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早朝メイク
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まだ朝日が柔らかく窓辺を染める、午前6時45分。
インターフォンの音で目を覚ました拓也(中身は純)は、ハッと目を見開いた。
「……もう来た!」
眠気まなこでベッドから飛び起きると、体のどこかに感じる重さと違和感で「ああ、やっぱりまだ入れ替わってる」と実感する。
パジャマのまま玄関を開けると、そこにはスーツ姿で髪を整えた“自分”が立っていた。
「おはよう。ちょっと早めに来ちゃった」
「お、おはようございます……って、私の顔でそんな清々しい声出さないでください……変な気分……」
「じゃあ入るね。今日もメイク、するから」
昨晩と同じように、テーブルの上にはメイク道具一式が整然と並べられる。
純(中身は拓也)はパジャマのまま、椅子にちょこんと座って顔を差し出した。
「……ちょっと恥ずかしいけど、お願いします」
「はいはい、じゃあまずはスキンケアから」
いつもの手順で化粧水と乳液を塗りながら、純(拓也)は自然と口調が丁寧になる。
目の前には“好きな人の顔”がある。けれど、その中身は自分。
そんなねじれた構造に、昨日よりも慣れたはずなのに、やっぱりどこかでドキドキしてしまう。
「昨日より、肌のコンディションいいね。よく寝た?」
「……わからないけど、入れ替わってからすごく気を張ってるから、逆にちゃんと眠れてるのかも」
「意外とメンタル強いんだな」
「それ私の顔で言います?」
二人の会話に笑いがこぼれる。
ファンデーション、アイブロウ、アイシャドウと、手際よく進めていく純(拓也)の指先は迷いがない。
睫毛を上げる時も、リップを塗るときも、手が震えない。
その様子をじっと見ていた拓也(純)は、ぽつりとつぶやいた。
「……すごいね。毎日これ、全部やってたんだ」
「うん。……というか、“あなたのため”でもあったのかも」
その言葉に、空気が一瞬だけ止まる。
お互い、目を合わせることはしなかったが、耳の奥がじわりと熱を帯びる。
「……あ、でもそれは、なんていうか、あくまで、社会人としての身だしなみっていうか!」
「うん、わかってる。そういうの、真面目なところ、俺……じゃなくて、私……いやもうわかんないけど、好きです」
「……いまさら告白の真似しないでください、混乱します」
笑い合いながら、最後の仕上げのチークをふわりと乗せた。
「はい、完成。今日もバッチリ」
「……ありがとう」
鏡を手に取り、完成した自分の顔を見つめる拓也(純)。
その表情は、どこか自信に満ちていた。
「なんか……昨日より自分に見える。不思議だけど、ちょっとだけ前向きになれるかも」
「そう思えるなら、メイク成功だね」
コーヒーを一杯だけ飲んで、準備を整えた二人は並んで玄関に立つ。
「じゃあ、今日も“がんばりましょうか”、上杉さん」
「ええ、“升本さん”も。……気をつけてね」
戸惑いと笑いと、少しのときめきを胸に、ふたりは今日もそれぞれの“借り物の体”で、職場へと向かっていった。
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インターフォンの音で目を覚ました拓也(中身は純)は、ハッと目を見開いた。
「……もう来た!」
眠気まなこでベッドから飛び起きると、体のどこかに感じる重さと違和感で「ああ、やっぱりまだ入れ替わってる」と実感する。
パジャマのまま玄関を開けると、そこにはスーツ姿で髪を整えた“自分”が立っていた。
「おはよう。ちょっと早めに来ちゃった」
「お、おはようございます……って、私の顔でそんな清々しい声出さないでください……変な気分……」
「じゃあ入るね。今日もメイク、するから」
昨晩と同じように、テーブルの上にはメイク道具一式が整然と並べられる。
純(中身は拓也)はパジャマのまま、椅子にちょこんと座って顔を差し出した。
「……ちょっと恥ずかしいけど、お願いします」
「はいはい、じゃあまずはスキンケアから」
いつもの手順で化粧水と乳液を塗りながら、純(拓也)は自然と口調が丁寧になる。
目の前には“好きな人の顔”がある。けれど、その中身は自分。
そんなねじれた構造に、昨日よりも慣れたはずなのに、やっぱりどこかでドキドキしてしまう。
「昨日より、肌のコンディションいいね。よく寝た?」
「……わからないけど、入れ替わってからすごく気を張ってるから、逆にちゃんと眠れてるのかも」
「意外とメンタル強いんだな」
「それ私の顔で言います?」
二人の会話に笑いがこぼれる。
ファンデーション、アイブロウ、アイシャドウと、手際よく進めていく純(拓也)の指先は迷いがない。
睫毛を上げる時も、リップを塗るときも、手が震えない。
その様子をじっと見ていた拓也(純)は、ぽつりとつぶやいた。
「……すごいね。毎日これ、全部やってたんだ」
「うん。……というか、“あなたのため”でもあったのかも」
その言葉に、空気が一瞬だけ止まる。
お互い、目を合わせることはしなかったが、耳の奥がじわりと熱を帯びる。
「……あ、でもそれは、なんていうか、あくまで、社会人としての身だしなみっていうか!」
「うん、わかってる。そういうの、真面目なところ、俺……じゃなくて、私……いやもうわかんないけど、好きです」
「……いまさら告白の真似しないでください、混乱します」
笑い合いながら、最後の仕上げのチークをふわりと乗せた。
「はい、完成。今日もバッチリ」
「……ありがとう」
鏡を手に取り、完成した自分の顔を見つめる拓也(純)。
その表情は、どこか自信に満ちていた。
「なんか……昨日より自分に見える。不思議だけど、ちょっとだけ前向きになれるかも」
「そう思えるなら、メイク成功だね」
コーヒーを一杯だけ飲んで、準備を整えた二人は並んで玄関に立つ。
「じゃあ、今日も“がんばりましょうか”、上杉さん」
「ええ、“升本さん”も。……気をつけてね」
戸惑いと笑いと、少しのときめきを胸に、ふたりは今日もそれぞれの“借り物の体”で、職場へと向かっていった。
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