BODY SWAP

廣瀬純七

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三日目の夜

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 入れ替わりから三日目の夜。

 拓也(中身は純)は、上杉拓也の広めの1LDKの部屋で、床に座り込んでため息をついていた。Yシャツの袖をまくりながら、彼のスケジュール帳を開き、仕事のメモを睨んでいる。

 「……こんなに、打ち合わせあるの……?」

 朝は7時に起きてメールチェック。午前は外回り、午後は会議。帰社後には部下からの相談に乗り、帰宅はいつも22時過ぎ。しかも、明日提出予定のプロジェクト提案書には、まだ仕上げが必要だった。

 「どうやって、これ全部一人で回してたの……?」

 声に出すと、胸の奥がじんわりと重くなった。スマートで余裕のある人だと思っていた。けれど、その裏で誰にも見せない努力と忍耐が積み重なっていたことを、今の純は、身をもって知っていた。

 一方そのころ、純のアパートでは――。

 純の体になった拓也が、慣れないロングスカート姿で洗濯物をたたんでいた。テレビもつけず、静かな室内に、たたんだシャツを置く音だけが響く。

 「……静かすぎるな……」

 冷蔵庫を開けても、あるのはパックの豆腐、カット野菜、ヨーグルト、冷凍ごはん。

 「自炊、ちゃんとしてたんだな……毎日こんなんで帰ってきて……よく頑張ってたな、純さん……」

 ふと視界に入ったのは、ドレッサーに並べられた数本のリップとメイク道具。そして隣に立てかけられた、無印の小さな「やることメモ」。

 《〇〇書類提出》《コンビニで宅配出す》《上杉さんに質問(資料8Pの件)》

 その一行に、思わず手が止まった。

 ──俺に、聞こうとしてたのか……。

 そっと手帳を閉じると、胸がぎゅっと締め付けられる。ひとりきりで、誰にも迷惑をかけないように気を張っていた彼女の姿が、ありありと浮かんだ。

 

 夜10時。スマホを開いてLINEを送る。

 【上杉さん、そっちは大丈夫ですか?】

 すぐに既読がついて、返ってきた。

 【うん……なんとか。そっちは?】

 【……拓也さん、すごいです。想像以上に、毎日大変。】

 【俺も。正直、君の生活、舐めてた。】

 しばらくして。

 【一人で頑張ってる姿、ちゃんと見たことなかったなって思いました】

 【俺も。君の“気を遣わせない優しさ”、本当にすごいと思う】

 画面を見ながら、二人は別々の部屋で同じように、小さく笑っていた。

 ──これまで、お互いの見えていなかった部分に気づき始めている。

 そんな、小さな変化の夜だった。

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