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美咲の願い
しおりを挟むホテルでの出来事から数日後、美咲からの連絡が再び彼のもとに届いた。
「話したいことがあるの。時間ある?」
彼はメッセージを読み、すぐに返信を送った。
「もちろん。どこで会う?」
美咲が指定したのは、ヨガクラスの後によく二人で訪れていたカフェだった。彼は迷ったが、美咲の望みを考え、再び玲奈の姿を装うことを決めた。彼女の前で自然体でいたい気持ちと、彼女の信頼を失いたくない気持ちが交錯していたが、今は美咲の意思を尊重することが最優先だった。
***
カフェに到着すると、美咲はすでに席について待っていた。彼が「玲奈」として現れると、彼女はほっとしたように微笑んだ。
「来てくれてありがとう、玲奈。」
彼はその笑顔に少しだけ胸を締めつけられながら、席についた。
「どうしたの、美咲?何かあった?」
美咲はコーヒーカップを手に取り、一口飲むと、意を決したように口を開いた。
「玲奈……いや、あなたには本当に感謝してる。私を守ってくれて、危険な目に遭わないようにしてくれて。」
「当然のことをしただけよ。」
玲奈の姿で、彼は柔らかく答えた。
「でもね、私、気づいちゃったんだ。」
美咲は真剣な表情を浮かべた。
「玲奈としてのあなたが、私にとってどれだけ大切な存在になったのかってことに。」
彼は少し驚きながらも、美咲の言葉を聞き逃すまいと耳を傾けた。
「私、玲奈と一緒にいると、安心できる。自分のことを話したり、悩みを共有したり、何でも言える相手だって思えるの。あなたが作り上げた玲奈の姿じゃなくて、玲奈そのものが、私にとって必要なの。」
美咲の目は真剣そのものだった。
「だからお願い……ずっと玲奈のままでいて、私の親友でいてほしい。」
***
彼の心は大きく揺れ動いた。美咲の頼みは、彼にとってあまりに重いものだった。玲奈でいるということは、美咲の信頼を得るための手段だったはずだ。それがいつの間にか、彼女の中でかけがえのない存在になっていたのだ。
「美咲、それは……」
彼は言葉を選びながら答えた。
「嬉しいけど、君が知らない私の姿がある。そのことを理解してもらうのは簡単じゃないと思う。」
美咲は首を振った。
「違うの。私が必要なのは、玲奈としてのあなたなの。本当のあなたも含めて受け入れるつもりだけど、それ以上に玲奈が私のそばにいることで、私が変われる気がするの。」
彼はその言葉に戸惑いながらも、美咲の本気を感じ取った。
「ずっと玲奈でいることが、本当の俺を隠し続けることになる。それでもいいの?」
美咲は深く息を吸い込み、真剣な目で彼を見つめた。
「それでもいい。だって、玲奈は私の人生にとって特別だから。」
***
その夜、彼は一人部屋で考え込んでいた。玲奈の姿でいることが美咲にとっての救いになるのなら、それを続けるべきなのか?しかし、それは同時に、自分自身を捨てることに等しいのではないか?
鏡に映る「玲奈」の顔を見つめながら、彼は静かにマスクを外した。そこに現れたのはいつもの自分の顔だ。
「玲奈でい続けることが、美咲のためになるのか……?」
葛藤しながらも、彼は美咲の言葉に込められた信頼を思い出した。そして、決意する。
「しばらくの間、玲奈でいよう。それが彼女の助けになるなら。」
***
翌日、彼は美咲と再び会い、玲奈としてこう告げた。
「美咲、わかったわ。あなたの親友として、これからもそばにいる。」
美咲は満面の笑みを浮かべ、彼女の手を握った。
「ありがとう、玲奈。これからもよろしくね。」
彼の中にある迷いは完全には消えていなかったが、美咲の笑顔を見るたびに、その選択が間違っていないのだと信じたくなった。
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