BODY SWAP

廣瀬純七

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不思議な感覚

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 夜、11時過ぎ。
 それぞれの部屋で、ふたりはようやくひと息ついていた。

 ──拓也(体は純)は、風呂あがりの鏡の前。
 タオルで髪を拭きながら、鏡に映る“自分ではない自分”と向き合っていた。

 「ああ……ほんとに、俺……じゃないんだな……」

 白い肌、細い首筋、肩幅の狭さ、胸元の柔らかな曲線――。
 何度見ても、そこに映っているのは「升本純」という、彼が密かに想いを寄せてきた女性だった。

 それなのに、鏡の奥の彼女は、自分の意思でまばたきをする。自分の思考で息をする。

 「……純の体……」

 ぽつりと口にしたとたん、なんともいえない不思議な気持ちが胸に湧いてきた。

 守ってあげたいと思っていた手足は、今、自分の意思で動かすことができる。
 職場で遠くから見つめていた柔らかな表情も、今なら自分で作れてしまう。
 そしてなにより、この体が日々感じていた疲れや不安まで、皮膚の下からじんわりと伝わってくるようだった。

 ──こんなふうに、彼女の中に“入って”知ることになるなんて、思ってもみなかった。

 「……知らなかったな、こんなに……小さな体で、頑張ってたんだな」

 髪を拭く手が、少しだけ優しくなった。

 

 一方、拓也の部屋。
 広めのベッドに深く沈み込みながら、純(体は拓也)は、天井をぼんやりと見つめていた。

 ベッドの弾力、枕の匂い、部屋の静けさ。
 どれもこれも「上杉拓也」の暮らしの一部であり、そして今、彼女はその真ん中にいた。

 ……自分が、好きな人の中にいるなんて。

 何度も思い返しては、鼓動が早まる。

 長い脚を伸ばすと、筋肉の張りと男らしい重みが伝わってきた。
 大きな手を見つめれば、以前、書類を渡されたときの感触がふいに蘇る。
 少し低く響くこの声も、彼女が一番好きだった“上杉さんの声”だ。

 「……へんなの……自分の声ではないのに、落ち着く……」

 不意に笑いが漏れそうになって、それを唇で抑えた。

 いつも“憧れの存在”として見上げていた人の中に、今、自分はいる。
 不思議で、戸惑って、でも、どこか──

 「……ちょっとだけ……幸せかもしれない……」

 そう思ってしまうのは、きっと罪じゃない。

 たとえ、この不思議な状況が明日には終わってしまっても、
 今日という日はきっと、一生忘れない。

 ふたりはそれぞれのベッドで、胸の奥にそっと“好き”を抱きながら、夜の静けさの中に溶けていった。

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