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消えたノート
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朝の光がカーテンの隙間から差し込み、鳥の鳴き声が遠くで聞こえる。優斗は目を開けた瞬間、違和感に包まれた。
視界に映るのは、見慣れた自分の部屋ではない。壁に貼られたアイドルポスター、机の上に並ぶヘアゴムとリップクリーム。枕元のぬいぐるみの目がこちらを見ている。
「……おいおい、マジかよ」
反射的に声を出すと、柔らかく高いトーンが部屋に響いた。まぎれもなく、渚の声だ。
「また……入れ替わってる!?」
寝ぼけているのかと思い、両手で頬を叩いてみる。頬の感触も細い指も、自分のものではない。焦りが込み上げる。布団を跳ねのけ、鏡の前に立つと、そこにはパジャマ姿の“山本渚”がいた。
「うわ、なんでだよ……渚がノートを使ったのか?」
ため息をつきながら、渚の部屋のジャージを引っ張り出し、慣れない手つきで着替える。部屋を出る前に鏡をもう一度確認し、苦笑した。
「……これ、バレたらどう説明すりゃいいんだ」
玄関の扉を開けると、朝の風がひやりと肌を撫でた。向かいの家――佐伯優斗の家。つまり、優斗になった渚がいるはずだ。
人目を避けながら、道路を渡り、インターホンを押す。
中からバタバタと足音がして、ドアが少しだけ開いた。寝癖のついた“優斗”が顔を出す。
「……渚?」
「優斗?」
「えっ、また!? なんで!?」
渚(中身は優斗)は玄関先で立ち尽くしたまま、目を丸くした。
「渚、お前、ノートに『入れ替わる』って書いたのか?」
「え? 書いてないよ! ノート、机の引き出しにしまったまま――」
「でも、どこ探してもノートなかったぞ」
二人は顔を見合わせ、沈黙する。
「……消えた?」
「まさか。あのノート、勝手に動くわけないだろ」
「でも現に、入れ替わってるし!」
半分寝起きのまま騒ぐ二人。結局、ノートがどこにも見つからないことを確認して、仕方なく登校することにした。
「とりあえず、今日一日このままで行くしかないな」
「えぇ……また私の体で学校行くの? 男子トイレとか入らないでよ!」
「わかってるって!」
そんな言い合いをしながら、二人は家を出た。
登校路には朝の光が差し、通学途中の生徒たちが談笑している。優斗(渚の姿)は慣れないスカートの裾を気にしながら歩き、渚(優斗の姿)はポケットに手を突っ込んで少し前を歩く。
「なあ、渚」
「なに?」
「このまま戻れなかったらどうする?」
「そ、そんなこと考えないでよ……!」
渚は思わず優斗の肩を叩いた。彼の体を叩く感覚が妙にリアルで、胸がざわつく。
「でもさ、昨日あれだけ話してたじゃん。入れ替わっても中身が自分なら大丈夫だって」
「……それは言ったけど、こう何回も続くと怖いよ」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
学校の正門が見えてくる。制服姿の生徒たちが続々と集まり、いつもの朝の光景が広がる。けれど、渚と優斗にとっては、まるで違う世界の入口のようだった。
「……とりあえず、バレないようにしよう。今日の目標はそれだ」
「了解。っていうか優斗、ちゃんと私っぽくしてよ?」
「へいへい。……で、お前は俺っぽくな」
渚(優斗の姿)は苦笑しながら頷いた。二人はそれぞれ深呼吸し、校門をくぐる。
どこかで、風がノートのページをめくるような音がした気がした。
けれどその“ノート”は、まだどこにも見つからないままだった。
視界に映るのは、見慣れた自分の部屋ではない。壁に貼られたアイドルポスター、机の上に並ぶヘアゴムとリップクリーム。枕元のぬいぐるみの目がこちらを見ている。
「……おいおい、マジかよ」
反射的に声を出すと、柔らかく高いトーンが部屋に響いた。まぎれもなく、渚の声だ。
「また……入れ替わってる!?」
寝ぼけているのかと思い、両手で頬を叩いてみる。頬の感触も細い指も、自分のものではない。焦りが込み上げる。布団を跳ねのけ、鏡の前に立つと、そこにはパジャマ姿の“山本渚”がいた。
「うわ、なんでだよ……渚がノートを使ったのか?」
ため息をつきながら、渚の部屋のジャージを引っ張り出し、慣れない手つきで着替える。部屋を出る前に鏡をもう一度確認し、苦笑した。
「……これ、バレたらどう説明すりゃいいんだ」
玄関の扉を開けると、朝の風がひやりと肌を撫でた。向かいの家――佐伯優斗の家。つまり、優斗になった渚がいるはずだ。
人目を避けながら、道路を渡り、インターホンを押す。
中からバタバタと足音がして、ドアが少しだけ開いた。寝癖のついた“優斗”が顔を出す。
「……渚?」
「優斗?」
「えっ、また!? なんで!?」
渚(中身は優斗)は玄関先で立ち尽くしたまま、目を丸くした。
「渚、お前、ノートに『入れ替わる』って書いたのか?」
「え? 書いてないよ! ノート、机の引き出しにしまったまま――」
「でも、どこ探してもノートなかったぞ」
二人は顔を見合わせ、沈黙する。
「……消えた?」
「まさか。あのノート、勝手に動くわけないだろ」
「でも現に、入れ替わってるし!」
半分寝起きのまま騒ぐ二人。結局、ノートがどこにも見つからないことを確認して、仕方なく登校することにした。
「とりあえず、今日一日このままで行くしかないな」
「えぇ……また私の体で学校行くの? 男子トイレとか入らないでよ!」
「わかってるって!」
そんな言い合いをしながら、二人は家を出た。
登校路には朝の光が差し、通学途中の生徒たちが談笑している。優斗(渚の姿)は慣れないスカートの裾を気にしながら歩き、渚(優斗の姿)はポケットに手を突っ込んで少し前を歩く。
「なあ、渚」
「なに?」
「このまま戻れなかったらどうする?」
「そ、そんなこと考えないでよ……!」
渚は思わず優斗の肩を叩いた。彼の体を叩く感覚が妙にリアルで、胸がざわつく。
「でもさ、昨日あれだけ話してたじゃん。入れ替わっても中身が自分なら大丈夫だって」
「……それは言ったけど、こう何回も続くと怖いよ」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
学校の正門が見えてくる。制服姿の生徒たちが続々と集まり、いつもの朝の光景が広がる。けれど、渚と優斗にとっては、まるで違う世界の入口のようだった。
「……とりあえず、バレないようにしよう。今日の目標はそれだ」
「了解。っていうか優斗、ちゃんと私っぽくしてよ?」
「へいへい。……で、お前は俺っぽくな」
渚(優斗の姿)は苦笑しながら頷いた。二人はそれぞれ深呼吸し、校門をくぐる。
どこかで、風がノートのページをめくるような音がした気がした。
けれどその“ノート”は、まだどこにも見つからないままだった。
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