屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか

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第七部『暗躍の海に舞う竜騎士』

二章-6

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   6

 日が昇る――再戦の朝が来た。
 神糸で編まれた平服に長剣を下げた俺は、薄暗い砂浜にいた。うっすらと空が白くなり始めてきたこともあって、星の瞬きは見えなくなっていた。刃のように鋭い下弦の月だけが、まだ低い空に浮かんでいる。
 冷たい空気を胸一杯に吸い込むと、身体の熱気が一気に収まっていく。あの赤い鱗のワイアームとの戦いを考えると、身体の底から熱気が湧き上がる。
 人質となったレティシアの返還を確認したら、一戦交えることになる。前回の戦いを思い出しながら、俺は素振りを繰り返していた。
 素振りと言っても、基本的な型をなぞっているだけだ。だけど頭の中では、どう戦おうか、戦うべきかと考えを巡らしていた。
 身体に染みついた型をなぞるだけなら、余分な思考に邪魔されなくてすむ。精神統一というには大袈裟だが、一つのことを考えるには丁度良い。
 つい先ほどまで、そんな時間を過ごしていた俺は、空を見上げながら白い息を吐き出した。


「そろそろ、戻るか」


 瑠胡やセラには内緒で来ているから、二人が目を覚ます前に戻らないと、余計な心配をさせてしまう。
 最後に精霊の声を聞く修練を行うため、俺は目を閉じた。
 大地の精霊に、風の精霊――それに海辺だからか、特に水の精霊たちの声が多く聞こえてきた。
 瑠胡や紀伊は、これを意識の集中なしに出来ている。俺やセラは、まだその域には達していないから、こうした修練は日々怠らないのが肝心だ。
 俺が戻ろうと踵を返したとき、離れの方角にある空に、二つの影が見えた。どうやら、瑠胡とセラに気付かれたらしい。
 俺は諦めて砂浜で立ち止まると、二人が来るのを待つことにした。


「――ランド」


 最初に降りてきた瑠胡が、俺の前で少しふて腐れた顔をした。


「黙って部屋を出なくてもいいではありませんか」


「すいません。起こさないようにって思ったんですけど」


 俺が苦笑いを浮かべながら謝罪と理由を口にしていると、遅れてセラも降りてきた。


「こんな寒空で鍛錬するなんて……」


「あ、その、すいません。でも、動けば身体は温まりますから」


 俺はまだ汗が浮いている、左の前腕部を指で突いた。だけど、そんな物的証拠を前にしても、二人の機嫌は治らない。
 なんか、色々と失敗した気がしないでも無い。
 意気消沈気味に項垂れた俺は「すいません、戻ります……」と、二人に謝った。


「わかればいいんです」


「部屋に戻ったら、汗を拭いて下さい。あの……手伝いますから」


 瑠胡とセラに腕を引っ張られる形で離れに戻ろうとしたとき、先ず最初に瑠胡がハッと顔を海へ向けた。
 続けて先の修練の感覚が残っている俺が、最後にセラも海を見て動きを止めた。
 海の方角で、水の精霊たちがざわめいている。
 近づく、巨大な影、死――伝わって来る言葉が断片的過ぎて、まったく意味がわからない。
 何かが迫って来ていることだけは、確かなようだ。俺は二人を庇うように海岸を振り返ると、長剣の柄に手をかけた。
 ふと空を見上げると、海鳥たちが集まっている場所がある。旋回するように、しかしゆっくりとだが海岸へと近づいて来る海鳥が、次第に高度を下げていく。
 海鳥の一羽が海面に近づいたそのとき、白く巨大なものが飛び出してきた。イカの触腕に近い形状のそれは、海鳥を捕らえると、空まで持ち上げた。そして空の海鳥を狙ってか、もう一本の触腕も海上に出てきた。
 二本めの触腕は一瞬、真っ赤に見えた。
 吸盤によって束縛されているのか、首に触腕が一巻きされているのは、あの赤い鱗のワイアームだ。
 目を細めて苦痛を我慢しているのだろうが、口は固く閉ざされていた。翼や胴体の傷はまだ癒えておらず、海水で薄まってはいるが、赤い筋を流していた。


「二人はここで、待ってて下さい」


 俺は瑠胡とセラにそう告げると、ドラゴンの翼を生やし、一気に数マーロン(一マーロンは約一メートル二五センチ)ほど飛び上がった。
 蠢くようにふらつく触腕は、あくまでも海鳥を狙っているように見える。こちらに注意が来ていないなら、なんとか助けだせるかもしれない。
 人質であるレティシアの所在が不確かな今、敵対関係とはいえ見捨てることはできない。
 俺は頭の中で何本もの線を描きながら、触腕へと飛翔し続けた。
 散っていく海鳥たちの動向に気をつけながら、俺はワイアームを捕らえた触腕へと右手を向けた。
 俺は、〈断裁の風〉を大きな曲線を描くように放った。威力は今の俺で可能な範囲で最大、手加減なしの一発だ。
 すべてを切り裂く不可視の魔力が、触腕を切り刻んだ。ワイアームを絡めている箇所で、触腕は切断された。
 触腕から解放されたワイアームが、海中に沈み――また浮き上がってきた。


