屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか

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第九部『天涯地角なれど、緊密なる心』

一章-5

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   5

 指輪を発注した、その翌朝。
 俺は久しぶりにゆっくりと起床した。手伝い屋の仕事がある日は、どうしても朝早く起きなければならない。
 畑仕事や酪農に限らず、狩りや食事も仕込みなども、朝早くからの仕事になるからだ。
 とはいえ、普段の習慣もあるから一度は日の出前に目が覚めた。ゆっくりと起床というのは、二度寝をしたあとの話である。
 安宿の固いベッドから起きあがった俺は、速攻で日光を浴びた。身体を温めたいというだけでなく、神糸の衣服を清潔に保つためだ。
 神糸は日光に当てるだけで汚れが落ち、体臭なども消えていく。時期的にノミやシラミなどは活発ではないが、日光を浴びておけば、そういった寄生虫なんかも神糸から逃げていく――という話だ。
 荷物を纏めてから借りていた部屋を出て、一階の酒場へと降りた。部屋の鍵を返していると、ムンムさんが酒場に入ってきた。


「ああ、ランド様。大変なんです」


「……どうしたんですか?」


 あまりにものんびりとした口調だったので、俺もさほど慌てることはなかった。
 トテトテと、歩くよりはマシ程度の速度で駆けてくるムンムさんは、俺の前で立ち止まると、僅かに血の気の引いた顔で、のんびりと言った。


「昨晩、《ヘッシュの宝石店》に強盗さんが入ったようなんです」


「へえ、そうなんですか――え?」


 目が点になった俺に、ムンムさんはもう一度、同じ言葉を繰り返してくれた。


「昨晩、《ヘッシュの宝石店》に強盗さんが入ったようなんです」


 二度目で告げられた内容を理解した俺は、旅籠屋から飛び出した。
 昨日の《一番通り》に入ると、遠くに人だかりが見えた。近寄ると、《ヘッシュの宝石店》の周囲には衛兵が立っており、おいそれと近寄れそうにない。
 俺とムンムさんが野次馬の群れから抜け出ると、腕に怪我をしたらしいティミーさんが俺たちに気付いた。
 顔に殴られた痕、右腕には血の滲んだリネンが巻かれている。女性と幼い子どもは、家族なんだろうか、店の前で呆然と座り込んでいた。
 革製のエプロンをした若者は技師なんだろうか、ティミーさんは彼と別れると、俺たちのところまで歩いて来た。
 俺とムンムさんの前まで来たときに、ティミーさんは少しふらついた。


「大丈夫ですか?」


「ええ。それよりランドさん、指輪が……なんとお詫びをすればいいのか……」


「強盗に入られたと聞きました。まだ出血しているようなら、無理に動かないほうがいいです。まずは、座って下さい」


 俺に促されて、ティミーさんは地面に腰を降ろした。
 俺も片膝をついた姿勢で座ると、店へと目をやった。店の外観は昨日と変わりないが、開かれた扉から中を見ると、商品棚が倒され、または壊されていた。
 俺はティミーさんに目を戻すと、感情を抑えながら話しかけた。


「状況を詳しく教えて下さい。さっき指輪がどうとか言ってましたけど、まさか――」


「ええ。商品棚の宝石と一緒に、指輪も……あ、いや」


 ティミーさんは少し頭を振ると、何かに気付いた顔をした。


「彼らは、指輪はどこだ――と。指輪を渡してから、宝石類を盗んでいきました」


「強盗は、どんなヤツでしたか? 顔とか背格好とか……」


 俺の問いに、ティミーさんは静かに首を振った。


「顔は、覆面をしていましたので……わかりません。背丈は、ランドさんよりも少し低めでしょうか。声からして、二人とも男でした」


「二人……強盗は二人組ですか。他になにか言ってませんでしたか?」


「他にと言われましても……脅し文句や罵声ばかりで。わたしも腕を斬られてから、顔を殴られてしまって……恐怖でまともに話ができませんでしたので」


「……そうですよね。すいません、無理に話をさせてしまって」


 俺は立ち上がると、店から離れた。
 あんな状況で、賠償とか返金なんて話はできない。だからといって、新たな店で指輪を購入する資金なんか、なにをしたって急には出てこない。
 となれば、自力で取り戻すしかない。
 俺が早足で《一番通り》を出ると、ムンムさんが駆け寄ってきた。


「ランド様、どうなさるおつもりですか?」


「……取り返します」


「取り返すと仰有いますけれど、なにか心当たりがありますの?」


「それは、これから探します」


 俺は周囲を見回すと、通りから離れた。裏通りというのは、どこの町にもある。精霊たちの声を聞きながら、俺は徐々に寂れていく町並みを進んだ。
 やがて荒れ果てた家屋が目立ってくるようになると、周囲からの視線を感じるようになってきた。
 それは物珍しさから来るような、好奇心によるものじゃない。警戒心と、獲物を狙う獣のような、ねっとりとした視線だ。
 角を曲がったとき、数人の小汚い衣類を着た、俺と同い年くらいの男たちが、道の真ん中で屯していた。彼らは俺に気付くと、にやけた顔で近づいて来た。


「よお、兄ちゃん。女連れでこんなところに来るなんざ、世間知らずにも程があるぜ?」


 ……女連れ?

