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ノーメイクは無理!
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「ちょっ、無理無理無理無理……! このままじゃ会社行けない……!」
純は上杉拓也の体を動かしながら、彼のクローゼットを慌ただしく開け、シャツとスラックスを引っ張り出していた。男性用のシャツを着るのは人生初だったが、そんなこと言っていられない。何より問題なのは、純になった拓也が、今、何の知識もないまま純の体を持て余していることだ。
「化粧、してないんだよね……やばい!すっぴんで行ったら大変だ……!」
LINEを慌てて開く。
純(拓也の体):「ちょっと待っててください! 今から行きます! メイクします!!」
拓也(純の体):「えっ!? え、来るの? こっちに?」
純:「直ぐ行きます! メイク道具もあるし! あと髪も自分で結ばないと変になるから!」
既読がついてすぐ「了解」とだけ返信が来た。短文のわりに、動揺と信頼が入り混じっている感じがして、少しだけ心が落ち着いた。
ネクタイをなんとか締めて、純(中身は拓也)は上杉の家を飛び出した。男性の脚の長さと歩幅にまだ慣れないまま、エレベーターを待つのももどかしく階段を駆け下りてタイミングよく通りかかったタクシーに飛び乗った。
30分後──。
「はぁっ……はぁっ……来ました!」
インターホンを連打しながら、玄関のドアが開くのを待つ。中から恐る恐る顔を覗かせたのは、自分の顔。つまり、上杉拓也(中身は純)だった。部屋着のままで髪は寝癖がついており、顔は完全にすっぴん。
「……すごい違和感しかないんですけど……」
「私もです……ていうか、これ、近所の人に見られたら完全に『朝から男が来てる』案件ですよ!? どうしてくれるんですか!」
「いや、それこっちのセリフですから!」
妙なテンションのまま室内に入ると、自分の部屋なのに“他人の視点”で見ることになり、どこか落ち着かない。
「……とりあえず、座って。動かないでください。顔、ちゃんと見せて」
「……はい……」
恐る恐るソファに座ると、純は化粧ポーチを広げ、手早く作業に取りかかった。リキッドファンデを取り、下地を塗り、眉を描き自分の“顔”を慣れた手付きで整えていく。
純の体の拓也は固まったまま、されるがままだ。
「こんなに自分の顔って……他人の手で整えられると、緊張するんですね……」
「他人じゃないです、私です。……あ、目、閉じてください。まつげ上げます」
「え、ちょ、怖い怖い、ビューラー怖いって……!」
「大丈夫ですって。私が毎朝やってるんですから。信じてください」
「う……わかりました……」
思わずまぶたをぎゅっと閉じる拓也。ビューラーがまつげを挟む音。思っていたよりずっとソフトな手の動きに、少しずつ力が抜けていく。
「……でも、なんか不思議ですね」
「何がです?」
「こうしてメイクされてると、自分のことを他人が丁寧に扱ってくれてるみたいで、ちょっと……いや、かなり変な気分です」
「私の体なんですから、丁寧に扱ってくださいよ」
二人は視線を合わせることなく、けれどどこか照れくさそうに笑った。外はもう出勤の時間が迫っている。けれどこの奇妙な“朝の支度”の時間が、少しだけ特別なものに思えた。
「はい、完成。これなら、たぶん誰にも気づかれません」
「……すごい、いつもの顔だ……ていうか、すごいな純さん。毎朝こんなに手間かけてたんですね」
「はい。でも、あなたが言うとなんか変な感じです」
小さく笑い合うふたり。
奇妙で不便で、けれど今までより少しだけ心の距離が近くなったような気がした。
この朝が、二人の関係を変える、最初の一歩だった。
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純は上杉拓也の体を動かしながら、彼のクローゼットを慌ただしく開け、シャツとスラックスを引っ張り出していた。男性用のシャツを着るのは人生初だったが、そんなこと言っていられない。何より問題なのは、純になった拓也が、今、何の知識もないまま純の体を持て余していることだ。
「化粧、してないんだよね……やばい!すっぴんで行ったら大変だ……!」
LINEを慌てて開く。
純(拓也の体):「ちょっと待っててください! 今から行きます! メイクします!!」
拓也(純の体):「えっ!? え、来るの? こっちに?」
純:「直ぐ行きます! メイク道具もあるし! あと髪も自分で結ばないと変になるから!」
既読がついてすぐ「了解」とだけ返信が来た。短文のわりに、動揺と信頼が入り混じっている感じがして、少しだけ心が落ち着いた。
ネクタイをなんとか締めて、純(中身は拓也)は上杉の家を飛び出した。男性の脚の長さと歩幅にまだ慣れないまま、エレベーターを待つのももどかしく階段を駆け下りてタイミングよく通りかかったタクシーに飛び乗った。
30分後──。
「はぁっ……はぁっ……来ました!」
インターホンを連打しながら、玄関のドアが開くのを待つ。中から恐る恐る顔を覗かせたのは、自分の顔。つまり、上杉拓也(中身は純)だった。部屋着のままで髪は寝癖がついており、顔は完全にすっぴん。
「……すごい違和感しかないんですけど……」
「私もです……ていうか、これ、近所の人に見られたら完全に『朝から男が来てる』案件ですよ!? どうしてくれるんですか!」
「いや、それこっちのセリフですから!」
妙なテンションのまま室内に入ると、自分の部屋なのに“他人の視点”で見ることになり、どこか落ち着かない。
「……とりあえず、座って。動かないでください。顔、ちゃんと見せて」
「……はい……」
恐る恐るソファに座ると、純は化粧ポーチを広げ、手早く作業に取りかかった。リキッドファンデを取り、下地を塗り、眉を描き自分の“顔”を慣れた手付きで整えていく。
純の体の拓也は固まったまま、されるがままだ。
「こんなに自分の顔って……他人の手で整えられると、緊張するんですね……」
「他人じゃないです、私です。……あ、目、閉じてください。まつげ上げます」
「え、ちょ、怖い怖い、ビューラー怖いって……!」
「大丈夫ですって。私が毎朝やってるんですから。信じてください」
「う……わかりました……」
思わずまぶたをぎゅっと閉じる拓也。ビューラーがまつげを挟む音。思っていたよりずっとソフトな手の動きに、少しずつ力が抜けていく。
「……でも、なんか不思議ですね」
「何がです?」
「こうしてメイクされてると、自分のことを他人が丁寧に扱ってくれてるみたいで、ちょっと……いや、かなり変な気分です」
「私の体なんですから、丁寧に扱ってくださいよ」
二人は視線を合わせることなく、けれどどこか照れくさそうに笑った。外はもう出勤の時間が迫っている。けれどこの奇妙な“朝の支度”の時間が、少しだけ特別なものに思えた。
「はい、完成。これなら、たぶん誰にも気づかれません」
「……すごい、いつもの顔だ……ていうか、すごいな純さん。毎朝こんなに手間かけてたんですね」
「はい。でも、あなたが言うとなんか変な感じです」
小さく笑い合うふたり。
奇妙で不便で、けれど今までより少しだけ心の距離が近くなったような気がした。
この朝が、二人の関係を変える、最初の一歩だった。
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