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更衣室
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会社の一角、社員専用の女子更衣室。白いロッカーが並ぶその空間に、出社直後のざわつきが広がっていた。
「はぁ……間に合った……」
純の体に入っている拓也は、ロッカーの前で汗をぬぐいながら、内心で何度も深呼吸していた。スカートの裾を整え、鏡で髪型とメイクを確認する。さっき純本人が自分の顔に手を加えてくれたおかげで、見た目は完璧だった。
ただ、心臓の鼓動だけはどうしても隠せない。
──ここが一番怖いんだよな、女子更衣室……!
ただでさえ未知の空間、しかも自分は男だ。言動を一つでも間違えたら、すぐにバレる。何より「女同士の自然な会話」に、どう入っていいのかまるでわからない。
そんな時だった。
「ねぇ、純~」
不意に背後から声がした。拓也はピクッと肩を跳ねさせる。
「あ……あい、木村さん……おはようございます……」
声のトーンが少し低くなってしまったのに気づき、慌てて咳払いする。
「……おはようございます♪」
「さっきさ、会社の近くの交差点で見たんだけど」
木村愛はニコニコしながら、制服に着替える手を止めずに話しかけてくる。いつもは明るくフレンドリーな同僚──だが、今の拓也には、その視線がやけに鋭く感じられた。
「拓也さんと一緒に歩いてたよね?」
「っ!」
心臓が跳ね上がる。耳の奥がキーンと鳴る。
「え、えっと……?」
「えっと、じゃなくて~。見ちゃったんだもん、二人で信号待ちしてたとこ。あれ? 付き合ってるとか、ないよね?」
木村の笑みは悪気のない無邪気な好奇心だが、それゆえに怖い。下手な返答をすれば、たちまち社内の噂になる。いや、問題はそこじゃない。そもそも今の自分は純であって、拓也じゃない。
──まずい、どう返せば正解なんだこれ。
「……ちが……あの、偶然……、はいっ、偶然、タクシー一緒になっちゃって……!」
噛みながらなんとか言葉を捻り出す。
「へえ~。じゃあ、あれってたまたまなんだ?」
「……たまたまです。たまたま……なんです、多分」
「ふぅん?」
木村は不思議そうな顔で拓也(純)を見つめる。
「なんか今日の純、ちょっと変じゃない? 声もテンションも低いし。風邪とか?」
「い、いえ、大丈夫です! ちょっと寝不足で!」
そう言いながら、着替えの終わった制服のスカートの位置を直しすぎている自分に気づき、慌てて手を引っ込める。
──ダメだ、普段どれくらい直してるのか分かんない!
「まぁいいけど~、無理しないでよ? 拓也さんと話すとき、いつももっと楽しそうじゃん?」
「っ……!!」
その言葉が、不意に心に刺さった。
──彼女は、そういうふうに見えてたんだ。俺と話す“純”の表情を。
「……ありがとう、木村さん。気をつけますね」
なんとか笑顔を作りながら、更衣室を出ようとドアに手をかけた瞬間、背後で木村がつぶやいた。
「やっぱ今日の純、なんかおかしいな~……」
その言葉が、まるで警報のように背中に突き刺さる。
拓也は、そのまま早足で更衣室をあとにした。
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「はぁ……間に合った……」
純の体に入っている拓也は、ロッカーの前で汗をぬぐいながら、内心で何度も深呼吸していた。スカートの裾を整え、鏡で髪型とメイクを確認する。さっき純本人が自分の顔に手を加えてくれたおかげで、見た目は完璧だった。
ただ、心臓の鼓動だけはどうしても隠せない。
──ここが一番怖いんだよな、女子更衣室……!
ただでさえ未知の空間、しかも自分は男だ。言動を一つでも間違えたら、すぐにバレる。何より「女同士の自然な会話」に、どう入っていいのかまるでわからない。
そんな時だった。
「ねぇ、純~」
不意に背後から声がした。拓也はピクッと肩を跳ねさせる。
「あ……あい、木村さん……おはようございます……」
声のトーンが少し低くなってしまったのに気づき、慌てて咳払いする。
「……おはようございます♪」
「さっきさ、会社の近くの交差点で見たんだけど」
木村愛はニコニコしながら、制服に着替える手を止めずに話しかけてくる。いつもは明るくフレンドリーな同僚──だが、今の拓也には、その視線がやけに鋭く感じられた。
「拓也さんと一緒に歩いてたよね?」
「っ!」
心臓が跳ね上がる。耳の奥がキーンと鳴る。
「え、えっと……?」
「えっと、じゃなくて~。見ちゃったんだもん、二人で信号待ちしてたとこ。あれ? 付き合ってるとか、ないよね?」
木村の笑みは悪気のない無邪気な好奇心だが、それゆえに怖い。下手な返答をすれば、たちまち社内の噂になる。いや、問題はそこじゃない。そもそも今の自分は純であって、拓也じゃない。
──まずい、どう返せば正解なんだこれ。
「……ちが……あの、偶然……、はいっ、偶然、タクシー一緒になっちゃって……!」
噛みながらなんとか言葉を捻り出す。
「へえ~。じゃあ、あれってたまたまなんだ?」
「……たまたまです。たまたま……なんです、多分」
「ふぅん?」
木村は不思議そうな顔で拓也(純)を見つめる。
「なんか今日の純、ちょっと変じゃない? 声もテンションも低いし。風邪とか?」
「い、いえ、大丈夫です! ちょっと寝不足で!」
そう言いながら、着替えの終わった制服のスカートの位置を直しすぎている自分に気づき、慌てて手を引っ込める。
──ダメだ、普段どれくらい直してるのか分かんない!
「まぁいいけど~、無理しないでよ? 拓也さんと話すとき、いつももっと楽しそうじゃん?」
「っ……!!」
その言葉が、不意に心に刺さった。
──彼女は、そういうふうに見えてたんだ。俺と話す“純”の表情を。
「……ありがとう、木村さん。気をつけますね」
なんとか笑顔を作りながら、更衣室を出ようとドアに手をかけた瞬間、背後で木村がつぶやいた。
「やっぱ今日の純、なんかおかしいな~……」
その言葉が、まるで警報のように背中に突き刺さる。
拓也は、そのまま早足で更衣室をあとにした。
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