屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか

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第六部『地の底から蠢くは貴き淀み』

三章-2

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   2

 俺たちがホウル山の近くにあるホーウという村に到着したのは、昼を少し過ぎたころだった。ザイケンの騎士たちや職人頭さんたちの馬車列から、十数分遅れて――といったところだろう。
 職人頭さんが、ほかの職人に指示を出しながら材木などの搬送準備を行っている。馬車ではなく馬に直接材木を牽かせるようだから、目的地は馬車では行けない場所のようだ。
 村の人に確認をしたのだが、旅籠屋や馬車を預けられる場所はないらしい。馬車で寝泊まりとなるとなれば、捜索をするあいだの見張りが必要だ。
 と、いうわけで――。


「ここまで連れてこられて、それはないと思うんですよ?」


 予想通り、ラニーは不満げな顔をした。
 クロースのほうを手伝いたいというラニーを、道案内が必要だからと半ば強引に引っ張ってきたわけだし。
 ここに来て留守番なんて言われれば、そりゃ納得はしないだろう。
 だからといって、馬車を無人にするわけにはいかない。こんな僻地で盗人とか――という者もいるが、逆にこんな僻地だからこそ、盗人は仕事をし易いのだ。
 人材としては、マナサーさんもいるけど……この人を一人っきりにするのは、正直に言えば避けたいわけだ。
 母親の目という楔がない今、どこではっちゃけるか、もしくは諍いの種を蒔くかわからない。できれば、瑠胡の近くに置いておきたいんだよな。
 さて、どうやって説得するかな――と思っていたら、あの職人頭の奥方が、こっちへやってきた。


「あらぁ……みなさん、どうなさったんです?」


 表情はにこやかだが――いや、あのことを思い出すのは、今は止めておこう。ほわほわとした雰囲気で話しかけてきた奥方に、俺は事情を説明した。
 すると、ポンと手を打って微笑みながら、こんなことを言ってくれた。


「あらぁ。それなら、わたくしたちで見ておきますわぁ。みなさんは、お仕事をなさって下さいねぇ」


「いえ、でも……ご迷惑をおかけするんじゃないですか?」


「大丈夫ですよぉ? だって旦那様は、わたくしのお願いなら、大抵は断ったりしませんから~」


 ……ええ、そうでしょうとも。

 色々な突っ込みどころはあるが、これは川の渡し船――渡りに船と同意――だ。俺たちは銅貨数枚を今日の御礼に渡しつつ、奥方の好意に甘えることにした。
 となると、あとは託宣の言葉に従うだけだ。


「ラニー、村でドワーフを見た者がいないか、聞いてくれないか? 俺たちは、山の近くまで言って、痕跡を探してみる。夕方に、馬車で落ち合おう」


「良いですけど……四人で山に?」


「皆で手分けをするのだから、別に変ではないだろう」


 セラからの回答に、ラニーは反論をしなかった。代わりに、俺へ意味ありげな視線を向けると、鷹揚に頷いた。


「わかりました。信じましょう」


 俺への視線は疑っているというより、どこか「すっけべぇ」と言いたげな雰囲気を漂わせていた。

 ……そんなことをする時間や場所が、あるわけねぇだろ。

 そんな言葉をグッと呑み込んだわけだけど。
 大体、マナサーさんは、俺とそういう関係ではないし。大体、迂闊に手を出せる存在じゃないってことは、ラニーも知っているはずだろうに。
 俺が溜息を吐きたい衝動を堪えている横で、マナサーさんが小さく手を挙げた。


「あの、わたくしも村に残って村人から話を聞きましょう。馬車の見張りも兼ねて――という感じで」


 どこか、期待に満ちた表情をしたマナサーさんに、俺は言い知れぬ不安を覚えていた。
 きっと、こうした普通の村人とか、そういった人々と関わるのは初めてなんだろう。目をキラキラと輝かせているけど、期待外れになるだけだと思うな……これ。
 どうするかな――と迷っていたら、瑠胡が小さく頭を下げた。


