60 / 349
第二部『帰らずの森と鬼神の迷い子』
四章-2
しおりを挟む2
巨大ワーム〈マーガレット〉は、俺と瑠胡が乗る馬車を見るなり、真っ直ぐに迫って来た。こちらにすべての目を向け、口から出ている触手を盛んに、瑠胡へと伸ばそうとしている。
俺と瑠胡がレティシアたちと考えた作戦は、こうだ。
俺たちが囮として〈マーガレット〉を引きつけ、ユーキたちが待ち構えている場所へと誘い込む。できることなら、攻撃用の魔術で〈マーガレット〉の体力をかなり減らしておくつもりだ。
そこでユーキの《スキル》によって、〈マーガレット〉を窪みの中へと落とす。その後に俺や瑠胡の魔術を軸に、レティシアやセラの《スキル》などで攻撃を加える。
最後は攻撃の激痛で口が開いたところに、黄色いキノコを〈マーガレット〉の口へと放り込む、という流れだ。
馬車は幌の後部を開けて、瑠胡の姿を外から見えるようにしている。その後部から〈マーガレット〉を見ていると、正直に言って不気味さからの嫌悪感が凄まじい。
馬車の速度を調整しているからか、〈マーガレット〉の姿が徐々に大きく見てきた。触手の一本一本まで視認できるまでになると、瑠胡が身体の向きを変えた。
「ランド、そろそろかの。グゴル、ガル、ギャゴウガル、グルガルゴ――」
瑠胡が合わせるように、俺も同じ〈爆炎〉の呪文を唱え始めた。
魔術が完成し、二人同時に〈爆炎〉の呪文を放った。頭部の真下で起きた爆発によって、〈マーガレット〉の身体が僅かに浮き上がった。
透明な表皮が飛び散り、ある程度の大怪我を負わせることが出来たはず――と思ったが、〈マーガレット〉は速度を維持したまま、俺たちを追い続けた。
「くそ……タフすぎるだろ」
「そりゃなあ。あれでも神域の生物だからよ。あれくらいの魔術じゃ、動きは止められねぇってもんだ。カードと一緒で、最後の切り札は準備しておけよ」
突然に背後から、聞き覚えのある男の声がしてきた。俺が振り返ると、娯楽の鬼神だというアクラハイルが、笑みを浮かべながら小さく手を挙げた。
「よぉ。苦労してるみてぇじゃないか」
「な――なぜ、ここにいるんだ?」
思わず素で訊いてしまったが、アクラハイルは、にやっとした笑みを広げた。
「ついさっき別れたばかりだってのに、冷たい男だね」
「いや、さっきって……ああ、そうか。時の流れが違うからか。っていうか、無駄話をしてる場合じゃないんだよ、こっちは」
「無駄じゃねぇさ。ちょいと手助けをしてやるために、わざわざ来てやったんだ」
ポンと俺の肩に手を置くアクラハイルに、瑠胡がいつになく真剣な顔を向けた。
「鬼神は、現世の事象への直接介入は御法度であろうに」
「なんでそんな――あ、あんた……いや、あなたは天竜族の姫君ではないですか」
驚くアクラハイルだったが、すぐに表情を改め、瑠胡に一礼をした。
ダグリヌスのときも似たような対応をされていたが、天竜族というのは鬼神への影響力がある――のか?鬼神よりドラゴンのほうが上位の存在というのは、かなり意外な展開だ。
瑠胡が外の〈マーガレット〉を気にしながら、小さく手を挙げた。
「頭を上げよ。して、神々の約定を破ってまで、なにをしようというのか」
「いえ。約定を破るわけでは御座いません。そこのワームを止めるため、ランドに我が力を分け与えようと考えております。ここの状況は、我が神器にて把握しておりました。かの魔物は神域のもの。なれば、責任の一端は鬼神にも御座います故。我らはランドに手を貸すことを決めた次第です」
そう言いながら、アクラハイルは水晶を取り出した。その角張った水晶は、神域でジョンさんの一抹を映し出した品だ。
俺の視線に気付いたアクラハイルは、水晶を振って見せた。
「直接会ったことのある者でなければならぬが、これは使用者が望む者の過去と現在を映し出すことができる。これで、ちょいとおまえさんのことを見させてもらった」
「いやまあ……そのくらいはいいけど。それで、なにをどうしてくれるって? それに責任って言うなら、ダグリヌスが一番手だと思うけどな」
「おう。だからほれ、俺の後ろにいるぞ?」
アクラハイルの言うとおり、荷台の一番奥に、白い影が蹲っていた。
「なんで? なんで、こんなところに――ここは、なんなの?」
相変わらず思考が混乱している、混乱を司る鬼神、ダグリヌスだ。
アクラハイルは黒に近い紺色のローブから、先端に赤いルビーの飾りがついた、ワンドを取り出した。
ワンドのルビーとは逆側を自分に押し当てると、空中に〈幻影〉という虹色の文字が浮かんだ。
「これが俺の――おまえさんら風に言えば、《スキル》だ。これを分けたいが、一つだけ条件がある」
「条件?」
「ああ。おまえの〈ドレインスキル〉が、どのくらいの力を持っているか――だな」
そう言いながら、アクラハイルはワンドの先端を俺に押し当てた。
空中には〈遠当て〉や〈計算能力〉という、奪ったスキルが緑や青の文字で浮かび上がった。奪った覚えのない、〈スキル融合化〉と〈魔力回復・強〉というスキルも緑と赤の文字で浮かんでいた。
……なんで、こんな《スキル》を持ってるんだ、俺。
そんな中、俺が最初から持っていた〈ドレインスキル〉は、アクラアイルの《スキル》同様、虹色の文字で浮かんでいた。
「ほおっ! こいつは嬉しい誤算だ。これだけの力があれば、俺の〈幻影〉も奪えるぞ」
「力を分けるって、そういうことか」
「その通り。俺の〈幻影〉、そしてダグリヌスの〈断裁の風〉をくれてやる。それを使って、あのワームを止めろ」
アクラハイルは自慢げに言うけど……俺はダグリヌスを見ながら、肩を竦めた。
「ダグリヌスが出て行って、〈マーガレット〉を止めたほうが早いんじゃないか?」
