恋愛リベンジャーズ

廣瀬純七

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初めての体験

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 目覚ましよりも先に、違和感で目が覚めた。

 下腹部の奥が、じんわりと重い。鈍い痛みというほどではないが、確実に「いつもと違う」と身体が訴えてくる感覚。寝返りを打とうとして、さらにそれを意識してしまい、純の身体の中で俺の意識は一気に覚醒した。

 「……なんだ、これ」

 布団の中で小さく呟く。昨夜までなかった感覚だ。胃痛でもないし、筋肉痛とも違う。下腹部を中心に、重さと微かな痛みが波のように広がっている。

 嫌な予感がした。

 恐る恐る起き上がり、トイレへ向かう。まだ半分寝ぼけた頭で、だが妙に慎重な動きになるのは、純の身体が何かを知っていて、俺だけが知らないからだ。

 下着を見た瞬間、思考が止まった。

 「……あ」

 一瞬、何が起きているのか理解できなかった。だが、次の瞬間、五十年生きてきた男としての知識が、遅れて答えを突きつける。

 ――生理だ。

 頭の中が真っ白になる。

 知識としては知っている。女性には月に一度、生理がある。学校でも、テレビでも、断片的には理解していたつもりだ。だが、それはあくまで「外側」からの情報でしかなかった。

 まさか、それを**自分の身体で体験する日が来る**とは。

 「ちょ、ちょっと待て……」

 純の声で、情けないほど動揺した声が出る。どうすればいい? 何をすれば正解なんだ? このまま立ち尽くしていていいわけがないことだけは分かる。

 慌てて下着を替え、最低限の処理をしてから洗面所へ戻る。鏡に映る純の顔は、少し青ざめて見えた。

 下腹部の違和感は続いている。軽い痛みと、身体の奥が冷えるような感覚。気分も、理由もなく沈みがちだ。

 ――これが、生理。

 理解した瞬間、昨夜の自分の考えが頭をよぎる。

 「純として生きる」って、こういうことなのか。

 ベッドに戻り、スマホを手に取る。迷わず検索欄を開いた。

 《生理 初めて 対処法》
 《生理 腹痛 どうする》
 《生理 ナプキン 使い方》

 情けないほど必死に調べる自分に、苦笑いが浮かぶ。五十歳にもなって、こんなことで慌てるなんて。だが同時に、純がこれを十代の頃から、当たり前のように繰り返してきたのだと思うと、胸の奥が少し痛んだ。

 画面には、丁寧な説明が並ぶ。

 「無理をしないこと」
 「お腹や腰を温める」
 「痛みが強い場合は鎮痛剤」
 「不安なら婦人科へ」

 どれも理屈では分かる。でも、実際に今この身体で感じている不快感は、文章だけでは追いつかない。

 腹部に手を当てる。確かに、奥の方が重い。湯船に浸かったら楽になるだろうか。温かい飲み物もいいと書いてある。

 「……今日は、無理しないほうがいいな」

 純の生活リズムを思い出す。仕事は午後からだったはずだ。幸い、急ぎの予定はない。

 だが、別の不安が頭をもたげる。

 この状態で、拓也と会ったらどうなる?

 俺は男だ。だが、今は純だ。生理がある身体で、感情も不安定になりやすい。そんな状態で、恋人として接する資格があるのか。

 いや――資格なんて、今さらだ。

 布団に座り込み、スマホを握りしめる。

 生理についての記事の中に、こんな一文があった。

 「自分を責めないでください。これは自然なことです」

 その言葉に、なぜか救われた気がした。

 純は、こういう日を一人で乗り越えてきた。誰にも完全には理解されないまま、それでも生活を続けてきたのだ。

 拓也としての俺は、そんなことに想像すら及んでいなかった。

 「……知らなかったな、本当に」

 純の身体で、俺は小さく呟く。

 恋をやり直すというのは、ただ言葉を選び直すことじゃない。相手の立場に、本当に立つことなのかもしれない。

 下腹部の痛みはまだある。気分も晴れない。だが、スマホの画面を閉じた俺は、少しだけ覚悟が決まった。

 今日は、無理をしない。
 分からないことは、調べる。
 知らなかったことは、知ろうとする。

 純として生きる一日は、まだ始まったばかりだ。
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