酒のつまみだけど。
皿に載せたジャガイモの牛酪焼きをテーブルに置くと、鬼神と二人の男たちは、指で摘まんで口に運んだ。
「ほお……なかなかいける」
「ほむ……旨い」
アクラハイルたちは微笑みながら、牛酪焼きを食べていく。
酒を飲みながら、すべてを平らげたあと、アクラハイルは俺に片眉を上げてきた。
「一つ訊きたい。どうして、料理をしようと思った?」
「いや、大した理由は……ないけどさ。まあ、なんだ。俺の作ってる飯を、喜んでくれる 女性がいるんで。さっき芸をしろって言われたときに、その女性の顔が思い浮かんだから……」
「ほお、おまえの女か?」
こんな質問、普段なら答えない。だけど、アクラハイルの目を見て、声を聞いているうちに、自然と返答が口を出ていた。
「いや、そういうわけじゃ……ただ、俺にとっては、一番大事な女性かもしれないけど」
「ほほぉ。なるほどねぇ」
アクラハイルは男たちと、見るからにスケベったらしい目を向けてきていた。しかし、すぐに真顔になると、俺の両肩を掴んできた。
「おまえ、素質があるな。俺の神官にならんか?」
「……は? いや、一介の村人に、なにをやらせようっていうんだよ。それより、ここから帰りたいんだけど、どうやって帰ればいいのか、教えてくれないか?」
「なんだ? おまえ、どうやってここに来たんだ?」
アクラハイルに問われて、俺はここに来るまでの経緯を話し始めた。
行方不明になったジョンさんのこと、巨大なワームみたいな化け物に追われたこと――それらを話すと、シャプロンを被った男が、唸りながら鬼神に問いかけた。
「メイオール村のジョンって、あのジョンですかね?」
「そうだろうな、ハイン父ちゃん」
「おいおい、その呼び名は勘弁しておくれよ」
お気楽に、あっはっは――と笑うアクラハイルと男たちに、俺は顔色を変えていた。
それはそうだろう。行方が追えなくなっていたジョンさんの手掛かりを、鬼神たちが知ってるかもしれないんだ。
鬼神と男たちを見回しながら、俺は大きく息を吐いた。
「ジョンさんを知ってるのか?」
「恐らくな。あと、その巨大ワームっていうのも、知ってるかもしれねえ」
「本当か? 教えてくれ――あ、いや、教えてくれると助かります」
慌てて言い直した俺に、アクラハイルは不遜な表情で、手の中にカードを出現させた。
「俺は娯楽の鬼神だ。頼み事をするなら、俺とカードで勝ってからだな。札抜きでどうだ?」
「……わかった」
俺が頷くと、アクラハイルはにやっと笑った。
「それでは、おまえが勝ったら、俺は情報を渡す。俺様が勝ったら、これだ」
アクラハイルは俺の右腕を突いてから、指を一本立てた。
これは……腕か、指を寄越せってことか? 鬼神との取り引きとなれば、リスクも覚悟しなければならない、ということか。
しかし、これでジョンさんや巨大ワームの情報が手には入るとなれば、断る手はないだろう。
俺が頷くと、アクラハイルはカードを配り始めた。
勝負は――俺の負けだった。
「それじゃあ、約束だ。おい、目隠しをしてやれ」
「はいよ」
黒いターバンを巻いた男が、黒い布で俺の目を塞いだ。もう一人が、俺の右手を掴んできた。これはもしかしたら……腕か。
命じゃないだけマシ、と考えるべき……なんだろうか。
緊張から呼吸が速くなる。そのときを待つ――その時間が、永遠のように感じられた。
「……いくぞ」
アクラハイルの声に、俺の心臓が跳ね上がった。
その直後、打擲の音が響き渡った。
「いってぇっ!!」
目と腕が解放されると同時に、俺は自分の右腕を見た――まだ、無事だった。
俺が上げると、アクラハイルは二本の指を振って見せた。
「そんなに怯えるなって。ただの、しっぺだ」
「……は? なんだ、そりゃ」
