旦那様は魔王様!

狭山ひびき

文字の大きさ
120 / 137
旦那様は魔王様≪最終話≫

後悔 2

しおりを挟む
「あら、クラウスお兄様じゃない。どうしたの? 数年に一回くらいしか戻ってこないのに」

 シヴァに挨拶を終えたあと、クラウスはミリアムの部屋を訪れていた。

 ミリアムはちょうどそのころ、沙良に貸す恋愛小説を物色していた最中で、突然やってきた兄の姿に目を丸くすると、ソファをすすめて手ずから紅茶を煎れる。

 リザは沙良のところにいるし、部屋にはほかにメイドがいないのだ。

 兄にティーカップを差し出し、自分の紅茶にはミルクをたっぷり注いだミリアムは、茶請けのクッキーを一枚頬張った。アスヴィルが焼いてくれたクッキーだ。

 クラウスはそのクッキーに視線を落とし、小さく微笑んだ。

「夫婦仲はいいようですね」

「当たり前でしょー」

「母上が、そろそろ孫の顔が見たいと言っていましたよ」

「うぐっ」

 ミリアムはクッキーをのどに詰まらせた。

 喉もとをポンポンと拳で叩いて、何とかクッキーを胃に流し込むと、涙目で兄を睨みつけた。

「何よ急に」

「私もセリウスも結婚していないし、兄上は今あの通り。期待できるのはあなたしかいないでしょう」

「だからって、藪から棒に……」

 ミリアムはうっすらと頬を染めると、ミルクティーを舐めるように飲む。

 クラウスも紅茶に口をつけながら、ふう、と息を吐いた。

「私はてっきり、兄上の周りを取り巻いていたあの女どもの誰かが、いつか身ごもるのではないかと思っていましたけどね」

「あら、お兄様はそんなへましないわよ」

「そうでしょうか。来るもの拒まずで、ずいぶん節操がなかったように思いますが」

「身も蓋もないわねクラウスお兄様も……。でも、シヴァお兄様は、あの人たちの誰も好きじゃなかったし、自分で自分の首を絞めるようなことをする人じゃないわよ」

「それはまあ、確かに」

 クラウスは一つ頷いて、クッキーに手を伸ばしかけ、ふと手を止めた。

「そういえば、……その彼女たちの姿を見ていませんね」

「え?」

「だから、兄上の周りいた女たちです」

 城に帰るたびに、中庭は廊下でキャーキャー騒いでいたあのうるさい女たちだ。そこそこ身分のある家の出なのは知っていたが、シヴァが何も言わないのをいいことに我が物顔で城の中をうろうろされることに、クラウスは少なからず腹を立てていた。

 シヴァは、自分のテリトリーさえ侵されなければ、周りで何をされようと――さすがに城を破壊されれば怒るだろうが――、目くじらを立てる性格ではないので、とくにシヴァが魔王になってから野放し状態にされていたあの女たちの姿を、本日城に戻ってきてから一度も目にしていない。

 どこにいてもあの甲高い声は耳についていたのにと不思議そうに首をひねるクラウスを見て、ミリアムはぷっと吹き出した。

「やぁだ、お兄様。いつの話をしているの?」

 ミリアムは二つ目のクッキーを咀嚼しながら、

「あの女たちなら、とっくにいなくなってるわよ」

「……いない?」

 なぜだと言いたそうな視線を向ければ、ミリアムが笑いながら答えた。

「沙良ちゃんが来て少しして、お兄様が追い出しちゃったのよ」

「兄上が?」

 面倒だの一言で好き放題させていたあのシヴァが、自らあの女どもを追い出した?

「そ。一人が沙良ちゃんに危害をくわえようとしたこともあるけど……、お兄様、沙良ちゃんがいればほかに誰もいらないんじゃないかしら?」

「……ばかな」

「なによ、嘘なんてついていないわよ」

「あの兄上ですよ?」

「そうよ? 沙良ちゃんが大好きなのよー」

 にこにこと自分のことのように嬉しそうなミリアムを、クラウスは訝しげに見やった。

 妹が嘘を言っているようには見えない。

(兄上が一人の女の記憶にこだわっていると聞いたときも変だとは思いましたけど……、そう、ですか。あの兄上が……)