「それではマナサー様、お願い申し上げます」


「はい、瑠胡様。お任せ下さいませ」


 にっこりと微笑むマナサーさんは、誰が見てもやる気満々だった。
 まあ……瑠胡の判断だから、ここはマナサーさんの自制心に期待するとしようか。


「それじゃあ、ラニー。任せた」


 こんな状況は流石に予想外だったのか――なにか訴えるように手を差し伸べていたラニーとマナサーさんを残し、俺は瑠胡とセラを連れて村を出た。
 雑木林の中を進み、村が見えなくなってきたころを見計らって、俺たちは三人で精霊たちの存在を探った。
 ドワーフというからには、土の精霊のほうが所在に詳しいと思うが、俺とセラはまだ、特定の精霊のみ探ることができない。
 なら瑠胡だけでやれば――と思うかもしれないが、やはり三人でやったほうが、探し当てる確率は増えるということだ。
 ゆっくりと雑木林の奥へ進みながら精霊の気配を探っていた俺は、風の精霊の声を拾うことができた。
 セラは樹木の精霊、ドライアードのようだ。
 結論から言えば、俺とセラはドワーフに関する情報は、なにも聞けなかった。唯一成功したのは、土の精霊であるノームとの接触に成功した瑠胡だ。


「ノームによれば、やはりホウル山に行くしかないようです。そこでドワーフが、わたくしたちを待っているらしいと、ノームが言っておりました」


「ドワーフたちが、待っている?」


 どういうことかと思ったが、それは瑠胡にもわからないらしい。


「ランド、とにかく行ってみませんか?」


「そうですね……ここでジッとしていても仕方がないですし」


 瑠胡に同意した俺たちは、雑木林の中を進んだ。
 ――といっても歩きじゃない。三人とも、ドラゴンの翼で空を飛んで、ホウル山へと向かった。
 ホウル山は、雑木林の先にある。枝葉に覆われた山は、老ギランドの岩山よりも若干低い。その麓に着地した俺たちは、『ホッホー』という梟のような鳴き声を聞いた。


「さて……あとはドワーフたちをどう探すか、なんですけどね」


「そうですね。また、精霊たちの――」


 セラが、唐突に言葉を切った。
 周囲から、先ほどの鳴き声が聞こえ始めていた。しかも、徐々に俺たちのほうに近づいているような気がする。
 長剣の柄に手を伸ばすと、瑠胡が「ランド、剣を抜くのは待って下さい」と、俺を制した。


「どうしたんですか?」


「少なくとも、魔物ではありません。わたくしも、初めてですから自信はありませんけれど……」


 瑠胡は珍しく、自信なさげだった。
 長剣の柄に触れるかどうかの距離で手を止めたままセラを見れば、俺を真っ直ぐと見ながら頷いた。
 それを見て、俺は長剣を抜くのを止めた。
 ガザガザと落ち葉を踏む音が、鳴き声に重なってきた。その正体を探ろうと、俺は精霊たちの声を聞こうとしたが――帰ってきたのは、野太い声だった。


〝御主たちが、天竜の方々か?〟


 声や草や葉を踏む音が近くなったとき、俺たちは背の低い男たちの集団に取り囲まれていた。
 男たちは俺の腰くらいの背たけしかない。顔の大半は髭で覆われ、背丈の割に逞しい四肢をしている。
 金属の兜やしている者が大半で、容姿を窺えるものがほとんどいない。ハンマーや戦斧を持っている者もいるが、敵意はなさそうだ。
 俺とセラが警戒している中、瑠胡は澄まし顔で男たちに告げた。


「妾たちは、天竜族である。妾は瑠胡――天竜族の姫である。お主らは、ドワーフで相違ないか?」


「その通りでございます、天竜の姫。ノームから、天竜の方々が我らを探していると聞き及んでおりました」


 鎖帷子を着た白髭のドワーフは、瑠胡に片膝をついた。


「我ら、この地が汚れていく様子に、心を痛めておりました。どうか、我らが住処をお救い下さい」


「ふむ――現在、人里において家畜の異臭騒ぎが起きておる。妾らは、その件を調べにきただけなのだが……鬼神の託宣で、ドワーフを探せと言われておる。手掛かりを知らぬか? そのあとでなら、そちらの願いも叶えられるよう、尽力しよう」