「あのなあ……こっちはただの情報を話すだけだぜ? それも、教えたところで、なんの損もないネタだ。それに対して腕や指とか、リスクがでかすぎだろ。いいか、よく聞け。娯楽っていうのは、次がなきゃいけねぇのよ。同じ面子で、まだ遊んでこそ、娯楽の楽しさがあるんだ。
命や財産、身体の一部もそうだが、そんなの賭けるなんざ、俺は娯楽とは認めねぇ。それはただの自分勝手か、どこか狂ったヤツだ」
まだすべての現状を理解できていない俺に、アクラハイルはもう一度カードを見せてきた。
「というわけだ。まだ勝負はするかい?」
にやっと笑う鬼神に、俺は無言で頷いた。
こうなったら、徹底的にやってやろーじゃないか。テーブルに座り直すと、俺は配られるカードに手を伸ばした。
俺が気がついたとき、背中に柔らかい草の感触がした。
周囲は薄ぼんやりと明るく、指先には岩や粘液ではなく、木の根に触れている感触がある。視界がはっきりとしてくると、寝転がった姿勢でいる俺の真上には、煌めく星空が広がっていた。
夜空に浮かんでいる三つの満月が辺りを照らし、ともすれば夜のメイオール村よりも周囲は明るくなっていた。
「姫様、大丈夫ですか?」
上半身を起こして周囲を見回すが、瑠胡だけでなく《白翼騎士団》の面々の姿もなかった。どうやら、ここにいるのは俺だけらしい。
どこなんだ、ここは。
周囲は雑草に覆われ、夜だというのに月明かりでそこそこに明るい。大体、一つしかなかった月が、三つも浮かんでいるなんて!
もう、わけがわからない。
俺が周囲を見回していると、どこかから笑い声が聞こえてきた。声のする方角には、灯りらしいものが見えていた。
どうやら、誰かいるみたいだ。
俺は雑草を掻き分けながら、灯りのある場所へと急いだ。
声がはっきりと聞こえるまで近づくと、そこは洞窟になっていた。洞窟があるのは山ではなく、高さが三マーロン(約三メートル七五センチ)ほどの段差になった高台だ。
俺が近寄ると、そこには三人の男たちが円形のテーブルに座って、酒を飲んでいるようだった。
シャプロンという大きく膨らんだ白い帽子を被った、初老の男が俺に気付いた。
毛皮のような上着に、質の良い青い絹の服を着ていることから、どこかの貴族かもしれない。
「旦那、新しい客が来ましたよ」
「ああん……?」
酔っ払った仕草で俺を振り向いた男――いや、その顔を見るに、そいつは人間ですらなかった。
青い肌で頭髪はなく、瞳は血のように赤かった。頭部には牛のような角を持ち、口からは鋭い牙が覗いていた。着ている黒に近い紺色のローブの袖から出ている青い手には、鋭利が爪が伸びていた。
俺は咄嗟に長剣を抜こうとしたが、鞘からピクリとも動かなかった。
「無駄……だ、青年。俺の神域では、どんな武器も使えねぇ」
「……誰だ、あんた」
誰何する俺に、異形の男はジョッキを置いて、両手の親指を自身に向けた。
「俺様は、アクラハイル。娯楽を司る、鬼神が一柱だ」
「……娯楽?」
巫山戯てるのか――という俺の表情に気付いたのか、アクラハイルは二本指を左右に振った。
「疑り深いやつだ。だがな……俺様の神域に来たからには、儀式をして貰う。これに例外はない」
アクラハイルが手を振ると、どこからともなく、テーブルの上に新たなジョッキが現れた。その奇跡の如き光景に目を丸くしていると、アクラハイルは、ほかの二人へと手を振った。
「それでは――はいっ! はいっ! はいはいはいっ!」
ほかの二人もアクラハイルに習って、音頭を取り始めた。
妙な盛り上がりが最高潮に達したとき、アクラハイルが両手の人差し指を俺に向けた。
「はいはいっ! ランド・コールの!」
「ちょっと、いいところを見てみたい!」
――駆けつけ三杯! 駆けつけ三杯!
手拍子をしながら、アクラハイルは俺にジョッキを差し出してきた。
いやあの……突っ込みどころが多すぎて、色々と追いついていなかった。鬼神だとか神域だとか……なんか仰々しいことを言われたけど。
目の前にいるの、ただの酔っ払いじゃないのか……?
