屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか

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第八部『聖者の陰を知る者は』

一章-2

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   2

 メイオール村の外れには、ハイント領の所属である《白翼騎士団》の駐屯地がある。女性ばかりの騎士団――若干一名、男の従者がいるが――ではあるが、近隣の騎士団と比較しても、ここ最近の功績は目を見張るものがある。
 その団長であるレティシア・ハイントは、駐屯地の入り口で、直立不動の姿勢をとっていた。
 今の彼女は騎士の鎧を身につけ、青い瞳には緊張の色が濃い。背中の真ん中まである豊かな金髪も、今は後頭部で結い上げられ、前髪すら一本も垂れ下がってはいない。
 そんなレティシアの横には、メイオール村の村長が佇んでいた。王都からの報せは、騎士団だけではなく、村長にも届いていた。
 村の責任者として――そして、あわよくば法王との面識を持とうという打算があるだけに、レティシア以上に緊張しているようだ。
 後ろに控える配下の騎士たちも、いつになく緊張した面持ちだ。
 整列した騎士団から少し離れたところには、黒い修道服を着た男が立っている。修道僧らしいが、簡素な鎧を身につけていることから、教会に所属する修道騎士のようだ。
 無表情に直立している修道騎士を一瞥した栗色の髪で素朴な印象の少女――クロース・アーケンが、隣にいる赤毛の女性――キャットに小声で訊いた。


「ねえ。視察って話だけど……なんで、こんな寒い時期に教会の偉い人が来るの?」


「さあ? 暇なんじゃないかしら」


 小声での会話だったが、前にいるレティシアの耳には届いていた。僅かに横目だけを二人へ向け、しかし何も言わないまま、前へ向き直る。
 これだけで『喋るな』という意志が通じたのか、クロースは首を引っ込めるような仕草をし、キャットは素知らぬ顔で姿勢を正した。
 雪こそ止みはしたが、空は曇天のままだ。雲が薄くなると寒さが増すとはいえ、日差しがないから身体の芯から冷えていく。
 流石のレティシアも爪先の感覚が鈍くなってきたころ、メイオール村の外れで馬車列が停まった。
 しかし、すぐに馬車列は動き始めると村から離れ、《白翼騎士団》の駐屯地へ真っ直ぐに進み始めた。
 合計で六台の馬車が駐屯地の前に並ぶと、配下のものたちが中央にある馬車の客車に集まった。
 教会の印が四方に飾られた、豪奢な黒塗りの馬車の真横に絨毯が敷かれると、ようやく客車のドアが開いた。
 白い法衣に、法王冠ミトラを被ったユピエル・ハーバートンが片手を挙げながら出てくると、レティシアは号令を下した。


「法王猊下へ、敬礼!」


 レティシア以下、騎士たちが一斉に敬礼を送ると、ユピエルは鷹揚に頷いた。
 ユピエルが馬車から降りるための台を下り終え、手を下げたところで、レティシアの号令にて騎士たちは元の姿勢へと復した。


「《白翼騎士団》の皆様、出迎えご苦労でした」


「もったいない御言葉にございます」


 レティシアが頭を上げると、ユピエルは騎士団の面々の顔を見回した。


「……少々、顔ぶれが変わりましたか?」


「はい。一名が退団し、新たに一名が入団しております」


「ふむ……退団したしたのは、副団長ですか?」


「……はい。その通りです」


「彼女は……今、どこに?」


 まるで尋問のようだと、レティシアはそんな感想を抱いていた。
 ユピエルは視察という名目でメイオール村を訪れるということだったが、目的は別にある。それを察したレティシアは、慎重に言葉を選んだ。


「彼女は――セラは恋をした男性の元へ、自らの意志で嫁いでいきました。わたくしは、それを祝福こそすれ、咎めることはできません」


「その男性というのは……ここから見える、あの異なる神を崇める神殿の者ですか」


 レティシアにはユピエルの語気が、やや強くなったように感じられた。それは、ユピエルの言葉に全神経を集中させていなければ、容易に気づけないほど、僅かな差でしかなかった。
 レティシアは浅く息を吸ってから、ユピエルへ答えた。


「……少し異なります。セラが嫁いだ男は、あの神殿に住む異国の姫と結ばれはしましたが、王都で産まれ育った者です。異なる神を信仰しては、おらぬでしょう」


「……そうですか。やはり、噂は真実だったようですね。二人の女性を娶るなど、大罪の一つである色欲に犯された者に違いありません」


「お待ち下さい! あの者たちは、そのような大罪を犯したわけでは御座いません。お互いに相手を愛した上で、男へと嫁いでいったのです。それを大罪と仰るのなら、妾を持つ貴族の方々のほうが、大罪を犯しているではありませんか」


 レティシアの弁明と指摘に、ユピエルは静かに首を振った。


「今は、それを論ずる場ではありません。信徒が二人も――異なる神を信仰する神殿に入り、そして結果的に大罪を犯したこと。アムラダ様が、この罪人たちの行いに嘆いておられると、わたしには感じられるのです」