 白髭のドワーフは少し表情を緩め、瑠胡へ告げた。


「恐らくでは御座いますが……その二つは関連していると思われます。我ら、その元凶の近くまでなら御案内できますが、如何致しましょう?」


 白髭のドワーフの申し出を、断る理由はない。といっても、今すぐという訳にはいかない。


「すいません。仲間がまだ村に残っているんです。呼んで来ますので、それまで待って頂けますか?」


「ふむ――いいでしょう。できるだけ、早めに願います」


 白髭のドワーフが返答をすると、周囲の小人たちは雑木林の奥へと消えていった。
 とにかく、俺たちはラニーとマナサーさんを呼んでこないとな。俺たちはドラゴンの翼を広げ、大急ぎで村へと向かった。

   *

 ホーウに残ったラニーとマナサーは、ドワーフのことを聞き出そうと村人たちに話しかけていたが、誰も知っている様子はなかった。
 それほど村民がいるわけでもない、小さな村だ。ほんの十数分で、すべての村人たちから話を聞き終えてしまった。
 木陰に腰を降ろしたラニーは、次はどうするのかと見守っているマナサーを一瞥してから、空を見上げた。


「さて、どうしたものかな」


 あとは、ランドたちに頼るしかないか――ラニーがそんなことを考えていると、大柄な騎士がやってきた。
 まるで不審者を見るような目でラニーとマナサーを見ると、「ふん」と鼻を鳴らした。


「貴様たち――この村で、なにを調べている?」


「騎士様、家畜の調査に必要な内容を聞いているだけです」


「この村に、家畜など鶏と豚しかおらぬ。貴様たちが調べるべきは、牛と山羊のはずだ。ここで調べられることなど、なにもない。いい加減なことを言うと、ただではすまぬぞ」


 騎士はラニーの左腕を掴んで、無理矢理に立たせようとした。
 しかし、横から伸びたマナサーの手が、ラニーを掴む騎士の腕を掴んだ。巧みに籠手の隙間に指を入れたマナサーの手に、力が込められる。


「ぬ――っ!?」


 その思いがけない握力に、騎士は思わず手を放した。
 女の力に抗えなかったことを恥じ入る前に、怒りが先に湧き上がった。真っ赤にした顔に憤怒の相を浮かび上がらせながら、騎士は長剣の柄に手を伸ばした。
 立ち上がったマナサーは、無表情な目を騎士に向けた。


「いくらなんでも、その振る舞いは無礼というもの。騎士と自認するのであれば、暴力ではなく誇りと態度で示しなさい」


「貴様こそ、騎士に対するその態度は如何なるものか! この場で、切り伏せてくれよう!!」


 鞘を鳴らしながら長剣を抜く騎士に対し、マナサーは音もなく抜刀した。白銀の曲刀は太陽の日差しを、そのままの光度で反射した。
 二人のあいだに割って入ろうとしたラニーを、マナサーは片手で制した。


「わたくしなら、大丈夫です。そこの騎士――あくまでも力でねじ伏せようというのなら、わたくしも手加減はいたしません。生き恥を晒したとて、それは貴方の責です」


「女風情が――っ!!」


 騎士が上段から、マナサーへ向けて長剣を振り下ろした。一切の手加減のない、必殺の一撃だった。
 しかしマナサーは、空気を切り裂く一撃を片手で受け流し、返す刀で騎士の右手首に切っ先を突き立てた。


「――っ!?」


 しかし手に伝わって来たのは血肉ではなく、硬質の金属に似た感触だった。
 すぐさま曲刀を引き抜き、マナサーが後ろに跳ぶ。それから僅かに遅れて、騎士の長剣が今しがたまで彼女がいた場所を薙ぎ払う。