そんな感じに俺が呆れていると、アクラハイルは目を歯を剥くような顔で詰め寄って来た。
「おめー、俺様が注いだ酒が飲めねぇってか? ああん?」
「ああん!?」
他の二人も鬼神と調子を合わせてきた。
なんかその……いるわ、メイオール村の《月麦の穂亭》に、こんな客。例えば、デモス村長とか。
俺は努めて平常を装いながら、極めて平坦な声で鬼神たちに言った。
「俺は下戸で、酒が飲めないんで。痛がることを無理矢理やらせて、自分たちだけが楽しむってのが、そっちの娯楽ってことでいいのか?」
アクラハイルは一瞬、呆気にとられた顔をした。
ほかの二人が少し緊張した面持ちで見守る中、いきなり破顔したと思ったら、自分のおでこをペチンッと叩いた。
「いやあ、ちょっと酔いすぎだな。確かに、嫌がる相手に無理強いをするなんざ、俺の流儀じゃねぇや。ただ、それだと儀式がな……よし、わかった。おい、なにか芸をしろ!」
「……は?」
「……は? じゃねぇだろ。おまえにだって、誰かを喜ばせるような芸の一つや千個は持ってるだろ。それを、俺たちに見せろ」
「いや、そんなこと言われても……」
誰かを喜ばせるって、言ったって……悩む俺の脳裏に、ふと瑠胡の顔が浮かんだ。
いや、まったく……なんでこんなときにとは、自分でも思う。ここまでになるってくると、かなりの重傷かもしれない。
俺は小さく溜息をつくと、アクラハイルに尋ねた。
「ここ、厨房はないのか?」
「厨房……それなら、奥に行って右手だ。好きなモノを使っていいぞ」
それは、有り難い。
言われたとおりの場所へ行くと、様々な食べものが吊され、または置かれた厨房があった。食材はどれも新鮮で、今採れた――または肉なども解体して、切り分けたばかりといったものばかりだ。
俺は二、三〇分ほどかけて、一品作ってみせた。茹でたジャガイモに牛酪(バター)をかけて焼いた、酒のつまみだけど。
皿に載せたジャガイモの牛酪焼きをテーブルに置くと、鬼神と二人の男たちは、指で摘まんで口に運んだ。
「ほお……なかなかいける」
「ほむ……旨い」
アクラハイルたちは微笑みながら、牛酪焼きを食べていく。
酒を飲みながら、すべてを平らげたあと、アクラハイルは俺に片眉を上げてきた。
「一つ訊きたい。どうして、料理をしようと思った?」
「いや、大した理由は……ないけどさ。まあ、なんだ。俺の作ってる飯を、喜んでくれる 女性がいるんで。さっき芸をしろって言われたときに、その女性の顔が思い浮かんだから……」
「ほお、おまえの女か?」
こんな質問、普段なら答えない。だけど、アクラハイルの目を見て、声を聞いているうちに、自然と返答が口を出ていた。
「いや、そういうわけじゃ……ただ、俺にとっては、一番大事な女性かもしれないけど」
「ほほぉ。なるほどねぇ」
アクラハイルは男たちと、見るからにスケベったらしい目を向けてきていた。しかし、すぐに真顔になると、俺の両肩を掴んできた。
「おまえ、素質があるな。俺の神官にならんか?」
「……は? いや、一介の村人に、なにをやらせようっていうんだよ。それより、ここから帰りたいんだけど、どうやって帰ればいいのか、教えてくれないか?」
「なんだ? おまえ、どうやってここに来たんだ?」
アクラハイルに問われて、俺はここに来るまでの経緯を話し始めた。
行方不明になったジョンさんのこと、巨大なワームみたいな化け物に追われたこと――それらを話すと、シャプロンを被った男が、唸りながら鬼神に問いかけた。
「メイオール村のジョンって、あのジョンですかね?」
「そうだろうな、ハイン父ちゃん」
「おいおい、その呼び名は勘弁しておくれよ」
お気楽に、あっはっは――と笑うアクラハイルと男たちに、俺は顔色を変えていた。
それはそうだろう。行方が追えなくなっていたジョンさんの手掛かりを、鬼神たちが知ってるかもしれないんだ。
鬼神と男たちを見回しながら、俺は大きく息を吐いた。
「ジョンさんを知ってるのか?」
「恐らくな。あと、その巨大ワームっていうのも、知ってるかもしれねえ」
「本当か? 教えてくれ――あ、いや、教えてくれると助かります」
慌てて言い直した俺に、アクラハイルは不遜な表情で、手の中にカードを出現させた。
「俺は娯楽の鬼神だ。頼み事をするなら、俺とカードで勝ってからだな。札抜きでどうだ?」
「……わかった」
俺が頷くと、アクラハイルはにやっと笑った。
「それでは、おまえが勝ったら、俺は情報を渡す。俺様が勝ったら、これだ」
アクラハイルは俺の右腕を突いてから、指を一本立てた。
これは……腕か、指を寄越せってことか? 鬼神との取り引きとなれば、リスクも覚悟しなければならない、ということか。
しかし、これでジョンさんや巨大ワームの情報が手には入るとなれば、断る手はないだろう。
俺が頷くと、アクラハイルはカードを配り始めた。
