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アイドルなる?
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夜風が少し冷たくなり始めた帰り道。街のネオンが光を落とし、アスファルトに二人の影を並べていた。カラオケボックスを出てから、渚と優斗は並んで歩いている。手にはそれぞれ自販機で買った温かい缶ココア。
カラオケの熱気がまだ残っていて、渚の頬はほんのり赤い。
「ねえ、優斗」
「ん?」
「さっきの歌、ほんとにすごかったよ。私の体であんなに上手に歌えるなんて思わなかった!」
渚が嬉しそうに言うと、優斗は少し照れくさそうに笑って頭をかいた。
「いや、なんか勝手に声が出る感じだったんだよ。お前の喉、すげぇな」
「ふふっ。じゃあさ、もういっそ――」
渚は立ち止まり、にやりと笑って言った。
「優斗、私と入れ替わってアイドルになればいいんじゃない?」
「……は?」
優斗が振り向く。街灯の下、渚の顔はいたずらっぽく光っていた。
「だって、歌うまいし、見た目だって悪くないし! 私の体でステージ立ったら絶対人気出るよ。ね? “山本渚”としてデビュー!」
「おいおい、勝手に俺を使って売り出すなよ」
「いいじゃん。私も応援するから!」
「応援!?」
優斗はあきれたように笑い、缶を傾けて一口飲んだ。
「何で俺がお前になってアイドルやんなきゃいけないんだよ」
「えーだって、楽しそうじゃん? ライブとか出て、ファンの子たちに囲まれて、“渚ちゃん可愛い!”って言われるの。想像しただけでワクワクするでしょ?」
「全然しねぇよ!」
優斗は即答し、歩幅を早めた。渚は笑いながら追いかける。
「でもさ、優斗がステージで歌ってるところ、私、本気で応援すると思う。だって、昨日も今日も見てて思ったけど――」
彼女は少し真面目な声になる。
「優斗って、ちゃんと本気出すとすごいんだもん。歌も上手いし、声もきれいだし、姿勢とかもかっこよかった」
優斗は足を止め、振り返る。
「……渚、褒めすぎ。気持ち悪い」
「ほんとだよ! 私、優斗がアイドルになったら全力で推すもん!」
渚は両手を広げ、勢いよく言う。その姿が子どもみたいで、優斗は思わず笑ってしまった。
「お前なぁ……そんなこと言うけど、もし俺が本当にお前としてステージに立ったら、ファンにバレるだろ。動きとか絶対ぎこちないし」
「そこは練習でカバー!」
「簡単に言うなよ」
「でも、歌だけはほんとに良かったよ。私の体で歌ってるのに、ちゃんと“私の声”になってた。なんか、私が私じゃなくなったみたいで……でも、ちょっと羨ましかった」
渚は言葉を切り、ココアの缶を両手で包んだ。
「私もさ、歌うの好きだけど、あんなふうに堂々と歌えないんだよね。優斗が中にいたときの“私”は、すごくキラキラしてた」
その言葉に、優斗は少し戸惑うように頭を掻いた。
「いや、それは……お前の体がちゃんとしてたからだろ。俺、何もしてないよ」
「ううん。中身が優斗だったからだよ。私、自分の声であんなに素敵な歌になるなんて思わなかったもん」
渚の声は優しく、どこか本気だった。優斗は目をそらし、空を見上げる。街の灯が滲んで見えた。
「……お前だって可愛いし、歌も上手いし、自分でアイドルになればいいじゃん」
「え?」
渚は一瞬きょとんとする。優斗の言葉は、照れくさそうで、それでもどこかまっすぐだった。
「俺がやる必要ねぇだろ。お前がステージに立ったら、それで十分だ」
「……優斗、今、ちゃんと褒めた?」
「ちょっとだけな」
渚はふっと笑って、隣に並び直した。
「そっか。じゃあ、もし私がアイドルになったら、優斗がファン第一号ね」
「はいはい、チケット代はまけてくれよ」
「ダメ。最前列の指定席、ちゃんと買ってもらうんだから!」
二人の笑い声が夜道に響く。通り過ぎる車のライトが一瞬、二人の横顔を照らした。
渚は空を見上げながら小さくつぶやく。
「……でもさ、入れ替わってなかったら、こんな話もしなかったかもね」
「そうかもな」
「ちょっとだけ不思議だね。自分が違う自分になると、相手のことも違うふうに見える」
優斗は黙って頷き、ココアの缶を握り直した。
「なあ、渚」
「ん?」
「もう二度とノートは使わないほうがいいかもな」
「え、どうして?」
「お前が俺になると、俺の歌より上手くなりそうだから」
「それ、どういう意味!?」
「冗談だよ」
笑いながら歩く二人の間には、夜風が優しく吹き抜けた。
カラオケでの余韻と、少し照れくさい言葉の残響が、しばらく消えないまま、街の灯の中に溶けていった。
カラオケの熱気がまだ残っていて、渚の頬はほんのり赤い。
「ねえ、優斗」
「ん?」
「さっきの歌、ほんとにすごかったよ。私の体であんなに上手に歌えるなんて思わなかった!」
渚が嬉しそうに言うと、優斗は少し照れくさそうに笑って頭をかいた。
「いや、なんか勝手に声が出る感じだったんだよ。お前の喉、すげぇな」
「ふふっ。じゃあさ、もういっそ――」
渚は立ち止まり、にやりと笑って言った。
「優斗、私と入れ替わってアイドルになればいいんじゃない?」
「……は?」
優斗が振り向く。街灯の下、渚の顔はいたずらっぽく光っていた。
「だって、歌うまいし、見た目だって悪くないし! 私の体でステージ立ったら絶対人気出るよ。ね? “山本渚”としてデビュー!」
「おいおい、勝手に俺を使って売り出すなよ」
「いいじゃん。私も応援するから!」
「応援!?」
優斗はあきれたように笑い、缶を傾けて一口飲んだ。
「何で俺がお前になってアイドルやんなきゃいけないんだよ」
「えーだって、楽しそうじゃん? ライブとか出て、ファンの子たちに囲まれて、“渚ちゃん可愛い!”って言われるの。想像しただけでワクワクするでしょ?」
「全然しねぇよ!」
優斗は即答し、歩幅を早めた。渚は笑いながら追いかける。
「でもさ、優斗がステージで歌ってるところ、私、本気で応援すると思う。だって、昨日も今日も見てて思ったけど――」
彼女は少し真面目な声になる。
「優斗って、ちゃんと本気出すとすごいんだもん。歌も上手いし、声もきれいだし、姿勢とかもかっこよかった」
優斗は足を止め、振り返る。
「……渚、褒めすぎ。気持ち悪い」
「ほんとだよ! 私、優斗がアイドルになったら全力で推すもん!」
渚は両手を広げ、勢いよく言う。その姿が子どもみたいで、優斗は思わず笑ってしまった。
「お前なぁ……そんなこと言うけど、もし俺が本当にお前としてステージに立ったら、ファンにバレるだろ。動きとか絶対ぎこちないし」
「そこは練習でカバー!」
「簡単に言うなよ」
「でも、歌だけはほんとに良かったよ。私の体で歌ってるのに、ちゃんと“私の声”になってた。なんか、私が私じゃなくなったみたいで……でも、ちょっと羨ましかった」
渚は言葉を切り、ココアの缶を両手で包んだ。
「私もさ、歌うの好きだけど、あんなふうに堂々と歌えないんだよね。優斗が中にいたときの“私”は、すごくキラキラしてた」
その言葉に、優斗は少し戸惑うように頭を掻いた。
「いや、それは……お前の体がちゃんとしてたからだろ。俺、何もしてないよ」
「ううん。中身が優斗だったからだよ。私、自分の声であんなに素敵な歌になるなんて思わなかったもん」
渚の声は優しく、どこか本気だった。優斗は目をそらし、空を見上げる。街の灯が滲んで見えた。
「……お前だって可愛いし、歌も上手いし、自分でアイドルになればいいじゃん」
「え?」
渚は一瞬きょとんとする。優斗の言葉は、照れくさそうで、それでもどこかまっすぐだった。
「俺がやる必要ねぇだろ。お前がステージに立ったら、それで十分だ」
「……優斗、今、ちゃんと褒めた?」
「ちょっとだけな」
渚はふっと笑って、隣に並び直した。
「そっか。じゃあ、もし私がアイドルになったら、優斗がファン第一号ね」
「はいはい、チケット代はまけてくれよ」
「ダメ。最前列の指定席、ちゃんと買ってもらうんだから!」
二人の笑い声が夜道に響く。通り過ぎる車のライトが一瞬、二人の横顔を照らした。
渚は空を見上げながら小さくつぶやく。
「……でもさ、入れ替わってなかったら、こんな話もしなかったかもね」
「そうかもな」
「ちょっとだけ不思議だね。自分が違う自分になると、相手のことも違うふうに見える」
優斗は黙って頷き、ココアの缶を握り直した。
「なあ、渚」
「ん?」
「もう二度とノートは使わないほうがいいかもな」
「え、どうして?」
「お前が俺になると、俺の歌より上手くなりそうだから」
「それ、どういう意味!?」
「冗談だよ」
笑いながら歩く二人の間には、夜風が優しく吹き抜けた。
カラオケでの余韻と、少し照れくさい言葉の残響が、しばらく消えないまま、街の灯の中に溶けていった。
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