屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか

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第一〇部『軋轢が望む暗き魔術書』

二章-6

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   6

「……なんでこう、状況がややこしくなるんだ」


 俺やユーキからの報告を受けて、レティシアは鉛のように重い溜息を吐き出した。


「厄介ごとではあったが、リリンの実家絡み……というだけだったはずだ。それが、なんで魔族なんてものが出てくる?」


「……俺の所為じゃねぇ」


 俺はレティシアの皮肉に、半目で応じた。


「ラーニンス家が雇った傭兵が魔族だったことも、リリンが贄って言われたことも、セラが騎士団を退団したのも、俺の所為じゃない」


「……いや。最後のは、おまえにも責任はあるだろう」


 俺への突っ込みを入れてから、レティシアは執務机の上で頬杖をついた。


「それで、その魔族は斃したのか?」


「いいや。一撃は入れたが、逃げられた」


「……おまえらしくないな。どうした?」


 怪訝な顔をするレティシアに、俺は半目のまま応じた。


「んなこと言われてもな。急なことだったし、色々と闖入者もいたりで、俺も冷静さを欠いてたんだよ」


「ふむ……闖入者、か。その魔術師らしい男が、リリンを救ったということで、間違いはないのだな」


「――はい。リリンから聞いたのですが……その、質問攻めなどは好きじゃないと言っていたそうです。すぐに立ち去ってしまったので、それ以上の話は聞けてません」


 ユーキが返答と説明を、俺とレティシアは黙って聞いていた。
 質問攻めが苦手という気持ちは、理解ができる。だけど逃げるように去っていき、されに煙のように消えてしまったことが、俺の中で疑念が浮かんでしまった。
 まだ沈黙を続けているレティシアに、俺は一つの提案をした。


「……レティシア。リリンの部屋を調べてもいいか? 贄という言葉の意味や、魔族が狙う理由がわかるかもしれないしな。なにか、魔術の儀式をやっている痕跡とか、あるかもしれない」


「……ふむ」


 レティシアは少し悩んでから、ユーキに目配せをした。


「まあ、いいだろう。ユーキと一緒に、という条件で構わないか?」


「あん? 別に構わないけど……なんでユーキ?」


 調べるならエリザベートとかのほうが有り難いんだが……俺が怪訝な顔をしていると、レティシアは少しだけ肩を竦めた。


「念のため、だ。おまえを信用はしているが……下着を盗ったりしないようにな」


「するわけねーだろ!」


 これは、レティシア流の冗談と思っておこう。

 ……本気でリリンの下着を漁るとか思われてたら、これからの付き合いを考える必要があるかもしれねーけど。

 数分だけ待って、俺とユーキはリリンの部屋に入った。
 リリンはエリザベートやクロースたちと、巡回に出た。ユバンは手傷を負ったため、今日のところは襲って来ないだろう――という判断らしい。
 駐屯地内のどこかで足止めしてくれればいいのに……と思うが、そこそこの時間が稼げるのは有り難い。
 団員の部屋は、こぢんまりとしたものだ。リリンの部屋にある家具は本棚と棚、ベッドに机、それに燭台だけだ。
 魔術師であるリリンの本棚には、魔術書が並んでいる。どれも読み込まれているのか、背表紙はボロボロになっている。
 机に目を移せば、中央に黒い表紙の本、そして右奥の角には三冊の本が積まれていた。
 黒い表紙の本は、魔術書のようだ。背表紙なども綺麗だから、製本されてから、まだ日数が経っていないようだ。
 角に積まれた本は、表紙を見る限り司法書のようだ。司法と言っても、インムナーマ王国では、アムラダ様の教えが法律みたいなものだ。あとは……なんか、いくつかの決まりがあった気がするが、あまり覚えてない。
 専門外だしなぁ……アムラダ様の教えは、教会の礼拝などでイヤになるほど聞かされたから、今さら本を読むまでもない。
 でも三冊も司法書があるなんて、リリンは司法の道を目指しているんだろうか?


「ユーキ。リリンって、なんで司法を学んでいるんだ?」


「え? ええっと……ですね。それは……」


 なにやら、かなり言いにくそうだ。
 俺が無言で次の言葉を待っていたんだが、それを『圧』と捉えたのか、指をモジモジとさせながら、躊躇いがちに俺に目を戻した。


「あ、あの……ランドさん。あたしが言ったって、誰にも言わないで下さいね」


「まあ……それくらいは、いいけどさ」


「そ、それじゃあ……リリンはですね、ランドさんと瑠胡様の妹になる方法を探していたんです」


「……妹?」


 どういう意味か、すぐには理解できなかった。俺が戸惑っていると、ユーキは上目遣いで、俺の疑問に答え始めた。


「あの、リリンはずっと、ランドさんの妹になりたがっていて。瑠胡様もその、なにか……助け船のために、なにかを書いたことが感謝されたことが嬉しかったみたいで。ランドさんたちの妹になれたらいいなって、思ってたみたなんです」


「俺たちの……妹」


 説明を聞いても、頭の中で理解が追いつかない。
 なによりリリンが俺に対して、妹になりたいと思えるような事例が、まったく思い浮かばなかった。


「なんで、そんなこと考えたんだろうな」


「それは……自分を見つけて、一緒に行こうって言ってくれる人だからって。そんなことを言ってたと思います。随分と前に聞いただけだから、記憶が少し曖昧になってますけど」


