不思議な夏休み

廣瀬純七

文字の大きさ
6 / 14

メイド喫茶でのバイト

しおりを挟む

 夏休み3日目の朝。健一と秀樹(それぞれ香織と愛の体に入ったまま)は、ベッドに座り込み、黙りこくっていた。

 目の前には、カラフルでふわふわした生地。
 白とピンクのフリルがたっぷりついたメイド服。そしてその上に、店のロゴ入りの名札が乗っている。

 **「メイド喫茶『メルティ♡シフォン』」**。
 それが、香織と愛が夏休みに入る直前、ひそかに応募して採用されたバイト先だった。

---

#### 「地獄が、始まる……」

 「なあ香織、これ……お前ほんとに行く気だったのか?」
 健一(in香織)はメイド服をつまみ上げ、ピンクのリボンにため息をつく。

 「え? うん。かわいい服着てバイト代もらえて、文化祭の資金にもなるし」
 と、LINEで送ってきた香織(in健一)は、あくまで前向きだ。

 「……でも俺、これ着て『おかえりなさいませご主人さま♡』ってやんの!?」
 「やらないとバレるよ? 顔も声も私なんだから。演じきるしかないっしょ」
 「くっ……!」

 となりの秀樹(in愛)は、無言でカツラを被っていた。愛の長髪はすでに結われ、メイドキャップまで完璧に装着。

 「……おい、秀樹……お前、覚悟キメてんのか?」
 「当然だ。“俺は愛だ”。任務だと思えば恥なんて感じない」
 「任務って、お前は軍人かよ……!」

---

#### 出勤。そして「メイド・健一」誕生

 秋葉原の一角。駅から徒歩5分の雑居ビルの2階、「メルティ♡シフォン」はあった。

 オープン前、店内には既に先輩メイドたちが集まっていた。茶髪のリーダー格・ミサ先輩が二人を見てにっこり。

 「香織ちゃん、愛ちゃん、今日からね~♡ よろしく~! 二人とも採用のときから“清楚枠”で評判よっ♪」

 (清楚枠……!? 俺が!?)

 健一は内心絶叫しながらも、震える声で返す。

 「よ、よろしく……おねがい、します……♡」

 鏡に映る自分は、満面の笑みのメイド姿――フリル、ツインテール、つけまつげ。どこからどう見ても「香織」だった。

 一方、秀樹(in愛)は堂々たる立ち居振る舞いで先輩メイドたちに挨拶。

 「今日一日、精一杯頑張らせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
 「きゃ~! 愛ちゃんって礼儀正しい! カワイイ!」

 その“あまりに完璧な女の子っぷり”に、健一は戦慄した。

 (……秀樹、こいつ本当に男か?)

---

#### ご主人様、ご来店♡

 開店と同時に、ご主人様たちが次々に来店。

 メイドの健一は、おしぼりを出すときの一言に命を賭けていた。

 「お……おかえりなさいませ、ごしゅじん、さま♡」

 (くっそぉぉぉぉ! やりたくないぃぃぃ!)

 声が裏返りそうになりながらも、何とか笑顔を作ると、対面の男性客は頬を赤らめてうなずいた。

 「きゅ、今日は……香織ちゃん指名でお願いします……!」

 (指名制度!? ホストクラブか!?)

 他方、秀樹(in愛)は、ケーキセットを運びながら優雅にしゃがみ、にっこり笑った。

 「こちら、本日のご主人様限定スイーツです♡ ごゆっくり、召し上がってくださいね♪」

 ご主人様、即・陥落。

 「……こ、恋に……落ちた……」

 (すげぇな、秀樹……いや、もう“愛ちゃん”だよお前……)

---

#### ピンチは突然に

 問題が起きたのは、ある女性客がメニューの注文で手を挙げたときだった。

 「すみません、愛ちゃん、お水もう一杯お願い~」

 秀樹(in愛)はスッと立ち上がったその瞬間――**声が低くなった**。

 「はい、ただい……た、たった今お持ちします♡」

 (やべッ……素で返事しちまった!)

 女性客は少し怪訝そうに眉をひそめたが、すぐに「風邪かな?」と納得してくれた。

 バックヤードに引っ込んだ二人は、汗だくで顔を見合わせる。

 「……お前、声低かったぞ」
 「お前も『ご主人様』って言うとき、明らかに顔引きつってたけどな」

 「……これ、あと6時間あるらしい」
 「地獄かよ……」

---

#### ラストオーダー。そして奇跡のコンビ

 閉店30分前、店内がやや落ち着いてきたころ、ふたりのテーブルにカップル客が来店。
 女の子はメイド文化に興味津々、彼氏は明らかに気恥ずかしそうだった。

 健一(in香織)は咄嗟に、演劇部で鍛えた笑顔を思い出した。大きな動きでおじぎしながら、明るい声で言う。

 「ご主人様とお嬢様の初来店、ありがとうございます♡ メイドの香織と申しますっ♪」

 横で秀樹(in愛)も続いた。

 「本日はお二人の特別なご帰宅、心よりお祝い申し上げます♡ ごゆっくり、おくつろぎくださいませ♪」

 カップルは思わず笑い、ふたりに「ありがとう」と笑顔を向けた。

---

#### エピローグ:バイト代と名札

 控室で制服を脱ぎながら、健一と秀樹は深く長いため息をついた。

 「お前……よくやったな……」
 「お前も……まあ、女装似合ってたぞ」

 「二度とやらねぇ……」
 「同感だ」

 だが、その手元には5時間分のバイト代と、「香織」「愛」と書かれたメイド名札が置かれていた。

 「……で、来週のシフトってどうするんだっけ?」
 「お前出ろよ」
 「は?」

 そして翌週も、彼らはメイドだった――。

---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺が咲良で咲良が俺で

廣瀬純七
ミステリー
高校生の田中健太と隣の席の山本咲良の体が入れ替わる話

BODY SWAP

廣瀬純七
大衆娯楽
ある日突然に体が入れ替わった純と拓也の話

リアルメイドドール

廣瀬純七
SF
リアルなメイドドールが届いた西山健太の不思議な共同生活の話

秘密のキス

廣瀬純七
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

パパと娘の入れ替わり

廣瀬純七
ファンタジー
父親の健一と中学生の娘の結衣の体が入れ替わる話

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

ボディチェンジウォッチ

廣瀬純七
SF
体を交換できる腕時計で体を交換する男女の話

リボーン&リライフ

廣瀬純七
SF
性別を変えて過去に戻って人生をやり直す男の話

処理中です...