BODY SWAP

廣瀬純七

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車内の会話

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 「ご、ごめんなさい、ちょっとだけ……トイレ、借りてもいいですか……っ」

 拓也の体の純が、顔を真っ赤にしながら玄関に立ち尽くしていた。肩で息をし、明らかに限界寸前の表情だ。

 「えっ、あ、うん……どうぞ、そっち……!」

 純(体は拓也)は慌てて自分の部屋のトイレを指差した。自分の体が小走りで中に消えていく姿は、シュールすぎて直視できない。

 ──なんかもう、これ、羞恥心とか全部ふっとぶな……。

 数分後、トイレのドアが開くと、拓也の顔で「助かりました……」と深々とお辞儀する純。二人は顔を見合わせて、同時に時計を見る。

 「やばっ! もう出なきゃ遅刻です!!」

 「下、タクシー待たせてます! 早く行きましょう!」

 慌ただしくドアを開け、二人してマンションのエントランスを飛び出す。待機していたタクシーのドアを運転手が開けてくれた。

 「すみません、WAVE ONEの銀座オフィスまでお願いします!」

 後部座席に純(拓也の体)と拓也(純の体)が乗り込むと、タクシーはスムーズに走り出した。

 社内の空気は妙な緊張感に包まれていた。

 「ねえ、あの……さっきのトイレ、大丈夫だった?」

 「う、うん……いや、でも男性の体でトイレ行くのってこんなに複雑なんですね……。手、どう動かしていいか分からなくて……」

 「そ、そうだよね……慣れれば普通なんだけど……」

 「あっ、私の体でのトイレはどうでした?」

 「うっかり立ってしたから大変だったよ。」

 「えっ、立って!? ちゃんと座ってやってくださいね! 私の体ですから!」

 「ご、ごめん! 無意識で……!」 

 「無意識って何!?」

 そのやりとりに、前方の運転手がルームミラーでちらりと後部座席を見た。

 「……あのぉ、おふたり、今のって……なんの話を……?」

 「え、いや! あの! ペットの話です!」

 「そ、そう! うち、オス猫飼ってて、それがトイレのしつけが大変で!」

 「でも立ってやっちゃうんですよね~、うちの猫!」

 「あー、そういうことですかぁ……猫って器用ですね……」

 運転手は不思議そうな顔で再び前を向いたが、その表情には「いや、猫の話じゃないだろ」と書いてあった。

 二人は目を合わせず、ひたすら窓の外を見つめた。

 「……まずいですよね、こういう会話、完全に怪しまれてますよね……」

 「もうだめだ、今日一日どうやって過ごせばいいのか分かりません……」

 「会社、バレないように頑張りましょう。とにかく、“私っぽく”振る舞ってくださいね!」

 「そっちこそ、“俺っぽく”お願いしますよ!」

 運転手がルームミラー越しに、またじっと二人を見た。やっぱり言葉の端々がおかしい。口には出さなかったが、「これはただの同僚じゃないな……」という雰囲気が、車内に妙な静けさをもたらしていた。

 銀座の交差点が近づく頃、運転手はぼそっと呟いた。

 「最近のカップルさんは、仲が良いんだか悪いんだか分からんですねぇ……」

 二人は同時に、「違います!!」と大声で否定した。

 そしてまた、変な空気のままタクシーは会社へと向かっていった。

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