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拓也に会いたい
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デパートを出たあとも、胸の奥がそわそわして落ち着かなかった。
ガラスに映る自分の顔を、つい何度も確認してしまう。駅の構内、エスカレーターの側面、スマホの黒い画面。どこに映っても、そこにいるのは――さっきまでの「自信のない純」ではなかった。
整えられた眉。やわらかく光を受ける肌。主張しすぎないのに、確かに存在感のある目元。
「……すごいな、本当に」
小さく呟きながら、頬に触れる。指先に伝わる感触は、いつもと同じはずなのに、心の持ちようひとつでこんなにも違って感じるものなのかと思う。
そして、自然と頭に浮かぶ顔があった。
――拓也。
今日の拓也に、この顔を見せたら、どんな反応をするだろう。
驚くかもしれない。照れるかもしれない。あるいは、いつものように言葉に詰まってしまうかもしれない。
どれでもいい。
ただ、**見てほしい**と思った。
それは、純としての気持ちなのか、拓也としての未練なのか、自分でもはっきりしない。けれど、この衝動は確かに胸の内から湧き上がってきたものだった。
時間を確認する。
拓也の仕事が終わるのは、だいたいこのくらいの時間だ。残業がなければ、そろそろスマホを見る頃。
歩道脇のベンチに腰を下ろし、スマホを取り出す。トーク画面を開いた瞬間、心臓が少し早くなる。
――送るだけだ。
そう思うのに、指が止まる。
「会えるかな?」
軽すぎないか。
「今日、少し時間ある?」
素っ気なさすぎる。
画面の文字を消しては打ち、打っては消す。五十年生きてきた男のくせに、どうしてこんな一文で悩むのかと、自分でも呆れる。
だが、ふと思い出す。
純は、こんなふうに悩みながらも、ちゃんと気持ちを言葉にしてきた。俺が気づかなかっただけで。
――今は、純としてやればいい。
深く息を吸い、指を動かす。
《拓也、チョット会えるかな?》
一瞬、ためらい。
そして、続ける。
《拓也に会いたいな❤》
ハートマークを付けたところで、指が止まった。
今日、散々考えたばかりだ。
「意味があるのか、ないのか」なんて。
でも、今はもう分かっている。
これは、意味を考えて付けるものじゃない。
**伝えたい気持ちがあるから、付ける**。
送信ボタンを押した。
――ピコン。
あっけないほど軽い音で、メッセージは飛んでいった。
途端に、全身がじわっと熱くなる。
期待と不安が、同時に押し寄せてくる。
「……なんで、こんなに緊張するんだ」
純の声で苦笑しながら、スマホを握りしめる。
美しくメイクをしたこの顔を見せたい。
でも、それ以上に――
「ちゃんと向き合おうとしてる純」を、
そして「逃げなかった自分自身」を、
拓也に見てほしいのかもしれない。
スマホが震えたら、どうしよう。
すぐ返事が来たら、どうしよう。
断られたら――いや、その時は、その時だ。
ベンチに座ったまま、夕方の空を見上げる。
空は少しずつオレンジ色に染まり始めていた。
――今日という一日は、確実に前に進んでいる。
その流れの中で、俺は今、純として、拓也を待っている。
胸の奥に、静かな期待を抱えながら。
ガラスに映る自分の顔を、つい何度も確認してしまう。駅の構内、エスカレーターの側面、スマホの黒い画面。どこに映っても、そこにいるのは――さっきまでの「自信のない純」ではなかった。
整えられた眉。やわらかく光を受ける肌。主張しすぎないのに、確かに存在感のある目元。
「……すごいな、本当に」
小さく呟きながら、頬に触れる。指先に伝わる感触は、いつもと同じはずなのに、心の持ちようひとつでこんなにも違って感じるものなのかと思う。
そして、自然と頭に浮かぶ顔があった。
――拓也。
今日の拓也に、この顔を見せたら、どんな反応をするだろう。
驚くかもしれない。照れるかもしれない。あるいは、いつものように言葉に詰まってしまうかもしれない。
どれでもいい。
ただ、**見てほしい**と思った。
それは、純としての気持ちなのか、拓也としての未練なのか、自分でもはっきりしない。けれど、この衝動は確かに胸の内から湧き上がってきたものだった。
時間を確認する。
拓也の仕事が終わるのは、だいたいこのくらいの時間だ。残業がなければ、そろそろスマホを見る頃。
歩道脇のベンチに腰を下ろし、スマホを取り出す。トーク画面を開いた瞬間、心臓が少し早くなる。
――送るだけだ。
そう思うのに、指が止まる。
「会えるかな?」
軽すぎないか。
「今日、少し時間ある?」
素っ気なさすぎる。
画面の文字を消しては打ち、打っては消す。五十年生きてきた男のくせに、どうしてこんな一文で悩むのかと、自分でも呆れる。
だが、ふと思い出す。
純は、こんなふうに悩みながらも、ちゃんと気持ちを言葉にしてきた。俺が気づかなかっただけで。
――今は、純としてやればいい。
深く息を吸い、指を動かす。
《拓也、チョット会えるかな?》
一瞬、ためらい。
そして、続ける。
《拓也に会いたいな❤》
ハートマークを付けたところで、指が止まった。
今日、散々考えたばかりだ。
「意味があるのか、ないのか」なんて。
でも、今はもう分かっている。
これは、意味を考えて付けるものじゃない。
**伝えたい気持ちがあるから、付ける**。
送信ボタンを押した。
――ピコン。
あっけないほど軽い音で、メッセージは飛んでいった。
途端に、全身がじわっと熱くなる。
期待と不安が、同時に押し寄せてくる。
「……なんで、こんなに緊張するんだ」
純の声で苦笑しながら、スマホを握りしめる。
美しくメイクをしたこの顔を見せたい。
でも、それ以上に――
「ちゃんと向き合おうとしてる純」を、
そして「逃げなかった自分自身」を、
拓也に見てほしいのかもしれない。
スマホが震えたら、どうしよう。
すぐ返事が来たら、どうしよう。
断られたら――いや、その時は、その時だ。
ベンチに座ったまま、夕方の空を見上げる。
空は少しずつオレンジ色に染まり始めていた。
――今日という一日は、確実に前に進んでいる。
その流れの中で、俺は今、純として、拓也を待っている。
胸の奥に、静かな期待を抱えながら。
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