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入れ替わった二人
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日曜日の午前、窓から差し込む光に渚は目を細めた。前日の夜、机の引き出しに仕舞ったはずのあの黒いノートが気になって仕方がなかった。ページに書かれた「二人の名前を記せば、性別が入れ替わる」という文。冗談とわかっていながらも、心臓が妙にざわつく。
「……本当に、やってみる?」
鏡の前でつぶやく声は、自分でも驚くほど震えていた。
正午前、チャイムが鳴る。玄関を開けると、ラフなパーカー姿の優斗が立っていた。
「急に呼び出して、何の用だよ」
「ちょっと、見せたいものがあるの」
部屋に通すと、机の上にノートを置いた。優斗は眉をひそめて、それをめくる。
「……なんだこれ。怪しいな」
「怪しいでしょ。でもね、本当に入れ替わるかもしれないんだよ」
「ははっ。渚、まさか信じてんの?」
呆れ笑いしながらも、優斗はノートから目を離せなかった。渚も不安と期待に揺れながら言った。
「信じるっていうか……試してみたくない?」
一瞬の沈黙。やがて優斗が肩をすくめる。
「まあ、暇だしな。やってみるか」
二人は鉛筆を持ち、渚は「山本渚」と書き、優斗もその隣に「佐伯優斗」と書き込んだ。書き終えた瞬間、ノートが微かに光ったように見えた。
次の瞬間、視界がゆがみ、身体が重くなる感覚が走った。
「――え?」
声が低い。目の前にいるのは、自分と同じ顔をした「渚」だった。
「ちょ、ちょっと待って! これ、優斗?」
「……お前、渚か? マジで入れ替わってるじゃん!」
二人は慌てて鏡の前に立った。そこには、優斗の体に宿った渚と、渚の体に宿った優斗が映っていた。
「うわ……本当に背高い……」
「俺の声、こんなに高いのかよ……」
しばらく互いを見つめては大騒ぎし、ぎこちなく動きを確かめ合った。けれど部屋の中だけでは物足りず、外に出ようという話になった。
「外? この状態で?」
「だって、せっかくなんだから試してみようよ!」
渚の体を借りている優斗は渋々頷いた。二人は着替えを済ませて外へ。
駅前のショッピングモールは休日らしく賑わっていた。すれ違う人々が何気なくこちらを見るたび、二人は内心で冷や汗をかく。
「おい渚、歩き方が変だぞ。ガニ股すぎる」
「え、そんなことないよ! あ、でも今は私、優斗なんだっけ……」
「そうだ。もっと堂々と歩け。……逆に俺は、足運びが小さすぎるって」
「女の子なんだから、自然に見えるんじゃない?」
からかわれて優斗は頬を赤くした。
モールに入ると、渚(中身は優斗)が服屋の前で立ち止まった。
「なあ、せっかくだから俺の体に似合う服、選んでみろよ」
「えっ、私が? じゃあ……このスカート!」
「ちょ、マジかよ!?」
試着室に押し込まれた優斗は、しぶしぶスカートを身につけて出てきた。渚は大爆笑。
「かわいい! ほら、全然似合ってるよ!」
「絶対からかってるだろ……」
ぎこちなく店を出た後は、フードコートで軽食をとることにした。注文カウンターで渚(優斗の体)は声を出すのをためらった。
「……すみません、コーラひとつ」
低い声が自分のものではない気がして、何度も違和感に襲われる。
席に着くと、二人は笑い合いながらも、ふと静かになった。
「なあ渚……これ、いつまで続くんだろうな」
「さあ……でも、ちょっと楽しいでしょ?」
「まあ……普段気づかないこと、いっぱいあるな」
優斗がそう言ったとき、渚は胸の奥が温かくなるのを感じた。入れ替わったことで見えた新しい景色。それは不思議と心を近づけていた。
夕暮れ、二人は渚の部屋に戻った。再びノートを開き、もう一度名前を書き込むと、体は元に戻った。
