BODY SWAP

廣瀬純七

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メイク落とし

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 夜の9時過ぎ。
 仕事を終えて、慣れない革靴の歩き方に足の裏を痛めながら、純(体は拓也)はエレベーターに乗って純のマンションに到着した。

 チャイムを押すと、すぐにドアが開いた。
 そこには、パジャマ姿のジュン――正確には、純の体に入った拓也――が、髪をタオルでまとめて出迎えてくれた。

 「おかえり。……疲れたろ?」

 その口調はあくまで“拓也”なのに、目の前にいるのは自分の姿。なんとも不思議な違和感に、純(拓也)は思わずため息を漏らした。

 「……上杉さん。足、もう限界。革靴って、拷問ですよね……?」

 「うん、あれは武器にもなると思う」

 二人は笑い合いながら、リビングに入った。

 テーブルには、メイク落としと化粧水、乳液、コットン、クリーム……さまざまなスキンケアアイテムが丁寧に並べられている。

 「……これ全部、毎日やってるの?」

 「最低限、ね。特にメイク落とさず寝るのは、罪。お肌が泣く」

 「お肌って……自分の顔を見ながらそれ言うの、めちゃくちゃ複雑……」

 「仕方ないでしょ。今日だけは“俺の顔”を綺麗に保つって思って」

 そう言って、純(拓也)が鏡を差し出しながら言った。

 「まずはクレンジングオイル。手は乾いたままでいいから、こうやって……くるくる円を描くように」

 拓也(純)は戸惑いながらも、指の腹で顔をなぞる。睫毛のあたりをこすると、マスカラが溶けていく感触が新鮮で、思わず変な声が漏れた。

 「うわ、落ちてる……すご……」

 「次に洗顔。泡立てて、ゴシゴシじゃなくて、泡で包み込む。絶対にこすらない」

 「包む……泡を……?」

 慣れない手つきで泡を転がす姿に、純(拓也)がくすっと笑った。

 「うん、上手くないけど、初回にしては合格」

 「なんか、褒められてるのに腹立つのはなぜ……」

 洗顔を終えた拓也(純)は、タオルでそっと顔を押さえ、続けて化粧水、乳液、保湿クリームへと指示に従って塗っていった。

 「……なんか、不思議。自分の顔を、こんなに丁寧に扱ったことない」

 「うん。私も今日、髭剃りながら思ったよ。」

 「……ちょっと、変な気分になるよね!」

 二人は一瞬、互いに鏡越しに目を合わせて、小さく笑った。

 時計を見ると、もうすぐ10時。

 「じゃ、私、帰るね!」

 立ち上がった純(拓也)は、女物のパンプスに違和感を覚えつつ、カーディガンを羽織る。

 「気をつけてね。」

 「うん。……それにしても、私の部屋……すっごくきれいだった。あ、あと下着、全部揃っててビビったんですけど……何あれ、色ごとに並んでるの、プロ?」

 「黙って。そっちだって、スーツ5種類くらい同じ並びでハンガーにかけてあったけど、あれ何? 無印の見本?」

 「それ言う?」

 ふふっと笑い合って、玄関へ。

 靴を履きながら、純(拓也)がふと振り返った。

 「……なんか、ちょっとだけ楽しかったかも。変な意味じゃなくて、こうして自分のことを、誰かと一緒に扱うって」

 拓也(純)は一瞬、きょとんとしてから、少しだけ優しい声で返した。

 「……うん。わかるよ。俺も、同じこと思ってた」

 「じゃあ、おやすみなさい。“純”」

 「おやすみ。“拓也さん”」

 軽く手を振って、マンションのドアが閉まった。

 互いに、相手の姿をしたまま、少しずつ、心が近づいていく――そんな静かな夜だった。

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