屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか

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第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』

四章-2

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   2

 巨大ワーム〈マーガレット〉は、俺と瑠胡が乗る馬車を見るなり、真っ直ぐに迫って来た。こちらにすべての目を向け、口から出ている触手を盛んに、瑠胡へと伸ばそうとしている。
 俺と瑠胡がレティシアたちと考えた作戦は、こうだ。
 俺たちが囮として〈マーガレット〉を引きつけ、ユーキたちが待ち構えている場所へと誘い込む。できることなら、攻撃用の魔術で〈マーガレット〉の体力をかなり減らしておくつもりだ。
 そこでユーキの《スキル》によって、〈マーガレット〉を窪みの中へと落とす。その後に俺や瑠胡の魔術を軸に、レティシアやセラの《スキル》などで攻撃を加える。
 最後は攻撃の激痛で口が開いたところに、黄色いキノコを〈マーガレット〉の口へと放り込む、という流れだ。
 馬車は幌の後部を開けて、瑠胡の姿を外から見えるようにしている。その後部から〈マーガレット〉を見ていると、正直に言って不気味さからの嫌悪感が凄まじい。
 馬車の速度を調整しているからか、〈マーガレット〉の姿が徐々に大きく見てきた。触手の一本一本まで視認できるまでになると、瑠胡が身体の向きを変えた。


「ランド、そろそろかの。グゴル、ガル、ギャゴウガル、グルガルゴ――」


 瑠胡が合わせるように、俺も同じ〈爆炎〉の呪文を唱え始めた。
 魔術が完成し、二人同時に〈爆炎〉の呪文を放った。頭部の真下で起きた爆発によって、〈マーガレット〉の身体が僅かに浮き上がった。
 透明な表皮が飛び散り、ある程度の大怪我を負わせることが出来たはず――と思ったが、〈マーガレット〉は速度を維持したまま、俺たちを追い続けた。


「くそ……タフすぎるだろ」


「そりゃなあ。あれでも神域の生物だからよ。あれくらいの魔術じゃ、動きは止められねぇってもんだ。カードと一緒で、最後の切り札は準備しておけよ」


 突然に背後から、聞き覚えのある男の声がしてきた。俺が振り返ると、娯楽の鬼神だというアクラハイルが、笑みを浮かべながら小さく手を挙げた。


「よぉ。苦労してるみてぇじゃないか」


「な――なぜ、ここにいるんだ?」


 思わず素で訊いてしまったが、アクラハイルは、にやっとした笑みを広げた。


「ついさっき別れたばかりだってのに、冷たい男だね」


「いや、さっきって……ああ、そうか。時の流れが違うからか。っていうか、無駄話をしてる場合じゃないんだよ、こっちは」


「無駄じゃねぇさ。ちょいと手助けをしてやるために、わざわざ来てやったんだ」


 ポンと俺の肩に手を置くアクラハイルに、瑠胡がいつになく真剣な顔を向けた。


「鬼神は、現世の事象への直接介入は御法度であろうに」


「なんでそんな――あ、あんた……いや、あなたは天竜族の姫君ではないですか」


 驚くアクラハイルだったが、すぐに表情を改め、瑠胡に一礼をした。
 ダグリヌスのときも似たような対応をされていたが、天竜族というのは鬼神への影響力がある――のか?鬼神よりドラゴンのほうが上位の存在というのは、かなり意外な展開だ。
 瑠胡が外の〈マーガレット〉を気にしながら、小さく手を挙げた。


「頭を上げよ。して、神々の約定を破ってまで、なにをしようというのか」


「いえ。約定を破るわけでは御座いません。そこのワームを止めるため、ランドに我が力を分け与えようと考えております。ここの状況は、我が神器にて把握しておりました。かの魔物は神域のもの。なれば、責任の一端は鬼神にも御座います故。我らはランドに手を貸すことを決めた次第です」