 若者たちの視線を追うように振り返ると、ムンムさんが小さく手を振ってきた。
 俺は気配もなく付いて来た彼女の技に、少々唖然とした。


「……あの、なんでいるんです?」


「あらあら。だって指輪を探すなら、わたくしだってお手伝いしますわ」


 そう言いながら、にっこりと微笑むムンムさん。だが今は、そんな穏やかな雰囲気じゃない。
 総勢六名の男たちは、腰から安物っぽいナイフや、錆の浮いた短刀などを抜くと、切っ先を俺たちへと向けた。
 真ん中にいる赤毛の青年が、短刀の切っ先を上下に振りながら、一歩前へ出た。どうやら、こいつがこの集団の頭らしい。


「兄ちゃん、大人しく有り金と女を置いていきな。じゃなきゃ、痛い目じゃ済まないぜ」


「へえ」


 俺は気のない返事してから、素早く抜剣した。頭上近くまで振り上げるや否や、赤毛の持つ短刀に長剣を叩き付けた。
 金属同士がかち合う音を周囲に響かせながら、短刀が地面に落ちた。衝撃が伝わったのか右手を抑える赤毛に、俺は半目を向けた。


「こんな一撃を防げないような腕で、なにをどうするって? こちとら、一応は訓練を受けてるんだ。そっちこそ砕かれたくなかったら、大人しく立ち去れ。じゃなきゃ、痛い目だけじゃ済まねーそ」


「てめぇ……後悔するんじゃねぇぞ。そいつは殺せ!」


 赤毛の号令で、右に三人、左からは二人の男たちが一斉に襲いかかってきた。
 俺は先ず、左側の二人へ向けて〈遠当て〉を放った。連続で放った〈遠当て〉を受け、仰け反った二人の足が止まった。
 その隙に、俺は右側の三人へと躍りかかった。
 こいつらの持つナイフや短刀より、俺の長剣のほうが間合いが広い。接近させすぎないように気をつけていれば、さして怖い相手じゃない。
 続けざまに突き、振り下ろす長剣の切っ先が、男たちの腕や肩に傷を負わせていく。
 三人組が傷の痛みに耐えきれなくなり、その場に蹲った。短刀を拾った赤毛や、ようやく動き出した左側の二人が向かって来たのは、そのあとだ。
 俺は赤毛の短刀を再び叩き落としてから、俺は二人組へと向き直った。その直後、俺の耳に、空を切り裂く音が聞こえた。
 何かが迫ってくる――と察知まではできたが、身体の反応が遅れた。俺が振り返った直後、パシッという音とともに、ムンムさんの右手が俺の左横に突き出された。
 見れば、彼女の手には短い矢が握られていた。


「――ふっ」


 ムンムさんが短く息を吐いた――と思った瞬間には、矢は元来た方角へと投げ返されていた。


「ぐっ」


 俺の左側にある家屋の窓では、肩に矢の突き刺さった男が倒れていた。その手には短弓が握られていたことから、俺を狙って矢を放ったヤツみたいだ。
 俺の視線に気付いたムンムさんは、にっこりと微笑んだ。


「護身術程度は嗜んでおりますから。わたくしのことは心配なさらないで下さいねぇ」


 ……あれは、護身術の範疇を超えているような気がする。とはいえ、それだけの武術が使えるなら、それはそれで心強い。
 それから程なく、男たちは土が剥き出しになっている道端に転がることとなった。


「な、なんで……くそ」


 悪態を吐きたいんだろうが、痛みでそれもままならないらしい。身体を曲げながら呻き声を漏らす赤毛の顔に、俺は長剣の切っ先を向けた。


「さて。てめぇに聞きたいことがある」


「う……るせえ。誰が――ぐあっ!」


 悪態を吐きかけた赤毛の腕に、俺は軽く長剣の切っ先を突き刺した。


「てめーの立場が理解できたら、俺の質問に答えろ。いいな?」


 言いながら、少しだけ切っ先を深く食い込ませると、赤毛は怯みながら頷いた。


「最初っから、そういう態度にでてろ。この町で、盗品の売買ができる場所を教えろ」


「詳しくはしらねぇよ」


 赤毛の答えに俺は長剣を握る手に力を込めた。それを見た赤毛は怯えた表情で、わめくように言った。


「本当だ! 盗品を売りさばく場所は、かなり限られてる。俺ら程度じゃ、立ち入ることすらできねえよ! その場所へ行くには、《ダッドの店》っていう酒場の仲介が必要だって噂はあるけどよ。俺は詳しくは知らねぇんだ」


「その店は、どこにある?」


「《六番通り》……だ。ただ、そこは俺たちだって行けない、かなりヤバイ場所だぜ」


 赤毛の表情を見る限り、嘘を言っているようには見えない。
 俺は長剣を引き抜くと、腰袋から数枚の銅貨を赤毛に投げた。


「ありがとよ。そいつは、情報料だ」


「は?」


 呆気にとられる赤毛たちを道端に残して、俺はムンムさんと《六番通り》へと向かうことにした。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

まああれですね。ある意味、お約束な展開なわけですが。状況的に、話の内容についてあまり書けない回でございます。

ランドがゴロツキ六人衆から情報を得ようとしたのは、やはり裏の世界のことについては、裏の世界に近い人間に聞くのが一番と考えたからですね。

こういうとき、キャットがいれば早いんですけどね(スットボケ

ムンムさんの技は、シークレットレベルのD&Dを見たら、予定を変更して書きたくなっちゃっただけです。本当は、短剣で矢を打ち払うって展開だったんですけどね。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

次回もよろしくお願いします!
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