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メイド喫茶でのバイト
しおりを挟む夏休み3日目の朝。健一と秀樹(それぞれ香織と愛の体に入ったまま)は、ベッドに座り込み、黙りこくっていた。
目の前には、カラフルでふわふわした生地。
白とピンクのフリルがたっぷりついたメイド服。そしてその上に、店のロゴ入りの名札が乗っている。
**「メイド喫茶『メルティ♡シフォン』」**。
それが、香織と愛が夏休みに入る直前、ひそかに応募して採用されたバイト先だった。
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#### 「地獄が、始まる……」
「なあ香織、これ……お前ほんとに行く気だったのか?」
健一(in香織)はメイド服をつまみ上げ、ピンクのリボンにため息をつく。
「え? うん。かわいい服着てバイト代もらえて、文化祭の資金にもなるし」
と、LINEで送ってきた香織(in健一)は、あくまで前向きだ。
「……でも俺、これ着て『おかえりなさいませご主人さま♡』ってやんの!?」
「やらないとバレるよ? 顔も声も私なんだから。演じきるしかないっしょ」
「くっ……!」
となりの秀樹(in愛)は、無言でカツラを被っていた。愛の長髪はすでに結われ、メイドキャップまで完璧に装着。
「……おい、秀樹……お前、覚悟キメてんのか?」
「当然だ。“俺は愛だ”。任務だと思えば恥なんて感じない」
「任務って、お前は軍人かよ……!」
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#### 出勤。そして「メイド・健一」誕生
秋葉原の一角。駅から徒歩5分の雑居ビルの2階、「メルティ♡シフォン」はあった。
オープン前、店内には既に先輩メイドたちが集まっていた。茶髪のリーダー格・ミサ先輩が二人を見てにっこり。
「香織ちゃん、愛ちゃん、今日からね~♡ よろしく~! 二人とも採用のときから“清楚枠”で評判よっ♪」
(清楚枠……!? 俺が!?)
健一は内心絶叫しながらも、震える声で返す。
「よ、よろしく……おねがい、します……♡」
鏡に映る自分は、満面の笑みのメイド姿――フリル、ツインテール、つけまつげ。どこからどう見ても「香織」だった。
一方、秀樹(in愛)は堂々たる立ち居振る舞いで先輩メイドたちに挨拶。
「今日一日、精一杯頑張らせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
「きゃ~! 愛ちゃんって礼儀正しい! カワイイ!」
その“あまりに完璧な女の子っぷり”に、健一は戦慄した。
(……秀樹、こいつ本当に男か?)
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#### ご主人様、ご来店♡
開店と同時に、ご主人様たちが次々に来店。
メイドの健一は、おしぼりを出すときの一言に命を賭けていた。
「お……おかえりなさいませ、ごしゅじん、さま♡」
(くっそぉぉぉぉ! やりたくないぃぃぃ!)
声が裏返りそうになりながらも、何とか笑顔を作ると、対面の男性客は頬を赤らめてうなずいた。
「きゅ、今日は……香織ちゃん指名でお願いします……!」
(指名制度!? ホストクラブか!?)
他方、秀樹(in愛)は、ケーキセットを運びながら優雅にしゃがみ、にっこり笑った。
「こちら、本日のご主人様限定スイーツです♡ ごゆっくり、召し上がってくださいね♪」
ご主人様、即・陥落。
「……こ、恋に……落ちた……」
(すげぇな、秀樹……いや、もう“愛ちゃん”だよお前……)
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#### ピンチは突然に
問題が起きたのは、ある女性客がメニューの注文で手を挙げたときだった。
「すみません、愛ちゃん、お水もう一杯お願い~」
秀樹(in愛)はスッと立ち上がったその瞬間――**声が低くなった**。
「はい、ただい……た、たった今お持ちします♡」
(やべッ……素で返事しちまった!)
女性客は少し怪訝そうに眉をひそめたが、すぐに「風邪かな?」と納得してくれた。
バックヤードに引っ込んだ二人は、汗だくで顔を見合わせる。
「……お前、声低かったぞ」
「お前も『ご主人様』って言うとき、明らかに顔引きつってたけどな」
「……これ、あと6時間あるらしい」
「地獄かよ……」
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#### ラストオーダー。そして奇跡のコンビ
閉店30分前、店内がやや落ち着いてきたころ、ふたりのテーブルにカップル客が来店。
女の子はメイド文化に興味津々、彼氏は明らかに気恥ずかしそうだった。
健一(in香織)は咄嗟に、演劇部で鍛えた笑顔を思い出した。大きな動きでおじぎしながら、明るい声で言う。
「ご主人様とお嬢様の初来店、ありがとうございます♡ メイドの香織と申しますっ♪」
横で秀樹(in愛)も続いた。
「本日はお二人の特別なご帰宅、心よりお祝い申し上げます♡ ごゆっくり、おくつろぎくださいませ♪」
カップルは思わず笑い、ふたりに「ありがとう」と笑顔を向けた。
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#### エピローグ:バイト代と名札
控室で制服を脱ぎながら、健一と秀樹は深く長いため息をついた。
「お前……よくやったな……」
「お前も……まあ、女装似合ってたぞ」
「二度とやらねぇ……」
「同感だ」
だが、その手元には5時間分のバイト代と、「香織」「愛」と書かれたメイド名札が置かれていた。
「……で、来週のシフトってどうするんだっけ?」
「お前出ろよ」
「は?」
そして翌週も、彼らはメイドだった――。
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