「浜へ逃げろ!」


 俺の怒声が届いたのか、ワイアームは海面スレスレを泳ぎ始めた。
 しかし、残った触腕が真っ直ぐに伸びてきた。


「こっちは任せろ! 早く行け!」


 俺は再び、〈断裁の風〉を放った。不可視の力が触腕を切り刻むが、今度は切断までは至らない。
 手傷を受けたことで、触腕が海中へと戻っていった。
 しかし、もう一本・・・・の触腕が、再びワイアームに迫っていった。


「なに!?」


 ダイオウイカ――恐らくクラーケンに限らず、イカには脚が一〇本あると思われがちだが、そのうちの二本は触腕だ。八本の脚は触腕に比べて短く、餌を掴んだりするのに向いていない。
 じゃあこれはなんだ――などと、考えている余裕はない。
 俺は三度目の〈断裁の風〉を放った。今度は一撃目と同じく、全力の一撃だ。不可視の力が、再び触腕を切断した。
 しかし俺の目の前で、断面から新たな触手の先端が生えてきた。


「嘘だろっ!?」


 思わす声を荒げた俺へ、触腕が迫る。もう一本の触腕も再び海上へと現れ、傷を休息に癒やしながら俺へと伸びてきた。
 目の前で切断した部位が復元された衝撃から、俺はまだ回復してない。四度目の〈断裁の風〉を使うための集中が、まったくできなかった。
 二本の触腕が、左右から俺を捕らえようと迫る――その直後、左から来る触腕を小さな爆発が襲い、大きく仰け反った。右の触腕も光の帯に貫かれ、一瞬だが動きを止めた。


「ランド!」


「早くこちらへ!」


 上空にいる瑠胡とセラが、俺を呼んでいた。
 俺は速度を上げ、二人の元へと急いだ。触腕の動きを見ようと振り返ったとき、海面が盛り上がった。
 海の上に出ている部分だけでも、優に一五マーロン(約一八メートル七五センチ)以上もある。
 乳白色をした胴体の下部には、黄色い目がある。八本の脚や口などは海中にあって見えないが、魔物として見てもかなり巨大だ。
 これだけ巨大だと、半端な攻撃手段では効果がないだろう。
 巨体を海上に現したまま、クラーケンは岸へと向かい始めた。上空にいる俺たちより、ワイアームを狙うつもりらしい。


「行かせるかっ!」


 俺は素早く竜語魔術の詠唱を始めた。その竜語の旋律を聴いて、瑠胡も同じ詠唱を始めた。
 俺と瑠胡――二人の竜語魔術〈爆炎〉が、同時に発動した。
 二人分の〈爆炎〉を受け、クラーケンの頭部――胴体が、大きく抉れた。衝撃で海面に倒れたクラーケンは、そのまま海中へと潜って行った。炎で炙られただけ、さっきみたいな急速な回復は難しい――と、思いたい。
 しばらく様子を見ていたが、クラーケンは浮上してこない。俺たちはすでに砂浜に上がっているワイアームへと近寄った。


「おい。人質――レティシアはどうした。なにがあったんだ!」


 ワイアームは問いには答えず、ただ目を俺に向けてから、静かに口を開けた。
 牙のある開いた口の隙間から、レティシアが這い出てきた。


「レティシア!」


 駆け寄るセラの手を取ると、レティシアは大きく息を吐いた。


「セラ……それにランド、瑠胡姫。このワイアームを、どこかに隠せないか?」


 自分を人質として連れ去ったワイアームに対し、レティシアは同情的なことを言い始めた。
 戸惑う俺たちに、レティシアはもう一度、同じことを言ってきた。
 俺は大きく息を吐くと、静かに問いかけた。


「レティシア……なにがあったんだ? あのクラーケンは一体、なんなんだよ」


「それは……まず、このジコエエルの移動が先だ。そこで、なにがあったか話そう」


 レティシアの返答に、俺たちはさらに戸惑いを増した。


「こいつを隠すなら、良い場所がある」


 いつの間に来ていたのか――シャルコネが、顎をしゃくって俺たちを促した。


「まったく……うちの兵士をあまり怯えさせるんじゃない。日が昇り始める前に、さっさと移動させたほうがいいな」


「……シャルコネ様。ご面倒をおかけします。ランド……手を貸してやって欲しい」


「……仕方ねーな」


 俺はこのワイアーム――ジコエエルを移動させるため、竜化をすることにした。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

この世界では瑠胡に引き続き、二体目の回復持ちでございます。

味方が回復を使えると緊迫感が薄れ、敵が持つと緊迫感が増す……そんなイメージを持っている中の人です。

本編とは関係無い話ですが……今日の晩ご飯はイカ刺しの予定です。なんか本編を打っていたら、ちょっと食べたくなりました。

追記
お気に入りして頂いたかたが、60名になりました。
感謝しか言葉がでないです。ありがとうございます!

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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