 そう言いながら、アクラハイルは水晶を取り出した。その角張った水晶は、神域でジョンさんの一抹を映し出した品だ。
 俺の視線に気付いたアクラハイルは、水晶を振って見せた。


「直接会ったことのある者でなければならぬが、これは使用者が望む者の過去と現在を映し出すことができる。これで、ちょいとおまえさんのことを見させてもらった」


「いやまあ……そのくらいはいいけど。それで、なにをどうしてくれるって? それに責任って言うなら、ダグリヌスが一番手だと思うけどな」


「おう。だからほれ、俺の後ろにいるぞ?」


 アクラハイルの言うとおり、荷台の一番奥に、白い影が蹲っていた。


「なんで? なんで、こんなところに――ここは、なんなの?」


 相変わらず思考が混乱している、混乱を司る鬼神、ダグリヌスだ。
 アクラハイルは黒に近い紺色のローブから、先端に赤いルビーの飾りがついた、ワンドを取り出した。
 ワンドのルビーとは逆側を自分に押し当てると、空中に〈幻影〉という虹色の文字が浮かんだ。


「これが俺の――おまえさんら風に言えば、《スキル》だ。これを分けたいが、一つだけ条件がある」


「条件?」


「ああ。おまえの〈ドレインスキル〉が、どのくらいの力を持っているか――だな」


 そう言いながら、アクラハイルはワンドの先端を俺に押し当てた。
 空中には〈遠当て〉や〈計算能力〉という、奪ったスキルが緑や青の文字で浮かび上がった。奪った覚えのない、〈スキル融合化〉と〈魔力回復・強〉というスキルも緑と赤の文字で浮かんでいた。

 ……なんで、こんな《スキル》を持ってるんだ、俺。

 そんな中、俺が最初から持っていた〈ドレインスキル〉は、アクラアイルの《スキル》同様、虹色の文字で浮かんでいた。


「ほおっ! こいつは嬉しい誤算だ。これだけの力があれば、俺の〈幻影〉も奪えるぞ」


「力を分けるって、そういうことか」


「その通り。俺の〈幻影〉、そしてダグリヌスの〈断裁の風〉をくれてやる。それを使って、あのワームを止めろ」


 アクラハイルは自慢げに言うけど……俺はダグリヌスを見ながら、肩を竦めた。


「ダグリヌスが出て行って、〈マーガレット〉を止めたほうが早いんじゃないか?」


「残念だが、それはできん。さっきも言ったが、鬼神はこちらの世界で起きた問題へ、直接の介入はできねぇんだよ。だから、こういう手段に出た訳だ」


「なるほどね」


 俺は左手からトゲを出すと、差し出されたアクラハイルの左手に軽く突き刺した。
 頭の中に浮かんでくるアクラハイルの《スキル》や技能から、俺は虹色に輝く〈幻影〉を、自分側で薄い緑色になるまで奪った。


「なんだ。その程度でいいのか? 若いんだから、もうちょっと欲張れよ」


「欲張ると碌なことがねぇからさ。この程度で丁度いいんだよ。でもさ、なんで俺なんだ? 別に手を貸すのは姫様でもいいだろ」


「ま、そこは打算だな。おまえさんに、俺様と組むのは利がある――そう思わせれば、神官になってくれるじゃねぇかってな」


 したり顔のアクラハイルに、俺は冷ややかな視線を送った。


「まだ、諦めてなかったのか」


「もちろん! おまえの性分は、俺の神官に向いてるって。俺たちで楽しくやってこうぜ?」


「いやだから、そういうのは興味ねーから」


 俺が溜息を吐いたとき、瑠胡の呟きが聞こえてきた。


「共にいて利がある――」


 どうしたんだろうと思った矢先、御者台から悲鳴に近いフレッドの声が聞こえてきた。


「あのっ!! 化け物がかなり近づいて来てるんですけど!? なにかやるなら、早くしてくださぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」
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