勝負は――俺の負けだった。
「それじゃあ、約束だ。おい、目隠しをしてやれ」
「はいよ」
黒いターバンを巻いた男が、黒い布で俺の目を塞いだ。もう一人が、俺の右手を掴んできた。これはもしかしたら……腕か。
命じゃないだけマシ、と考えるべき……なんだろうか。
緊張から呼吸が速くなる。そのときを待つ――その時間が、永遠のように感じられた。
「……いくぞ」
アクラハイルの声に、俺の心臓が跳ね上がった。
その直後、打擲の音が響き渡った。
「いってぇっ!!」
目と腕が解放されると同時に、俺は自分の右腕を見た――まだ、無事だった。
俺が上げると、アクラハイルは二本の指を振って見せた。
「そんなに怯えるなって。ただの、しっぺだ」
「……は? なんだ、そりゃ」
「あのなあ……こっちはただの情報を話すだけだぜ? それも、教えたところで、なんの損もないネタだ。それに対して腕や指とか、リスクがでかすぎだろ。いいか、よく聞け。娯楽っていうのは、次がなきゃいけねぇのよ。同じ面子で、まだ遊んでこそ、娯楽の楽しさがあるんだ。
命や財産、身体の一部もそうだが、そんなの賭けるなんざ、俺は娯楽とは認めねぇ。それはただの自分勝手か、どこか狂ったヤツだ」
まだすべての現状を理解できていない俺に、アクラハイルはもう一度カードを見せてきた。
「というわけだ。まだ勝負はするかい?」
にやっと笑う鬼神に、俺は無言で頷いた。
こうなったら、徹底的にやってやろーじゃないか。テーブルに座り直すと、俺は配られるカードに手を伸ばした。
37
あなたにおすすめの小説
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
無職が最強の万能職でした!?〜俺のスローライフはどこ行った!?〜
あーもんど
ファンタジー
不幸体質持ちの若林音羽はある日の帰り道、自他共に認める陽キャのクラスメイト 朝日翔陽の異世界召喚に巻き込まれた。目を開ければ、そこは歩道ではなく建物の中。それもかなり豪華な内装をした空間だ。音羽がこの場で真っ先に抱いた感想は『テンプレだな』と言う、この一言だけ。異世界ファンタジーものの小説を読み漁っていた音羽にとって、異世界召喚先が煌びやかな王宮内────もっと言うと謁見の間であることはテンプレの一つだった。
その後、王様の命令ですぐにステータスを確認した音羽と朝日。勇者はもちろん朝日だ。何故なら、あの魔法陣は朝日を呼ぶために作られたものだから。言うならば音羽はおまけだ。音羽は朝日が勇者であることに大して驚きもせず、自分のステータスを確認する。『もしかしたら、想像を絶するようなステータスが現れるかもしれない』と淡い期待を胸に抱きながら····。そんな音羽の淡い期待を打ち砕くのにそう時間は掛からなかった。表示されたステータスに示された職業はまさかの“無職”。これでは勇者のサポーター要員にもなれない。装備品やら王家の家紋が入ったブローチやらを渡されて見事王城から厄介払いされた音羽は絶望に打ちひしがれていた。だって、無職ではチートスキルでもない限り異世界生活を謳歌することは出来ないのだから····。無職は『何も出来ない』『何にもなれない』雑魚職業だと決めつけていた音羽だったが、あることをきっかけに無職が最強の万能職だと判明して!?
チートスキルと最強の万能職を用いて、音羽は今日も今日とて異世界無双!
※カクヨム、小説家になろう様でも掲載中
無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。
さくら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。
だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。
行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。
――だが、誰も知らなかった。
ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。
襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。
「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。
俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。
無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!?
のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる