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不思議なカラオケ
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放課後、夕焼けに染まる商店街を抜けて、渚と優斗は並んで歩いていた。テストも部活もない穏やかな金曜日。二人の足は自然と駅前のカラオケボックスへと向かっていた。
「久しぶりだね、カラオケ行くの」
「だな。最後に行ったの、夏休みだったか?」
「うん。今日こそ優斗にちゃんと歌わせるんだから」
笑いながら受付を済ませ、二人は小さな個室に入る。壁にはネオンの光が反射し、リモコンのディスプレイが虹色に瞬いている。ジュースを取り分けて乾杯すると、渚が早速リモコンを手にした。
「まずは私から!」
明るいポップソングが流れ出す。渚の声は軽やかで、音程は少し外れても楽しそうに歌うその姿に、優斗は思わず笑みをこぼした。
「なかなかノってるじゃん」
「でしょ? 優斗も早く歌って!」
「俺は聞いてるだけでいいよ」
「もう! いつもそう言うじゃん!」
渚はぷくっと頬を膨らませ、リモコンを優斗に差し出す。結局、押し負けた優斗がロックバンドの定番曲を選び、少し照れくさそうに歌い始めた。
低く響く声。音程は正確で、渚は思わず拍手をした。
「すごい、優斗、上手じゃん!」
「いや、普通だよ。お前が盛り上げすぎなんだって」
そんな他愛ないやり取りが続いたあと、ジュースを飲みながら渚がふとつぶやいた。
「ねえ、私、男性ボーカルの曲も歌ってみたいな」
「お、挑戦か?」
「うん。でも高い声ばっかりだから、低い音が出ないんだよね……」
その瞬間、渚の目がきらりと光る。机の上には、昼間からずっと鞄に入っていたあの黒いノート。
「ねえ、優斗。ちょっと試してみようか」
「……まさか」
「そう、その“まさか”!」
半分冗談のつもりで、二人はまた名前を書き込んだ。
「山本渚」「佐伯優斗」。
目を閉じた瞬間、世界がぐるりと回転し、心臓が一拍遅れて跳ねた。開けた目の先には、自分と同じ顔の“もう一人”がいる。
「……うわ、また成功した」
「ちょ、ほんとに入れ替わってる!?」
二人は顔を見合わせ、思わず笑った。
「よーし、じゃあ今度こそ男性ボーカル歌ってみる!」
渚(中身は優斗)はリモコンを操作し、勇ましいロックナンバーを選ぶ。だがイントロが流れ、マイクを握る手が震え始める。
「えっと……♪おれは~……えっ、出ない!?」
音程が迷子になり、リズムもずれていく。渚の体では低音が思うように出ず、声が裏返るたびに優斗(中身は渚)はお腹を抱えて笑った。
「や、やめてよ優斗! 笑わないでってば!」
「ごめん、でも、めっちゃ変な声出てる!」
結局曲の途中でマイクを下ろし、渚(優斗)は肩を落とした。
「だめだな……渚の体じゃロック無理だ」
「じゃあ、次は私の番ね」
渚の体に入った優斗がリモコンを取り、今度は女性シンガーのバラードを選ぶ。イントロが流れ、彼が静かに歌い出すと――
その声は驚くほど柔らかく、澄んでいた。
「♪ねえ、どうして泣いてしまうの……」
まるで本物の女性ボーカルのように、音の一つひとつが丁寧で、渚(優斗の体)は思わず息を呑んだ。
「え、優斗……上手すぎ……」
「なんか、この体だと自然に声が出るんだよな」
曲が終わると、渚は興奮気味にリモコンを奪った。
「もう一曲! 次はこれ歌って!」
「え、また? 喉乾くぞ」
「いいから! これ絶対合うって!」
次々と女性ボーカルの曲が選ばれる。優斗は渚の体で、バラードからアイドルソング、アニメの主題歌まで、見事に歌いこなしていく。
「やばい、私の体の方が歌うまくない!?」
「……お前の言い方な」
笑いながらも、二人の間に漂う空気は軽やかで、どこかあたたかい。
最後の曲が終わると、優斗(渚の姿)はマイクを置いて息をついた。
「ふぅ……楽しかったけど、なんか不思議な気分だな」
「ね。声って、体の一部なんだね」
静まり返った部屋に、エアコンの音だけが残る。窓の外では夕暮れの光がゆっくりと沈み、二人の影を重ね合わせた。
渚(優斗の体)は、少し恥ずかしそうに笑った。
「またやりたいね、こういうの」
優斗(渚の体)は頷きながら、いつもの照れ隠しのように言う。
「今度は、お前の体でもうちょっと練習してからな」
二人の笑い声が小さな部屋に響き、夜の街に溶けていった。
「久しぶりだね、カラオケ行くの」
「だな。最後に行ったの、夏休みだったか?」
「うん。今日こそ優斗にちゃんと歌わせるんだから」
笑いながら受付を済ませ、二人は小さな個室に入る。壁にはネオンの光が反射し、リモコンのディスプレイが虹色に瞬いている。ジュースを取り分けて乾杯すると、渚が早速リモコンを手にした。
「まずは私から!」
明るいポップソングが流れ出す。渚の声は軽やかで、音程は少し外れても楽しそうに歌うその姿に、優斗は思わず笑みをこぼした。
「なかなかノってるじゃん」
「でしょ? 優斗も早く歌って!」
「俺は聞いてるだけでいいよ」
「もう! いつもそう言うじゃん!」
渚はぷくっと頬を膨らませ、リモコンを優斗に差し出す。結局、押し負けた優斗がロックバンドの定番曲を選び、少し照れくさそうに歌い始めた。
低く響く声。音程は正確で、渚は思わず拍手をした。
「すごい、優斗、上手じゃん!」
「いや、普通だよ。お前が盛り上げすぎなんだって」
そんな他愛ないやり取りが続いたあと、ジュースを飲みながら渚がふとつぶやいた。
「ねえ、私、男性ボーカルの曲も歌ってみたいな」
「お、挑戦か?」
「うん。でも高い声ばっかりだから、低い音が出ないんだよね……」
その瞬間、渚の目がきらりと光る。机の上には、昼間からずっと鞄に入っていたあの黒いノート。
「ねえ、優斗。ちょっと試してみようか」
「……まさか」
「そう、その“まさか”!」
半分冗談のつもりで、二人はまた名前を書き込んだ。
「山本渚」「佐伯優斗」。
目を閉じた瞬間、世界がぐるりと回転し、心臓が一拍遅れて跳ねた。開けた目の先には、自分と同じ顔の“もう一人”がいる。
「……うわ、また成功した」
「ちょ、ほんとに入れ替わってる!?」
二人は顔を見合わせ、思わず笑った。
「よーし、じゃあ今度こそ男性ボーカル歌ってみる!」
渚(中身は優斗)はリモコンを操作し、勇ましいロックナンバーを選ぶ。だがイントロが流れ、マイクを握る手が震え始める。
「えっと……♪おれは~……えっ、出ない!?」
音程が迷子になり、リズムもずれていく。渚の体では低音が思うように出ず、声が裏返るたびに優斗(中身は渚)はお腹を抱えて笑った。
「や、やめてよ優斗! 笑わないでってば!」
「ごめん、でも、めっちゃ変な声出てる!」
結局曲の途中でマイクを下ろし、渚(優斗)は肩を落とした。
「だめだな……渚の体じゃロック無理だ」
「じゃあ、次は私の番ね」
渚の体に入った優斗がリモコンを取り、今度は女性シンガーのバラードを選ぶ。イントロが流れ、彼が静かに歌い出すと――
その声は驚くほど柔らかく、澄んでいた。
「♪ねえ、どうして泣いてしまうの……」
まるで本物の女性ボーカルのように、音の一つひとつが丁寧で、渚(優斗の体)は思わず息を呑んだ。
「え、優斗……上手すぎ……」
「なんか、この体だと自然に声が出るんだよな」
曲が終わると、渚は興奮気味にリモコンを奪った。
「もう一曲! 次はこれ歌って!」
「え、また? 喉乾くぞ」
「いいから! これ絶対合うって!」
次々と女性ボーカルの曲が選ばれる。優斗は渚の体で、バラードからアイドルソング、アニメの主題歌まで、見事に歌いこなしていく。
「やばい、私の体の方が歌うまくない!?」
「……お前の言い方な」
笑いながらも、二人の間に漂う空気は軽やかで、どこかあたたかい。
最後の曲が終わると、優斗(渚の姿)はマイクを置いて息をついた。
「ふぅ……楽しかったけど、なんか不思議な気分だな」
「ね。声って、体の一部なんだね」
静まり返った部屋に、エアコンの音だけが残る。窓の外では夕暮れの光がゆっくりと沈み、二人の影を重ね合わせた。
渚(優斗の体)は、少し恥ずかしそうに笑った。
「またやりたいね、こういうの」
優斗(渚の体)は頷きながら、いつもの照れ隠しのように言う。
「今度は、お前の体でもうちょっと練習してからな」
二人の笑い声が小さな部屋に響き、夜の街に溶けていった。
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