屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか

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第四部『二人の帰郷、故郷の苦境』

三章-1

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 三章 それぞれの身勝手


 1

 王都タイミョンを出てから、十日目。
 瑠胡もすっかり隊商の旅に馴染んだようで、荷台に座っていても辛そうな仕草をすることが減っていた。とはいえ長時間、板張りの上に座っていると身体の節々が痛くなるらしい。
 それが理由らしいけど……瑠胡は今、俺の膝の上に腰を下ろしている。これで少しは、楽になってくれるといいけど。
 狼と遭遇した以外、隊商は平穏な旅路を続けていた。荷台で休憩をしていた俺は、もうすぐで昼飯か――などと考えていた。
 そんなとき、御者台にいたミィヤスが荷台へと顔を覗かせた。


「みなさん、メイオール村が見えてきましたよ!」


「あら、思っていたより早かったわね」


 俺たちと一緒に荷台にいたキャットが、荷台から御者台へと上半身を出した。
 ミィヤスは少し頬を染めながら、御者台の左側を空けた。


「そうですか? 予定通りのはずですよ」


「そうなの? お昼は過ぎると思ってたんだけどねぇ」


 キャットはミィヤスが空けた御者台の左側に座ると、遠くに見えるメイオール村へと目を向けた。
 ルビントウ村での一件が終わったあと、キャットとミィヤスはかなり仲良くなったようだ。
 切っ掛けはミィヤスに、キャットが礼を言ったことだろう。
 ギネルスに脅されて王都で再会を約束したことで、塞ぎ込んできたキャットの異変に、最初に気付いたのはミィヤスだ。
 簡単に礼を述べたあと、キャットは少々呆れ気味に、こう言った。


「それにしても、よく気付いたわね。大した付き合いもなかったのに」


 このキャットの問いに、ミィヤスはややたじろいだようだった。かなりのあいだ悩んでいるかのような呻き声をあげたあと、かなり小声で言ったのだった。


「その……最初に見たときから、綺麗な人だな……と思ってました。それでその、目で追ったときもありまして、その……」


 ここでミィヤスの言葉が切れたのは、きっと顔を真っ赤にして照れてしまったのかもしれない。
 代わりに聞こえてきたのは、キャットの溜息だ。


「そりゃどうも……お世辞として受け取っておくわ。大体、そういう褒め言葉はレティシアとかクロースとか……ユーキとか? セラもキツイ顔つきだけど美人の類いだだし……そっちへ送るべきじゃない?」


「そんな――お世辞だなんて……その、あなたは綺麗です。たしかに、他の騎士様たちもお綺麗ですが、でも……僕は――、いえ、わたしは、あなたが一番、綺麗だと……その、思ってます」


「なに? 口説いてるの?」


「そんな――騎士様を口説くだなんて、そんな大それたこと――」


 口籠もるミィヤスは、小声で何ごとかを呟いてから、意を決したように気合いを入れた。


「あの! その……わたしなんかにジッと見られて、気を悪くしたのなら謝ります。それでその……お詫びといってはなんですが。その、メイオール村に戻ったら、酒場での食事を奢らせて下さい。お暇なときで、その、構いませんから」


「暇って言ってもねぇ。騎士団にいる以上は、常時職務中みたいなものだし。一人だけ抜け出して酒場に行く訳にはいかないのよね」


「そう……ですよね」


 かなり気落ちしたミィヤスの声が途切れたあと、キャットは軽い溜息を吐いたようだ。
 先ほどよりも幾分か柔らかい声で、ミィヤスに告げた。


「まあ、でも。この護衛任務が終わって村に戻ったら、次の日は休暇なのよね。そのときで良かったら――」


「是非! あ、いえ……その、はい。そのときで、構いません」


 数秒前とは打って変わって、ミィヤスはかなり明るい声で、キャットに即答したのだった。

 ――と、こんなことがあったわけだが。
 ここまで詳細な会話を、なんで俺が知っていたかというと。いや、別に覗き見とかしていたわけじゃなく、もっと至極単純な理由からである。
 ミィヤスとキャットは、俺と瑠胡がいた荷馬車のすぐ外で、この会話を繰り広げていたからだ。
 声をひそめての会話でもなかったから、否応なしに聞こえてきていたってわけだ。
 まあ、俺と瑠胡とで、少しばかり耳を澄ませてはいたけれど。それに、この会話については、俺たちだけじゃなく、ほかの商人たちにも知られてしまっている。
 からかわれたりはしてなさそうだけど、商人たちは二人の進展に興味津々といった雰囲気だった。
 ともあれ、この日以降、ミィヤスとキャットは前よりもかなり会話も増えたし、距離も近くなっているような気がする。
 キャットも随分と、刺々しさが抜けた気がするし。
 馬車の車輪の音が響いて、ミィヤスとキャットの会話は、あまり聞こえてこない。しばらくして荷台に戻って来たキャットは、俺と瑠胡に視線に気付いて、唇を少し尖らせた。