 無言で曲刀を構え直すマナサーに、騎士は余裕のある笑みを浮かべた。


「我が《スキル》は、〈硬化〉だ。落下してきた岩を、逆に叩き割るほどの硬さを誇る我が《スキル》――そんな、なまくらなど通用せぬ」


 自分の《スキル》に絶対の自信があるのだろう、尊大な態度を崩さぬ騎士に、マナサーは無言で目を細めた。
 摺り足から、一息に騎士へと間合いを詰めたマナサーに、騎士は「馬鹿めっ!」と嘲りつつ長剣を振った。
 マナサーが素早く曲刀を振り上げた直後、騎士の両手は真下まで振り下ろされた。
 耳障りな金属音が、あたりに響き渡った。


「ん――?」


 両手の違和感に眉を顰めた騎士は、自分の握っている長剣を見て愕然とした。
 長剣の刀身が、根元から消失していた。
 長剣の状態を把握するまでに、約一秒。それから、切断された刀身が音を立てて地面に落ちるまでに、約半秒ほど。
 マナサーが静かに踵を返すと、騎士はその背中に怒声を浴びせた。


「き――貴様、我が剣になんということを!! 即刻、捕らえて公開処刑にして――っ!!」


 言葉の途中で振り返ったマナサーは、感情の読めぬ目を騎士に向けた。


「……なるほど。貴方は自ら、恥を公にしようというのですね」


「なに?」


「わかりませんか? わたくしを捕らえるには、罪状が必要でしょう。剣を折られたことを罪とするのなら、女一人に為す術も無く剣を折られた騎士であると――そう自らを喧伝することになりませんか?」


 そのことに気付かなかったのか、ハッと顔を上げる騎士に対し、マナサーは曲刀の切っ先を向けた。


「別の罪状を捏造するにせよ、ここにいる兵士たちには、剣を折られたことを知られます。そして、ここの村人たちにも――もう何人かには、目撃をされました。あなたは、そんな彼らも口封じのために捕らえ、処刑するのですか?
 このまま退けば、これ以上の生き恥は晒さずに済みます。これ以上のことをするなら、今度は剣一本の恥では済ませませんよ」


 諭すようなマナサーを睨みつつも、騎士は反論できずにいた。
 やがて、手に残っていた長剣の柄を投げ捨てた騎士は、マナサーに指先を向けた。


「貴様、覚えていろよ。この屈辱――数倍にして返してくれる」


 兵士たちの元へ戻って行く騎士の背を見ながら、マナサーは「蛮族並みの発言ですこと」と、嘆息した。
 ラニーはマナサーの側へと駆け寄ると、憤りを我慢したような顔を向けた。


「まったく……無茶をなさる。あの騎士が退かなかったら、どうするおつもりだったんdすか」


「そのときは、あなたが救ってくれると思っています」


「あ、そ――なんで、そう思うんですか?」


 ラニーの問いに、マナサーは微笑を浮かべた。


「わたくしは、これでも竜神の眷属ですよ? 知らないと思っているのですか、ラニー様? ただの商人が、ここまで家畜の調査に関わらないでしょうし。 わたくしだけでなく、瑠胡姫様も気付いておりますよ」


「……まさか」


「なぜ? でなければ、わたくしを貴方に任せないでしょうし」


 呻くような顔をしながら話を聞いていたラニーに、マナサーは続く言葉を告げた。


「それにクロースという騎士への想いは、皆が気付いていますから。今さら誤魔化そうと努力しても無駄ですよ?」


 これが、ある意味でトドメとなった。
 ランドたちが帰ってくるまでのあいだ、ラニーは膝のあいだに顔を埋めるようにして、ひたすらに落ち込んでいた。

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本作を読んで頂き、まことにありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

残業が連続していて、アップが遅れました……。
変に長くなったのも原因だったりしますが。
前半だけなら間に合ったかもなんですが、後半も今回に書きたかった内容なので……まあ、分割できる分量だったりするわけですが、そこは突っ込まないであげて下さい(泣

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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