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第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』
プロローグ
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第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』
プロローグ
フレシス・ルインか腰掛けているのは、高価な椅子だった。
樫の木で組まれた椅子はニスで染められ、背もたれには緩衝材として毛皮が使われている。執務机もオーク材ではなく、樫で造られた高価なものだ。
大きな窓のある部屋の作りは、質素で剛健な造りだ。しかし、室内に設置された調度類はどれも高価で、色つや、そして角や蝶番などの摩滅具合から見ても、少なくとも数ヶ月以内に造られたものばかりだ。
そんな中で唯一場違いなほどに薄汚れているは、壁に掛かった絵画を収める額だ。風景画を収めた額は石造りで、ヒビや変色も多い。
齢四十を超えた頃のフレシスは、社交界で流行り出した長い付け睫毛をした目を、目の前の青年に向けた。
「昼間から、お酒の臭いが漂って来てるわ。人の目もあるのだから、少しは慎みなさい」
「どうしてですか? 人々の生活っぷりを視察してきた……だけれすよ」
年の頃は二〇代前半だろう。金髪の髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ青年の鼻頭は、赤く艶っぽかった。
フレシスは露骨に顔を顰めると、執務机の上面を手で叩いた。
「そんな酔っ払いが、わたくしの――領主の息子だと、領民のあいだで噂になっているのですよ? 少しは慎みなさい」
「そうは言いますがねえ、母上。素面では、見えないこともあるんれすよ」
少々呂律の回っていない青年――ラストニー・ルインは、ふらついた手を近くにあった本棚に付きながら、母親の姿を眺めた。
誰が見ても派手と言わざるを得ない薄紅色のドレスには、薔薇のアップリケが施されていた。化粧は濃く、血のように濃い口紅にアイシャドウ、ブラウンの地毛は薄い緑に染められている。耳にはエメラルドのイヤリング、左右すべての指には、指輪が填められいる。
首からは黒々とした飾り石のあるペンダント。
地方領主というよりは、成金貴族と言われた方が、しっくりくる身なりだった。対する青年は、深い緑色の礼服だ。質は良いが、貴族としては比較的地味な部類である。
フレシスはそんな息子から目を逸らすと、深い溜息を吐いた。
「酔っ払いに見えているのは、酒とフレシスだけ――」
「ああ、母上。わたくひが、どら息子などと言われているのは、周知しておりますよ。ですが、この前の施策は上手くいったれしょう?」
ラストニーの言葉に、フレシスは渋い顔をした。
ラストニーが考案したのは、街道の安全強化である。施行されてから三ヶ月で、その効果が現れ始めていた。
商人たちのあいだで、山賊などが減ったことが噂になったのか、街を訪れる商人の数が増え始め、領地に収められる税も微増していた。
ラストニーは母親の渋面を面白そうに眺めながら、本棚から身体を離した。
「最近になって街の酒場では、我が領地で摂れる肉や乳が臭くなったと、そんな話になってましてね。それは、わたくしの噂など足元にも及ばぬほど、深刻なものなんです。これについて、御存知ありませんか?」
「さあ……それは聞いたことがありませんね。大体、肉や乳が臭いなど、卸している商人か畜産家の失態というだけでしょう。我々が、どうこうする問題ではありません」
「しかし母上? 今のままでは、街に住む貴族からも苦情が挙がるかもしれませんよ。肉が好物な者も多いですし」
「わたくしたちや貴族用の肉は、他の領地から取り寄せれば良いことです。牛ごと仕入れて、街で精肉――それで問題はありません。なにより、それだけの資金はあるのですからね」
フレシスはそう言いながら、ペンダントに触れた。
「それに臭いさえ我慢すれば、その肉だって食べられるのでしょう? それなら、問題はないわ。さあ、話は終わりよ。あなたは、自分の仕事に戻りなさい。言っていきますが、酒場に行くのは仕事ではありませんからね」
「……わかりましたよ」
息子が立ち去ったあと、フレシスは立ち上がった。
そして壁に掛かった風景画に手を触れると、小さく呟いた。
「そう……今のわたしには、無限の財力がある。それさえあれば、なにも問題がないわ」
見開かれたフレシスの目が、赤い光を反射していた。
*
灯りもない闇の中、岩壁に囲まれた空洞の中に一人の女が佇んでいた。
緑色の一枚の布でできた衣服に、身を包んでいる。黒髪をうなじの上で一本に束ね、様々な宝石をあしらったティッカと呼ばれる頭部の装飾品やピアスを身につけている。
彼女は閉じていた目を開くと、静かに息を吐いた。
「天竜を求めよ……これが、我への託宣か。ならば、それに従うとしよう」
女は静かに立ち上がると、真っ暗な中を迷いもせず、しっかりとした足取りで空洞から出て行った。
--------------------------------------------------------------------------------------
本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います!
