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夏の始まり
しおりを挟む梅雨が明けて、真っ青な空が続いたその日の朝、田中香織は軽い興奮と、ほんの少しの不安を胸に海へと向かっていた。
「絶対晴れるって言ったでしょ! もう完璧な夏休みのスタートだよ!」
駅前に集合したのは、同じクラスの中村健一、杉田愛、そして山中秀樹。高校に入って最初の夏休み。まだ少しぎこちない関係だったが、この海水浴がきっかけで仲良くなれればいい、そんな淡い期待を、香織は抱いていた。
電車を乗り継ぎ、海水浴場に到着したのは午前十時。平日とはいえ、夏休み初日ということもあり、浜辺は家族連れや若者たちでにぎわっていた。香織たちは簡易テントを立て、水着に着替え、ビーチボールと浮き輪を手に海へと飛び込んだ。
波の音、潮の香り、太陽の光。全てがキラキラと輝いていた。
「健一、こっちこっち! あーっ、今の顔ヘンだったー!」
「は? そっちが急に水かけるからだろ!」
「二人とも、はしゃぎすぎ! 秀樹、浮き輪貸してー!」
「ちょ、おま……いきなり乗るなーっ!」
最初はぎこちなく感じていた4人の関係も、海では自然と打ち解けていた。冗談を言い合い、水を掛け合い、砂の城を作り、ジュースを分け合って笑った。
だが、昼を過ぎた頃、天気が急変した。
西の空に黒い雲が広がり、風が冷たくなり始めた。周囲の人々も不安そうに空を見上げ、荷物をまとめ始めていた。
「ちょっと、これマズいんじゃない? 一旦テント戻ろう?」
香織が言うと、他の三人も頷いた。だが、ちょうどそのとき、最初の一滴が落ちた。
冷たい雨が、ぽつり、ぽつりと落ち、次の瞬間にはバケツをひっくり返したような豪雨となった。逃げようと浜辺を走り出した瞬間だった。
――ドォンッ!!
世界が白く染まった。
雷鳴ではない。文字通り、目の前が一瞬真っ白に染まったのだ。耳をつんざく轟音とともに、地面が揺れたような感覚があった。
その直後、香織の意識は闇に吸い込まれた。
* * *
最初に目を覚ましたのは、中村健一――いや、香織だった。
「……っ、え……?」
目を開けると、見慣れない天井があった。冷たいシーツの感触、そして――自分の体に違和感を覚える。
ベッドの上で手を見た。それは自分のものではなかった。ごつごつしていて、日焼けした男の手。首を動かし、鏡を探す。
そこに映っていたのは、自分ではない――中村健一の顔だった。
「え……? な、なにこれ……」
隣のベッドでも誰かが呻いていた。杉田愛が目を覚ました――いや、彼女もまた、見覚えのない顔に困惑しているようだった。
「ちょ、ちょっと待って……わたし、これ……え? 誰……誰の体……?」
その声は、明らかに男のものだった。やがてベッドから転がり落ちた彼女――いや、今は彼――は、混乱と恐怖の中で叫んだ。
「これ……秀樹じゃないの!? ウソでしょ、なんで私、男に……っ!」
その叫び声に反応して、山中秀樹が目を覚ました。
彼の表情は恐怖にゆがんでいた。視線の先には、自分の手、細くて柔らかい指。そして、胸元にあるはずのないふくらみ――。
「は? ……ちょ、おい、ふざけんな。これ……これ、愛じゃんかよ!」
そして最後に起きたのが、本来の健一、だがその姿は香織のものだった。
「…………なんだこれ」
4人は沈黙した。
誰もが理解していた。これは夢ではない。事故でもない。ただの偶然や悪ふざけでは済まされない。
彼らの中身――魂なのか、意識なのか、それはわからない――は、確実に入れ替わっていたのだ。
そして始まった。
高校一年生、4人の男女が、入れ替わった体で迎える長い夏休みが――。
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