BODY SWAP

廣瀬純七

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業務開始

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 「ふぅ……なんとか、席に着けた……」

 拓也は純の体で、純のデスクに腰を下ろした。フロアはすでに朝の活気に包まれていて、コピー機の音や、コーヒーの香りが立ち込めている。

 ──座るだけでこんなに緊張するとはな……。

 周囲にはいつもの同僚たちの顔が並び、誰もが「純」としての自分を見ている。たったそれだけのことなのに、妙に背中がこそばゆい。ましてや、自分の姿でどこかの席に「自分自身」がいると思うと、もう頭がぐるぐるだ。

 「おはよう、純ちゃん!」

 明るい声とともに、隣の席の総務の小野田さんが声をかけてきた。

 「お、おはようございます……!」

 「えっ、ちょっと声低くない? 昨日飲み過ぎた?」

 「いえ、あの、ちょっと……のどが、ですね、乾燥で……!」

 「そっか。てか昨日、資料の修正ありがとうね~! 助かったよ」

 「し、資料……?」

 ──しまった、なにを修正したんだ!?

 拓也の脳内がフル回転する。とっさに笑顔を作って、ごまかすように言葉を返す。

 「い、いえいえ……また何かあれば……!」

 すると背後から別の男性社員──営業部の黒田が近づいてきた。

 「純ちゃん、昨日のアポ先との電話の件、メモあったら見せてくれない?」

 「……っ」

 完全に詰んだ。

 そんな電話、記憶にない。なにせそれをしたのは、本来の“中身”である本物の純の方だ。

 ──どうする!?「忘れました」じゃ変に思われる! ……あ、いや、純さんって確か──

 「あ……すみません、手帳に書いてあるかも……ちょっと確認しますね」

 そう言いながら、拓也は慣れない手付きでデスクの引き出しを探り、スケジュール帳をめくった。字が小さくて読みづらいが、何とか「電話 田中商事 佐藤様 午後2時 決裁金額調整」らしきメモを見つけた。

 「えーっと……こちらです、多分これがその時のメモで……」

 「おお、助かる! さすが純ちゃん、いつもキッチリだねぇ」

 「ど、どうも……」

 汗がにじんでいた。バレずに済んだのが奇跡に思える。何気ない一日でも、積み重ねた業務と人間関係の連鎖で回っている。それを“演じる”というのが、これほど大変だとは。

 「……尊敬するわ、純さん……」

 拓也は心からそう思った。

 そして──少し離れた場所では、拓也の体をした純が、自分のデスクに座っていた。

 「あっ……上杉さん、ですね?」

 声をかけてきたのは後輩の篠原。営業チームで拓也を慕っている若手だ。

 「は、はい……(まずい、名前、えっと、この子誰だっけ!?)」

 「昨日の資料、確認ありがとうございました。今日の午後イチのプレゼン、一緒にがんばりましょうね!」

 「プレゼン!? 今日!?」

 「はいっ! “上杉さん”のパート、期待してますよ!」

 笑顔で言い残して去っていく篠原を、純(体は拓也)は目を丸くして見送った。

 ──あれ……もしかして、プレゼンって……私がやるの!?!?

 お互いの席から、そっと視線を送り合う二人。

 目が合ったその瞬間、二人の顔に同時に浮かんだのは──

 (……やばい。)

 そんな一言に尽きる、見事なまでの絶望だった。

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