わたなべ ゆたか です。
予定通り、ほぼ一週間ぶりのアップとなりました。主人公であるランドなど、メインどころは一切出ていませんが……こういうプロローグなときもありますということで。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
追記
アップ後、すぐに一部修正致しました。申し訳ありませんでした。
プロローグ
フレシス・ルインか腰掛けているのは、高価な椅子だった。
樫の木で組まれた椅子はニスで染められ、背もたれには緩衝材として毛皮が使われている。執務机もオーク材ではなく、樫で造られた高価なものだ。
大きな窓のある部屋の作りは、質素で剛健な造りだ。しかし、室内に設置された調度類はどれも高価で、色つや、そして角や蝶番などの摩滅具合から見ても、少なくとも数ヶ月以内に造られたものばかりだ。
そんな中で唯一場違いなほどに薄汚れているは、壁に掛かった絵画を収める額だ。風景画を収めた額は石造りで、ヒビや変色も多い。
齢四十を超えた頃のフレシスは、社交界で流行り出した長い付け睫毛をした目を、目の前の青年に向けた。
「昼間から、お酒の臭いが漂って来てるわ。人の目もあるのだから、少しは慎みなさい」
「どうしてですか? 人々の生活っぷりを視察してきた……だけれすよ」
年の頃は二〇代前半だろう。金髪の髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ青年の鼻頭は、赤く艶っぽかった。
フレシスは露骨に顔を顰めると、執務机の上面を手で叩いた。
「そんな酔っ払いが、わたくしの――領主の息子だと、領民のあいだで噂になっているのですよ? 少しは慎みなさい」
「そうは言いますがねえ、母上。素面では、見えないこともあるんれすよ」
少々呂律の回っていない青年――ラストニー・ルインは、ふらついた手を近くにあった本棚に付きながら、母親の姿を眺めた。
誰が見ても派手と言わざるを得ない薄紅色のドレスには、薔薇のアップリケが施されていた。化粧は濃く、血のように濃い口紅にアイシャドウ、ブラウンの地毛は薄い緑に染められている。耳にはエメラルドのイヤリング、左右すべての指には、指輪が填められいる。
首からは黒々とした飾り石のあるペンダント。
地方領主というよりは、成金貴族と言われた方が、しっくりくる身なりだった。対する青年は、深い緑色の礼服だ。質は良いが、貴族としては比較的地味な部類である。
フレシスはそんな息子から目を逸らすと、深い溜息を吐いた。
「酔っ払いに見えているのは、酒とフレシスだけ――」
「ああ、母上。わたくひが、どら息子などと言われているのは、周知しておりますよ。ですが、この前の施策は上手くいったれしょう?」
ラストニーの言葉に、フレシスは渋い顔をした。
ラストニーが考案したのは、街道の安全強化である。施行されてから三ヶ月で、その効果が現れ始めていた。
商人たちのあいだで、山賊などが減ったことが噂になったのか、街を訪れる商人の数が増え始め、領地に収められる税も微増していた。
ラストニーは母親の渋面を面白そうに眺めながら、本棚から身体を離した。
「最近になって街の酒場では、我が領地で摂れる肉や乳が臭くなったと、そんな話になってましてね。それは、わたくしの噂など足元にも及ばぬほど、深刻なものなんです。これについて、御存知ありませんか?」
「さあ……それは聞いたことがありませんね。大体、肉や乳が臭いなど、卸している商人か畜産家の失態というだけでしょう。我々が、どうこうする問題ではありません」
「しかし母上? 今のままでは、街に住む貴族からも苦情が挙がるかもしれませんよ。肉が好物な者も多いですし」
「わたくしたちや貴族用の肉は、他の領地から取り寄せれば良いことです。牛ごと仕入れて、街で精肉――それで問題はありません。なにより、それだけの資金はあるのですからね」
フレシスはそう言いながら、ペンダントに触れた。
「それに臭いさえ我慢すれば、その肉だって食べられるのでしょう? それなら、問題はないわ。さあ、話は終わりよ。あなたは、自分の仕事に戻りなさい。言っていきますが、酒場に行くのは仕事ではありませんからね」
「……わかりましたよ」
息子が立ち去ったあと、フレシスは立ち上がった。
そして壁に掛かった風景画に手を触れると、小さく呟いた。
「そう……今のわたしには、無限の財力がある。それさえあれば、なにも問題がないわ」
見開かれたフレシスの目が、赤い光を反射していた。
*
灯りもない闇の中、岩壁に囲まれた空洞の中に一人の女が佇んでいた。
緑色の一枚の布でできた衣服に、身を包んでいる。黒髪をうなじの上で一本に束ね、様々な宝石をあしらったティッカと呼ばれる頭部の装飾品やピアスを身につけている。
彼女は閉じていた目を開くと、静かに息を吐いた。
「天竜を求めよ……これが、我への託宣か。ならば、それに従うとしよう」
女は静かに立ち上がると、真っ暗な中を迷いもせず、しっかりとした足取りで空洞から出て行った。
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本作を読んで頂き、誠にありがとう御座います!
わたなべ ゆたか です。
予定通り、ほぼ一週間ぶりのアップとなりました。主人公であるランドなど、メインどころは一切出ていませんが……こういうプロローグなときもありますということで。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
次回もよろしくお願いします!
追記
アップ後、すぐに一部修正致しました。申し訳ありませんでした。
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