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拓也からのLINE
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部屋の灯りは、間接照明だけにしてあった。
ソファに身を沈め、クッションを抱えながら、俺――純は、ゆっくり息を吐く。靴を脱いだ足先がじんわりと楽になっていく。外の空気から切り離されたこの静けさに、ようやく一日が終わった実感が湧いてきた。
パスタの味。
駅まで並んで歩いた時間。
別れ際の、少し照れた「またね」。
悪くなかった。むしろ、かなり良かった。
でも、あの場では結局、拓也からメイクのことについて何も言われなかった。
帰りの電車の中で、そのことが何度も頭をよぎった。
――やっぱり、気づいてなかったのかな。
そう思うと、少しだけ胸がざわつく。
いや、「少しだけ」じゃない。
期待していた分、がっかりしている自分が確かにいた。
「……俺、めんどくさいな」
純の声で苦笑しながら、クッションに顔をうずめる。
五十年生きてきた男が、今は三十歳の女性の身体で、メイクの評価ひとつに一喜一憂している。
その時だった。
スマホが、テーブルの上で小さく震えた。
――ドクン。
心臓が、はっきりと音を立てる。
この時間帯に来るLINEは、だいたい決まっている。
そっとスマホを手に取り、画面を見る。
表示された名前に、思わず息を止めた。
**拓也**
恐る恐る、メッセージを開く。
> **今日の純、いつもよりチョット綺麗だったよ**
……。
一瞬、意味を理解できなかった。
次の瞬間、胸の奥が一気に熱くなる。
喉の奥が、きゅっと詰まる。
「……っ」
声にならない声が漏れ、思わずスマホを握りしめた。
来た。
ちゃんと、来た。
あの時、店では何も言わなかったのに。
帰ってから、改めて。
しかも、こんなふうに。
「いつもより、チョット綺麗」
派手な褒め言葉じゃない。
モデルみたいだとか、別人みたいだとか、そんな言い方でもない。
でも――だからこそ、胸に刺さった。
「……遅いよ」
誰に向けるでもなく、純の声で小さく呟く。
でも、その声は震えていて、まったく責める調子じゃなかった。
遅くてもいい。
気づいてくれたなら、それでいい。
ソファの上で膝を抱え、画面をもう一度見つめる。
ああ、これだ。
これを、あの頃の純は待っていたんだ。
ほんの一言。
タイミングが完璧じゃなくてもいい。
不器用でもいい。
「ちゃんと見てたよ」っていう、その証。
五十歳の俺は、ずっと勘違いしていた。
言わなくても伝わるなんて、そんな都合のいい話はなかった。
伝えなきゃ、届かない。
気づいても、言葉にしなきゃ、相手は分からない。
スマホを胸に当て、目を閉じる。
嬉しい。
悔しい。
愛おしい。
感情が一気に押し寄せて、少しだけ目が潤む。
――ああ、俺。
――俺は、こんなにも嬉しかったんだ。
返信を打とうとして、少し迷う。
軽く返すか。
素直に返すか。
そして、決める。
今は、純なんだ。
純として、正直でいこう。
画面に指を走らせる。
《ありがとう。気づいてくれて嬉しい❤》
送信してから、思わずクッションに顔を埋めた。
「……ほんとに、嬉しい」
声が、少しだけ上ずっているのが自分でも分かる。
部屋は静かだ。
でも、心の中は、久しぶりに賑やかだった。
過去は変えられない。
でも、こうして“気づけたこと”は、確かに未来を変えている。
純になった俺は、スマホをそっとテーブルに置き、深く息を吸った。
今日は、いい一日だった。
ソファに身を沈め、クッションを抱えながら、俺――純は、ゆっくり息を吐く。靴を脱いだ足先がじんわりと楽になっていく。外の空気から切り離されたこの静けさに、ようやく一日が終わった実感が湧いてきた。
パスタの味。
駅まで並んで歩いた時間。
別れ際の、少し照れた「またね」。
悪くなかった。むしろ、かなり良かった。
でも、あの場では結局、拓也からメイクのことについて何も言われなかった。
帰りの電車の中で、そのことが何度も頭をよぎった。
――やっぱり、気づいてなかったのかな。
そう思うと、少しだけ胸がざわつく。
いや、「少しだけ」じゃない。
期待していた分、がっかりしている自分が確かにいた。
「……俺、めんどくさいな」
純の声で苦笑しながら、クッションに顔をうずめる。
五十年生きてきた男が、今は三十歳の女性の身体で、メイクの評価ひとつに一喜一憂している。
その時だった。
スマホが、テーブルの上で小さく震えた。
――ドクン。
心臓が、はっきりと音を立てる。
この時間帯に来るLINEは、だいたい決まっている。
そっとスマホを手に取り、画面を見る。
表示された名前に、思わず息を止めた。
**拓也**
恐る恐る、メッセージを開く。
> **今日の純、いつもよりチョット綺麗だったよ**
……。
一瞬、意味を理解できなかった。
次の瞬間、胸の奥が一気に熱くなる。
喉の奥が、きゅっと詰まる。
「……っ」
声にならない声が漏れ、思わずスマホを握りしめた。
来た。
ちゃんと、来た。
あの時、店では何も言わなかったのに。
帰ってから、改めて。
しかも、こんなふうに。
「いつもより、チョット綺麗」
派手な褒め言葉じゃない。
モデルみたいだとか、別人みたいだとか、そんな言い方でもない。
でも――だからこそ、胸に刺さった。
「……遅いよ」
誰に向けるでもなく、純の声で小さく呟く。
でも、その声は震えていて、まったく責める調子じゃなかった。
遅くてもいい。
気づいてくれたなら、それでいい。
ソファの上で膝を抱え、画面をもう一度見つめる。
ああ、これだ。
これを、あの頃の純は待っていたんだ。
ほんの一言。
タイミングが完璧じゃなくてもいい。
不器用でもいい。
「ちゃんと見てたよ」っていう、その証。
五十歳の俺は、ずっと勘違いしていた。
言わなくても伝わるなんて、そんな都合のいい話はなかった。
伝えなきゃ、届かない。
気づいても、言葉にしなきゃ、相手は分からない。
スマホを胸に当て、目を閉じる。
嬉しい。
悔しい。
愛おしい。
感情が一気に押し寄せて、少しだけ目が潤む。
――ああ、俺。
――俺は、こんなにも嬉しかったんだ。
返信を打とうとして、少し迷う。
軽く返すか。
素直に返すか。
そして、決める。
今は、純なんだ。
純として、正直でいこう。
画面に指を走らせる。
《ありがとう。気づいてくれて嬉しい❤》
送信してから、思わずクッションに顔を埋めた。
「……ほんとに、嬉しい」
声が、少しだけ上ずっているのが自分でも分かる。
部屋は静かだ。
でも、心の中は、久しぶりに賑やかだった。
過去は変えられない。
でも、こうして“気づけたこと”は、確かに未来を変えている。
純になった俺は、スマホをそっとテーブルに置き、深く息を吸った。
今日は、いい一日だった。
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