「……なんで二人して、幼子を見守る親みたいな目をしてるわけ?」


「そうか? そんなつもりは、まったくないけどな。それより、昼前に村に着きそうなのか?」


「……そうね。そのくらいじゃない?」


 小さく肩を竦めながら答えると、キャットは御者台の近くに腰を降ろした。
 それから、一時間ほどか――隊商はメイオール村へと到着した。都合、二十日以上ぶりの帰宅になるわけで。
 昼飯はどこかの旅籠屋か酒場で済ませて、あとは家の掃除とかしないとな……。鍵はレティシアの《白翼騎士団》に預けてあるから、詰め所にも行かないといけないか。
 隊商の長やミィヤスに礼を述べたあと、俺は瑠胡の分も含めて、纏めてあった荷物を荷馬車から出した。
 荷物はとりあえず、飯を食べるところに置かせてもらおう。
 俺はそう決めると、荷物を背負ってから瑠胡を振り返った。


「それじゃあ、飯でも食べに行きます――ん?」


 荷馬車の近くで佇んでいた瑠胡の表情が、どこか暗いように見えた。王都タイミョンで神像を護ってから――いや、正確には万物の神アムラダとの会話を終えてから、瑠胡は時折、表情を曇らせることが増えた。
 アムラダから兄が問題になっていると聞いていたから、その心配をしているのかもしれない。ドラゴンとはいえ、肉親のことは気になって当然だと思う。
 俺は少し早足に近寄ると、瑠胡の顔を覗き込んだ。


「瑠胡……アムラダ様の話が、気になっているんですか?」


「ランド……そうですね。兄上になにが起きたのか、少々不安はあります。それ以外にも……いえ、その、兄上のことは、わたくしの故郷へ戻ってから直接、兄上に訊いてみます」


 なにか、別の不安でもあるんだろうか? 少し言葉を濁したことには気付いたけど、俺はそのことには触れないまま、瑠胡を近くの酒場へと向かうことにした。


「――ランドさん! 瑠胡姫様!」


 その途中、俺と瑠胡を呼ぶ声に振り向けば、騎士団の紋章のあるローブを着たリリンが駆け寄って来るのが見えた。
 リリンは俺たちの手前で立ち止まると、笑顔で会釈をしてきた。


「お二人とも、おかえりなさい。ご無事に戻られたようでなによりです」


「リリン、ただいま。ありがとうな」


「リリンや、出迎えご苦労。御主も変わらず、息災のようでなにより」


「はい。ありがとうございます! お二人は、これから御食事ですか?」


 俺が「まあね」と答えると、リリンは杖を持ったまま手を重ねた。


「家の鍵は騎士団で預かってましたよね? あたし、取ってきます。御食事は――《月麦の穂亭》ですか?」


 リリンが言った《月麦の穂亭》は、俺の仕事である手伝い屋の上得意の旅籠屋だ。ここから少し距離はあるけど……飯は旨いし、そこでもいいか。
 俺は少し苦笑しながら、リリンに頷いた。


「そこで食べてるから、鍵は頼んでもいいのか?」


「はい! 御食事が終わる頃にお渡ししますね」


 リリンがにっこりとした顔で答えたとき、近くでざわめきが起こった。
 なにかあったのかと、視線を彷徨わせると、赤い鎧が目に入った。村人や旅人の視線を集め、赤い髪をなびかせながら、こっちに近づいて来ているのは、瑠胡に使える天竜族、沙羅だ。
 沙羅は瑠胡の目の前で立ち止まると、恭しく片膝を付いた。


「瑠胡姫様。お迎えに上がりました」


 瑠胡の故郷からの迎えか……そう思ったけど、瑠胡は意外にも不満げな顔をしていた。


「沙羅、迎えは有り難いが……少々性急過ぎはせぬか?」


「いえ。お母上様からのお達しで御座います。瑠胡様とつがいのかたが村に戻られたら、早々にお連れせよ――と」


「母上が?」


 あからさまに、瑠胡の表情が曇った。
 沙羅は返答のない瑠胡へ、心から請うような仕草で、深々と頭を垂れた。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

ある意味で、後編の始まりな回です。あんまり日常が書けてない気がしますが……そこは申し訳ございません(滝汗

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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感想 3

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