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午後のプレゼン
しおりを挟む昼休み。オフィスビルの屋上テラスにて、まるで誰にも聞かれたくない秘密会議のように、純(中身は拓也)と拓也(中身は純)がベンチに腰掛けていた。
「……プレゼン、って……私がやるの?」
拓也の顔でジュンが苦い顔をして言う。
「そう。俺が資料作ってたやつ、覚えてる? 今日、あれをクライアントの前で説明する予定だったんだよ……。でも今、その“俺”は君だろ?」
「む、無理ですって……。スーツもゆるいし、ネクタイも締められてないし……しかも、あの篠原さんっていう後輩、やたら話しかけてくるし……あの人、中身が女の私だって気づいたら絶対パニックになりますって……!」
「大丈夫、彼女は“お疲れですね?”で大体スルーできる。問題はプレゼンだ。資料の内容は、昨日夜遅くまでかけて整理したばかりで……って、俺が作ったんだけど、今は君の頭の中にないわけだから……」
「つまり、私があなたのフリして、“あなたが作った資料”を、“あなたの言葉”で説明しないといけないってことですよね?」
「その通り……俺の顔で、俺の声で、堂々と」
「詐欺でしょ、もうそれ……」
二人は同時に天を仰いだ。
すると、ビルの隅のスピーカーからアナウンスが流れる。
「営業部の上杉さんと篠原さん、14時の田中商事様との打ち合わせは第3会議室になります。お忘れないようお願いします」
「……うそでしょ……始まる……」
純(体は拓也)はごくりと喉を鳴らす。
「行くしかない。俺の代わりに、君が“俺として”行くしかない。資料はこれ。iPadに全部入ってる」
「でも説明なんて……」
「大丈夫。落ち着いて、ゆっくり話せばいい。自信なく見えたら、説得力がなくなるから。声を張って、手を使って話す。俺はいつもそうしてる。……頼むよ、純さん」
自分の顔でそう言われると、なんだか妙に背筋が伸びた。
──あれ。これが、上杉さんの「現場での顔」なんだ。
純は無言でiPadを受け取ると、そっと立ち上がった。
「……分かりました。“上杉拓也”として、ちゃんと話します。できるかどうかは分かんないけど……あなたの顔で恥はかかせられないし」
拓也(体は純)はその背中を見送ると、思わず小さく微笑んだ。
「……カッコいいじゃん、俺」
一方、会議室前。
緊張で喉がカラカラになりながらも、純(体は拓也)は資料を開いた。扉の向こうからは、クライアントと篠原の会話がかすかに聞こえる。
──深呼吸。ゆっくり、落ち着いて。いつも私に優しく話しかけてくれた“上杉さん”みたいに。
ドアをノックし、深く一礼。
「お待たせしました。上杉です。本日はよろしくお願いいたします」
声が、少し低く、でもしっかりと通る。背筋を伸ばし、堂々とした姿で会議室に足を踏み入れた瞬間、周囲の空気がぴたりと止まった気がした。
──大丈夫。私は、“上杉拓也”なんだから。
プレゼンが、始まる。
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