リアルメイドドール

廣瀬純七

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午後の宅配便

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 ドアベルが鳴ったのは、午後一時を少し回ったころだった。

 カップ麺の残り湯を流しに運びながら、西山健太は一瞬、何の配達か思い出せなかった。アマゾンの定期便は昨日来たし、家賃滞納の通知が届くにはまだ三日ある。友人はいないし、親戚は東京の片隅にひっそりと独居している自称「ウェブ作家」の元に、訪ねてくる者などまずいない。

 だが、彼は突然ハッとした。数週間前、SNSで流れてきたキャンペーンのことを思い出したのだ。

> 「未来の生活を、あなたに。限定1名、リアルメイドロボット体験モニター募集!」

 明らかに胡散臭かった。詐欺にしてはやけに丁寧な応募フォームと、クレカ情報も要求しない気前の良さに、健太は半分冗談のつもりで応募したのだった。締切間際、深夜2時のことだった。どうせ当たるはずもないし、万一当たったらブログのネタにでもしてやろう──その程度の気持ちだった。

 玄関を開けると、そこには黒スーツの男が二人。いかにも企業の人間といった風情で、片方が淡々と名刺を差し出した。

「SYNCRONICS(シンクロニクス)社の三宅です。本日はモニター当選の件で参りました」

 健太の背中に冷たいものが走る。悪ふざけが現実を引きずってきた感覚。冗談はいつも心の中で完結していた。だが今回は違った。現実がその続きを書きに来たのだ。

 玄関先に停められた無骨な黒いバン。その後部がスライドして開き、中から出てきたのは、まるでSF映画から抜け出たかのような、人型の物体だった。

 美しい──というのが、第一印象だった。

 いや、人間としての「美しさ」というより、完璧に計算された構造美とでも言うべきか。身長はおそらく160cm台半ば、黒髪のストレートヘアは肩までまっすぐに揃っており、陶磁器のような肌、精緻な造形の顔立ち。フリルとレースが織り込まれたメイド服を纏い、整った姿勢で彼の前に立つ。

「本日より、モニター個体『ノア』をお届けします。操作は音声、タッチパネル、あるいは連動アプリから可能です」

 三宅と名乗った男が淡々と説明を始めたが、健太の耳にはノイズのようにしか入ってこなかった。彼の視線は「ノア」と名付けられた女性型ロボットから一瞬も逸れなかった。というより、逸らせなかった。

 人間じゃない。だが、それを感じさせない何かがそこにあった。まばたきのリズム、頬のわずかな動き、呼吸に似た胸部の上下──生物的な挙動を完璧に再現していた。

「ノアです。ご主人様の生活をサポートさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 ノアが初めて口を開いたとき、健太の中で何かが変わった気がした。たぶん、「現実」という言葉の定義が、少しだけズレたのだ。

「……いや、待ってくれ。マジで、これ、タダで使っていいの?」

「モニター期間は90日間。その後、返却いただくか、購入をご検討ください。もちろん、購入の義務はありません。ただし、定期的なフィードバックと感想の提供が条件となります」

「感想……ブログに書いてもいい?」

「もちろん。むしろ歓迎いたします。制限は最低限です。ただし、製品の仕様上、内部構造や一部機能の詳細は非公開となります」

 健太は曖昧に頷きながら、心の中で叫んでいた。

(これ、人生最大のネタじゃん……!)

 彼はその日から「作家」ではなく、「記録者」になるのだと、まだ自覚していなかった。ノアがもたらすものが、単なる生活の快適さではないことも──。

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