 ユピエルの発言に、レティシアの胸中で怒気が生まれた。
 法王であるユピエルから神の名を出されたら、レティシアたちには反論の術がない。下手なことを言えば教会、そして神への反逆となる。
 アムラダへの信仰が国教となっている現在、教会の力は王家に次ぐと言って良い。
 レティシアは怒鳴りたいのを堪えながら、ユピエルを真っ直ぐに見た。


「でれば――法王様は彼らを、どうされるおつもりなのでしょうか?」


「それは現地へ赴き、彼らの実情を把握したあとで決まることです。ここでは、なにも語ることはできません。我々は村の教会に立ち寄ってから、異なる神の神殿へと赴きます」


「では、警護の騎士をお付けしましょう」


 レティシアの申し出に対し、ユピエルは小さく首を振った。


「これには及びません。わたくしの身は、修道騎士団が護ります。あなたがたは、普段の役割へと戻って頂いて構いません」


 ユピエルが馬車に戻る直前、村長のデモスが一歩前へ出た。


「教会、そして神殿までは、わたくしが御案内いたします。」


「……そうですか。それでは、お願い致しましょう」


「は、はい!」


 修道騎士の一人が、村長を馬車の前へと促した。
 指示に従って歩いてく村長は、一度だけレティシアを振り返った。
 二人の修道騎士と村長を先頭に、法王の馬車列が村へと戻っていく。それを睨むように眺めていたレティシアに、キャットが声をかけた。


「団長、どうします? ランドはともかく、セラの身が危ういかもしれません」


「……そうだな。ランドは、自分でなんとかするだろう」


 言外にある『セラでは、法王に対して無力だ』という意味を、騎士団の誰もが察しないのを感じつつ、レティシアは部下たちを振り返った。
 新参のエリザベートはともかく、クロースやユーキ、そしてリリンは、神殿の方角へ心配そうな目を向けていた。
 特にリリンは、今にも飛び出しそうなのを我慢しているのか、モジモジと身体を揺らしていた。
 何か切っ掛けがあれば、全速力でランドや瑠胡の元へ向かうだろう。
 キャットだけは平然とレティシアの返答を待っているが、実のところセラだけではなく、ランドたちも気にかけているのを、肌で感じていた。


(少々、親しくなりすぎたか)


 苦笑を押し殺しながら、その切っ掛けを造ったのは、間違いなく自分自身であることを、レティシアは理解していた。
 部下とはいえ、不満を募らせるようでは指揮官として失格だろう――そんなことを、自嘲的に考えながら、レティシアは「総員、注目」と、静かに告げた。


「これから、各自に指示を出す。クロースは村へ行き、村人たちから法王猊下の動向を聞けるよう、根回しをしてくれ」


「は、はい」


「ユーキは、エリザベートと法王猊下の馬車の動きを見張れ。エリザベートは、馬車が神殿へ向かい始めたら、リリンへ報せろ」


「わかりましたぁ」


「……了解」


 不承不承といったエリザベートの返事を受け流しつつ、レティシアは最後にリリンへと目を向けた。


「リリン、使い魔を神殿へ飛ばして、今の話をセラに伝えろ。エリザベートからの連絡が入り次第、使い魔を介して法王猊下の動きを教えてやれ」


「……わかりました。ですがレティシア団長。神殿へ、直接伝えにいくという方法もあります」


「それは駄目だ。我々が動いていることは、法王猊下に知られたくはない。これは、ほかの者にもいえることだ。それでは各自、心してかかれ」


 レティシアが軽く手を叩くと、キャットとリリンを除く全員が、一斉に散った。リリンは杖を小刻みに動かしながら、使い魔を召喚する魔術の詠唱を始めていた。
 なにも命じられていないキャットは、面白そうなものを見る目で、レティシアを見た。


「団長。あたしはいいんですか?」


「キャットは、ここでクロースやユーキたちからの報告を纏めて欲しい。わたしはそのあいだ、自室で上手い言い訳でも考えておくさ」


 珍しいレティシアの冗談に、キャットは面食らったように瞬きをした。
 それを面白そうに眺めてから、レティシアは言葉通り、駐屯地の自室へと戻っていった。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

義理と人情秤にかけて――そんな展開な今回です。

別にアムラダ崇拝はキリスト教を参考にしてるわけでは、ちょっとだけあるんですが。ただ、大罪の定義って難しいんですよね。
そのすべてを否定すると、人類滅亡――な内容も多いと思います。

飽食、色欲、怠惰――食べることも、子作りも、休むことも大事。程度の問題なんでしょうね。
まあ色欲も異性間限定だったりするのか、少年に対する事件がたびたび起きますね。人間の欲求は、そう簡単に無くならないという見本かもしれませんね。

ちなみに下の写真は、近況で書いたケーキでございます。一応、ちゃんと食べてるんですよーということで。



少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
次回もよろしくお願いします!
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