「見つけてくれる……」


 ユーキの言葉に、俺は記憶を弄った。
 リリンを見つけた……見つけた――最近のことではないと思うから、少なくとも半年以上は前のことなんだろう。
 最初に会ったのは、メイオール村にレティシアが初めて来たときか。魔物の討伐に誘いに来たレティシアに、《白翼騎士団》の団員との面通しをされたのが、初見だった。
 それから喋ったのって……瑠胡がいた洞窟に行く途中では、何度か会話はしたけれど。
 最近は治ってきていた印象だけど、最初の頃は基本的に無感情だったからな……どれが切っ掛けかなんて想像がつかない。
 しかも、見つけてくれたという。
 俺がリリンを見つけたって言えるのは――。
 そこまで考えて、俺は面通しをした翌朝のことを思い出した。


「あのとき……か?」


 魔物の討伐に出る朝、俺は騎士団と合流する前に、日課の素振りをしていた。そこに現れたのが、リリンだ。
 暗がりに潜むようにこっちを見ていたリリンを、俺は見つけた。そして、女の子一人で移動させるのも――と思って、一緒に騎士団との合流場所へ行こうと誘ったんだ。


「あんな、ほとんど初めてあった日から?」


「ええっと……そう言ってました。あのときから、リリンはランドさんの妹って……憧れみたいなものを感じていたんだと思います」


「でもって、瑠胡もか」


 瑠胡の件については、なんとなく察しがついた。
 助け船のために書いた物。それは、愛嬌についての指南書――と、言って良いかは少し疑問だが――だろう。
 愛嬌について知りたかった瑠胡に、リリンが書いたものだ。かなり分厚い本になっていたが、内容は……愛嬌の指南と言っていいか、少しばかり疑問が残るものだった。
 控え目な表現でいうなら、愛情マシマシな新妻の言動が書いてあったり、幼い少女風だったり。果ては監禁調教の方法まで、幅が広すぎる内容だった記憶がある。
 瑠胡の性格からしてリリンの本に、素直に感謝の意を示したんだと思う。


『そんなことで――』


 と言いかけたところで、俺はデュークとジュリアのこと、そしてレティシアなどから聞いたリリンの過去のことを思い出した。
 リリンは家族から無視同然の扱いをされ、感謝もされず、それどころか暴力まで受けていたという。
 そんなリリンが、隠れたリリンを見つけ、気にかけ、そして自分の行いに対して感謝を示されたら?
 理想の家族として、ある種の憧れを抱いたのは仕方がないのかもしれない。


「そのために、司法書か」


「そうみたいです。短期間だけでも法律を変えて……とか、考えてたみたいで」


 ユーキの声を聞きながら、俺は別のことを考えていた。
 アムラダ様の教え――つまり、インムナーマ王国の法では、養子は認められているが、兄弟姉妹になるというのは、かなり限られた環境しか無理だ。
 要するに婚姻をした男女の互いの家が、義理の家族になるって状況だ。そこに兄弟姉妹がいれば、そのまま義理の兄弟姉妹になる。
 それ以外は、法的に認められていない。


「だから、法を変えようとしてるのか」


 ならこっちの魔術書は――俺は黒い魔術書を開いてみた。十数ページほど内容を読んでみると、どうやらこの魔術書には、願いを叶えるための秘術が書かれているようだ。
 魔術に関しても書かれているが、序章は願いを叶えるための心構えとか、環境作りとか……そういう、技術的なことが書かれていた。
 これが、アハスから借りた本なんだろうか。本を閉じたとき、なにやら奇妙な感触がした。
 喩えるなら、おっさんが屁をした椅子に座っちまった――気持ちの悪い、眉を顰めるような感触だ。
 もう一度、俺は本に触ってみた。だが、今度はさっきみたいな感触はしなかった。


「なんだったんだ……?」


 俺は手の平を振って、さっきの感触を消しながら、リリンの部屋の捜索を続けた。
 だけど結局、なにかの儀式をやっていた痕跡や、それらに使う道具などは見つからなかった。
 怪しいのは、さっきの魔術書だが……魔術を実践していなければ、贄などになっている可能性は低いだろう。
 俺は捜索の痕跡を残さないよう、本の位置などを元に戻してから、リリンの部屋から出ることにした。

   *

 エリザベートやクロースと巡回に出ていたリリンは、胸の辺りが熱くなったのを感じていた。
 リリンたちは森の中は避け、村を囲う柵の周囲を見回っていた。先頭をリリンとエリザベート、クロースは最後尾だ。
 リリンが変調を感じたのは、田園を臨む東側を歩いていたときだ。
 ローブの上から胸元を掴むと、大きく肩を上下させた。


(なんだろう……危険、不安が伝わってくるような、この感じ)


 リリンはローブの下に下げていたペンダントの金属片を取り出した。
 金属片を手にすると、熱を帯びたようになっていた。


(これ……魔道書になにかあったのかな)


 早く駐屯地に戻したいという欲求が、胸の奥から湧き上がって来る。
 リリンが駐屯地の方角を振り返ると、エリザベートが怪訝な顔をした。


「リリアーンナ、どうしたのよ?」


「……いえ。別に」


 金属片をローブの下に入れるリリンを、エリザベートは横目に見ていた。
 ローブの下に収まる寸前、金属片が赤く光を放った。その様子に、エリザベートは目を細めたが、なにも言わないまま前を向き直った。

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本作を読んで頂き、誠にありがとうございます!

わたなべ ゆたか です。

さて、ここで漸く、第一回から引っ張ってきたリリンの気持ちが、ランドにも伝わったわけですね。

ちなみにレティシアがリリンの部屋に行くランドにユーキを付けたのは……中世だとわかりませんが、現代だと普通のことですね。
この部分は、現代日本に合わせた次第です。

少しでも楽しんで頂けたら、幸いです。

次回も宜しくお願いします!
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