「……はあ、やっと戻った」
「ねえ、またやってみようよ」
「お前、本気で言ってるのか?」
渚は笑った。入れ替わりの不思議さよりも、優斗と一緒に過ごしたぎこちない一日が、何より楽しかったからだ。
「……本当に、やってみる?」
鏡の前でつぶやく声は、自分でも驚くほど震えていた。
正午前、チャイムが鳴る。玄関を開けると、ラフなパーカー姿の優斗が立っていた。
「急に呼び出して、何の用だよ」
「ちょっと、見せたいものがあるの」
部屋に通すと、机の上にノートを置いた。優斗は眉をひそめて、それをめくる。
「……なんだこれ。怪しいな」
「怪しいでしょ。でもね、本当に入れ替わるかもしれないんだよ」
「ははっ。渚、まさか信じてんの?」
呆れ笑いしながらも、優斗はノートから目を離せなかった。渚も不安と期待に揺れながら言った。
「信じるっていうか……試してみたくない?」
一瞬の沈黙。やがて優斗が肩をすくめる。
「まあ、暇だしな。やってみるか」
二人は鉛筆を持ち、渚は「山本渚」と書き、優斗もその隣に「佐伯優斗」と書き込んだ。書き終えた瞬間、ノートが微かに光ったように見えた。
次の瞬間、視界がゆがみ、身体が重くなる感覚が走った。
「――え?」
声が低い。目の前にいるのは、自分と同じ顔をした「渚」だった。
「ちょ、ちょっと待って! これ、優斗?」
「……お前、渚か? マジで入れ替わってるじゃん!」
二人は慌てて鏡の前に立った。そこには、優斗の体に宿った渚と、渚の体に宿った優斗が映っていた。
「うわ……本当に背高い……」
「俺の声、こんなに高いのかよ……」
しばらく互いを見つめては大騒ぎし、ぎこちなく動きを確かめ合った。けれど部屋の中だけでは物足りず、外に出ようという話になった。
「外? この状態で?」
「だって、せっかくなんだから試してみようよ!」
渚の体を借りている優斗は渋々頷いた。二人は着替えを済ませて外へ。
駅前のショッピングモールは休日らしく賑わっていた。すれ違う人々が何気なくこちらを見るたび、二人は内心で冷や汗をかく。
「おい渚、歩き方が変だぞ。ガニ股すぎる」
「え、そんなことないよ! あ、でも今は私、優斗なんだっけ……」
「そうだ。もっと堂々と歩け。……逆に俺は、足運びが小さすぎるって」
「女の子なんだから、自然に見えるんじゃない?」
からかわれて優斗は頬を赤くした。
モールに入ると、渚(中身は優斗)が服屋の前で立ち止まった。
「なあ、せっかくだから俺の体に似合う服、選んでみろよ」
「えっ、私が? じゃあ……このスカート!」
「ちょ、マジかよ!?」
試着室に押し込まれた優斗は、しぶしぶスカートを身につけて出てきた。渚は大爆笑。
「かわいい! ほら、全然似合ってるよ!」
「絶対からかってるだろ……」
ぎこちなく店を出た後は、フードコートで軽食をとることにした。注文カウンターで渚(優斗の体)は声を出すのをためらった。
「……すみません、コーラひとつ」
低い声が自分のものではない気がして、何度も違和感に襲われる。
席に着くと、二人は笑い合いながらも、ふと静かになった。
「なあ渚……これ、いつまで続くんだろうな」
「さあ……でも、ちょっと楽しいでしょ?」
「まあ……普段気づかないこと、いっぱいあるな」
優斗がそう言ったとき、渚は胸の奥が温かくなるのを感じた。入れ替わったことで見えた新しい景色。それは不思議と心を近づけていた。
夕暮れ、二人は渚の部屋に戻った。再びノートを開き、もう一度名前を書き込むと、体は元に戻った。
「……はあ、やっと戻った」
「ねえ、またやってみようよ」
「お前、本気で言ってるのか?」
渚は笑った。入れ替わりの不思議さよりも、優斗と一緒に過ごしたぎこちない一日が、何より楽しかったからだ。
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