 クラウスは胸ポケットから小さな小瓶を取り出した。クリスタルの小瓶の中には、透明な液体が揺れている。

「お兄様、それは?」

 ミリアムが興味津々という様子で身を乗り出してきた。

「父上に預かったとはいえ、渡していいものか悩みましたが……、問題はなさそうですね」

「え?」

「こちらの話です。ミリアム、いい話が聞けました。ありがとう」

「そうなの?」

 よくわからないけど、と首をひねる妹の頭をひと撫でして、クラウスは立ち上がる。

 それから部屋を出て行く前に、思い出したように足を止めて、今度は内ポケットから茶葉が入った子袋を取り出してミリアムに手渡した。

「忘れるところでした。これは母上からです」

「お母様から? なにかしら」

 ミリアムはクラウスから受け取った茶葉の入った袋を小さく開ける。

 袋を少し開けただけで、甘くてどこか官能的な香りが漂ってくる。

「紅茶……、じゃないわよね。ハーブティーかしら? でも知らない香りだわ」

 ミリアムはクンクンと香りをかいでは首をひねる。

 クラウスは口元を弧の形に持ち上げると、

「子供ができやすくなるお茶だそうです」

 告げた途端にピシッと凍りついた妹に背を向けて、肩を揺らして笑いながら部屋を出て行った。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

皇帝陛下の愛娘は今日も無邪気に笑う

下菊みこと
恋愛
愛娘にしか興味ない冷血の皇帝のお話。 小説家になろう様でも掲載しております。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

婚約破棄されましたが、辺境で最強の旦那様に溺愛されています

鷹 綾
恋愛
婚約者である王太子ユリウスに、 「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄を告げられた 公爵令嬢アイシス・フローレス。 ――しかし本人は、内心大喜びしていた。 「これで、自由な生活ができますわ!」 ところが王都を離れた彼女を待っていたのは、 “冷酷”と噂される辺境伯ライナルトとの 契約結婚 だった。 ところがこの旦那様、噂とは真逆で—— 誰より不器用で、誰よりまっすぐ、そして圧倒的に強い男で……? 静かな辺境で始まったふたりの共同生活は、 やがて互いの心を少しずつ近づけていく。 そんな中、王太子が突然辺境へ乱入。 「君こそ私の真実の愛だ!」と勝手な宣言をし、 平民少女エミーラまで巻き込み、事態は大混乱に。 しかしアイシスは毅然と言い放つ。 「殿下、わたくしはもう“あなたの舞台装置”ではございません」 ――婚約破棄のざまぁはここからが本番。 王都から逃げる王太子、 彼を裁く新王、 そして辺境で絆を深めるアイシスとライナルト。 契約から始まった関係は、 やがて“本物の夫婦”へと変わっていく――。 婚約破棄から始まる、 辺境スローライフ×最強旦那様の溺愛ラブストーリー!

お飾り王妃のはずなのに、黒い魔法を使ったら溺愛されてます

りんりん
恋愛
特産物のないポプリ国で、唯一有名なのは魔法だ。  初代女王は、歴史に名を残すほどの魔法使い。 それから数千年、高い魔力を引き継いだ女王の子孫達がこの国をおさめてきた。 時はアンバー女王の時代。 アンバー女王の夫シュリ王婿は、他国の第八王子であった。 どこか影の薄い王婿は、三女ローズウッドを不義の子ではと疑っている。 なぜなら、ローズウッドだけが 自分と同じ金髪碧眼でなかったからだ。 ローズウッドの薄いピンク色の髪と瞳は宰相ククスにそっくりなのも、気にいらない。 アンバー女王の子供は四人で、すべて女の子だった。 なかでもローズウッドは、女王の悩みの種だ。 ローズウッドは、現在14才。 誰に似たのか、呑気で魔力も乏しい。 ある日ストーン国のレオ王から、ローズウッド王女を妻にしたいとうい申し出が届いた。 ポプリ国は、ストーン国から魔法石の原料になる石を輸入している。 その石はストーン国からしか採れない。 そんな関係にある国の申し出を、断ることはできなかった。 しかし、レオ王に愛人がいるという噂を気にしたアンバー女王は悩む。 しかし、ローズウッド王女は嫁ぐことにする。 そして。 異国で使い魔のブーニャンや、チューちゃんと暮らしているうちに、ローズウッドはレオ王にひかれていってしまう。 ある日、偶然ローズウッドは、レオ王に呪いがかけられていることを知る。 ローズウッドは、王にかけられた呪いをとこうと行動をおこすのだった。  

処理中です...