「残念だが、それはできん。さっきも言ったが、鬼神はこちらの世界で起きた問題へ、直接の介入はできねぇんだよ。だから、こういう手段に出た訳だ」
「なるほどね」
俺は左手からトゲを出すと、差し出されたアクラハイルの左手に軽く突き刺した。
頭の中に浮かんでくるアクラハイルの《スキル》や技能から、俺は虹色に輝く〈幻影〉を、自分側で薄い緑色になるまで奪った。
「なんだ。その程度でいいのか? 若いんだから、もうちょっと欲張れよ」
「欲張ると碌なことがねぇからさ。この程度で丁度いいんだよ。でもさ、なんで俺なんだ? 別に手を貸すのは姫様でもいいだろ」
「ま、そこは打算だな。おまえさんに、俺様と組むのは利がある――そう思わせれば、神官になってくれるじゃねぇかってな」
したり顔のアクラハイルに、俺は冷ややかな視線を送った。
「まだ、諦めてなかったのか」
「もちろん! おまえの性分は、俺の神官に向いてるって。俺たちで楽しくやってこうぜ?」
「いやだから、そういうのは興味ねーから」
俺が溜息を吐いたとき、瑠胡の呟きが聞こえてきた。
「共にいて利がある――」
どうしたんだろうと思った矢先、御者台から悲鳴に近いフレッドの声が聞こえてきた。
「あのっ!! 化け物がかなり近づいて来てるんですけど!? なにかやるなら、早くしてくださぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」
20
あなたにおすすめの小説
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~
志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」
この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。
父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。
ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。
今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。
その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
無職が最強の万能職でした!?〜俺のスローライフはどこ行った!?〜
あーもんど
ファンタジー
不幸体質持ちの若林音羽はある日の帰り道、自他共に認める陽キャのクラスメイト 朝日翔陽の異世界召喚に巻き込まれた。目を開ければ、そこは歩道ではなく建物の中。それもかなり豪華な内装をした空間だ。音羽がこの場で真っ先に抱いた感想は『テンプレだな』と言う、この一言だけ。異世界ファンタジーものの小説を読み漁っていた音羽にとって、異世界召喚先が煌びやかな王宮内────もっと言うと謁見の間であることはテンプレの一つだった。
その後、王様の命令ですぐにステータスを確認した音羽と朝日。勇者はもちろん朝日だ。何故なら、あの魔法陣は朝日を呼ぶために作られたものだから。言うならば音羽はおまけだ。音羽は朝日が勇者であることに大して驚きもせず、自分のステータスを確認する。『もしかしたら、想像を絶するようなステータスが現れるかもしれない』と淡い期待を胸に抱きながら····。そんな音羽の淡い期待を打ち砕くのにそう時間は掛からなかった。表示されたステータスに示された職業はまさかの“無職”。これでは勇者のサポーター要員にもなれない。装備品やら王家の家紋が入ったブローチやらを渡されて見事王城から厄介払いされた音羽は絶望に打ちひしがれていた。だって、無職ではチートスキルでもない限り異世界生活を謳歌することは出来ないのだから····。無職は『何も出来ない』『何にもなれない』雑魚職業だと決めつけていた音羽だったが、あることをきっかけに無職が最強の万能職だと判明して!?
チートスキルと最強の万能職を用いて、音羽は今日も今日とて異世界無双!
※カクヨム、小説家になろう様でも掲載中
無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。
さくら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。
だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。
行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。
――だが、誰も知らなかった。
ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。
襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。
「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。
俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。
無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!?
のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!
フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる