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旦那様は魔王様≪最終話≫
後悔 2
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「あら、クラウスお兄様じゃない。どうしたの? 数年に一回くらいしか戻ってこないのに」
シヴァに挨拶を終えたあと、クラウスはミリアムの部屋を訪れていた。
ミリアムはちょうどそのころ、沙良に貸す恋愛小説を物色していた最中で、突然やってきた兄の姿に目を丸くすると、ソファをすすめて手ずから紅茶を煎れる。
リザは沙良のところにいるし、部屋にはほかにメイドがいないのだ。
兄にティーカップを差し出し、自分の紅茶にはミルクをたっぷり注いだミリアムは、茶請けのクッキーを一枚頬張った。アスヴィルが焼いてくれたクッキーだ。
クラウスはそのクッキーに視線を落とし、小さく微笑んだ。
「夫婦仲はいいようですね」
「当たり前でしょー」
「母上が、そろそろ孫の顔が見たいと言っていましたよ」
「うぐっ」
ミリアムはクッキーをのどに詰まらせた。
喉もとをポンポンと拳で叩いて、何とかクッキーを胃に流し込むと、涙目で兄を睨みつけた。
「何よ急に」
「私もセリウスも結婚していないし、兄上は今あの通り。期待できるのはあなたしかいないでしょう」
「だからって、藪から棒に……」
ミリアムはうっすらと頬を染めると、ミルクティーを舐めるように飲む。
クラウスも紅茶に口をつけながら、ふう、と息を吐いた。
「私はてっきり、兄上の周りを取り巻いていたあの女どもの誰かが、いつか身ごもるのではないかと思っていましたけどね」
「あら、お兄様はそんなへましないわよ」
「そうでしょうか。来るもの拒まずで、ずいぶん節操がなかったように思いますが」
「身も蓋もないわねクラウスお兄様も……。でも、シヴァお兄様は、あの人たちの誰も好きじゃなかったし、自分で自分の首を絞めるようなことをする人じゃないわよ」
「それはまあ、確かに」
クラウスは一つ頷いて、クッキーに手を伸ばしかけ、ふと手を止めた。
「そういえば、……その彼女たちの姿を見ていませんね」
「え?」
「だから、兄上の周りいた女たちです」
城に帰るたびに、中庭は廊下でキャーキャー騒いでいたあのうるさい女たちだ。そこそこ身分のある家の出なのは知っていたが、シヴァが何も言わないのをいいことに我が物顔で城の中をうろうろされることに、クラウスは少なからず腹を立てていた。
シヴァは、自分のテリトリーさえ侵されなければ、周りで何をされようと――さすがに城を破壊されれば怒るだろうが――、目くじらを立てる性格ではないので、とくにシヴァが魔王になってから野放し状態にされていたあの女たちの姿を、本日城に戻ってきてから一度も目にしていない。
どこにいてもあの甲高い声は耳についていたのにと不思議そうに首をひねるクラウスを見て、ミリアムはぷっと吹き出した。
「やぁだ、お兄様。いつの話をしているの?」
ミリアムは二つ目のクッキーを咀嚼しながら、
「あの女たちなら、とっくにいなくなってるわよ」
「……いない?」
なぜだと言いたそうな視線を向ければ、ミリアムが笑いながら答えた。
「沙良ちゃんが来て少しして、お兄様が追い出しちゃったのよ」
「兄上が?」
面倒だの一言で好き放題させていたあのシヴァが、自らあの女どもを追い出した?
「そ。一人が沙良ちゃんに危害をくわえようとしたこともあるけど……、お兄様、沙良ちゃんがいればほかに誰もいらないんじゃないかしら?」
「……ばかな」
「なによ、嘘なんてついていないわよ」
「あの兄上ですよ?」
「そうよ? 沙良ちゃんが大好きなのよー」
にこにこと自分のことのように嬉しそうなミリアムを、クラウスは訝しげに見やった。
妹が嘘を言っているようには見えない。
(兄上が一人の女の記憶にこだわっていると聞いたときも変だとは思いましたけど……、そう、ですか。あの兄上が……)
クラウスは胸ポケットから小さな小瓶を取り出した。クリスタルの小瓶の中には、透明な液体が揺れている。
「お兄様、それは?」
ミリアムが興味津々という様子で身を乗り出してきた。
「父上に預かったとはいえ、渡していいものか悩みましたが……、問題はなさそうですね」
「え?」
「こちらの話です。ミリアム、いい話が聞けました。ありがとう」
「そうなの?」
よくわからないけど、と首をひねる妹の頭をひと撫でして、クラウスは立ち上がる。
それから部屋を出て行く前に、思い出したように足を止めて、今度は内ポケットから茶葉が入った子袋を取り出してミリアムに手渡した。
「忘れるところでした。これは母上からです」
「お母様から? なにかしら」
ミリアムはクラウスから受け取った茶葉の入った袋を小さく開ける。
袋を少し開けただけで、甘くてどこか官能的な香りが漂ってくる。
「紅茶……、じゃないわよね。ハーブティーかしら? でも知らない香りだわ」
ミリアムはクンクンと香りをかいでは首をひねる。
クラウスは口元を弧の形に持ち上げると、
「子供ができやすくなるお茶だそうです」
告げた途端にピシッと凍りついた妹に背を向けて、肩を揺らして笑いながら部屋を出て行った。
シヴァに挨拶を終えたあと、クラウスはミリアムの部屋を訪れていた。
ミリアムはちょうどそのころ、沙良に貸す恋愛小説を物色していた最中で、突然やってきた兄の姿に目を丸くすると、ソファをすすめて手ずから紅茶を煎れる。
リザは沙良のところにいるし、部屋にはほかにメイドがいないのだ。
兄にティーカップを差し出し、自分の紅茶にはミルクをたっぷり注いだミリアムは、茶請けのクッキーを一枚頬張った。アスヴィルが焼いてくれたクッキーだ。
クラウスはそのクッキーに視線を落とし、小さく微笑んだ。
「夫婦仲はいいようですね」
「当たり前でしょー」
「母上が、そろそろ孫の顔が見たいと言っていましたよ」
「うぐっ」
ミリアムはクッキーをのどに詰まらせた。
喉もとをポンポンと拳で叩いて、何とかクッキーを胃に流し込むと、涙目で兄を睨みつけた。
「何よ急に」
「私もセリウスも結婚していないし、兄上は今あの通り。期待できるのはあなたしかいないでしょう」
「だからって、藪から棒に……」
ミリアムはうっすらと頬を染めると、ミルクティーを舐めるように飲む。
クラウスも紅茶に口をつけながら、ふう、と息を吐いた。
「私はてっきり、兄上の周りを取り巻いていたあの女どもの誰かが、いつか身ごもるのではないかと思っていましたけどね」
「あら、お兄様はそんなへましないわよ」
「そうでしょうか。来るもの拒まずで、ずいぶん節操がなかったように思いますが」
「身も蓋もないわねクラウスお兄様も……。でも、シヴァお兄様は、あの人たちの誰も好きじゃなかったし、自分で自分の首を絞めるようなことをする人じゃないわよ」
「それはまあ、確かに」
クラウスは一つ頷いて、クッキーに手を伸ばしかけ、ふと手を止めた。
「そういえば、……その彼女たちの姿を見ていませんね」
「え?」
「だから、兄上の周りいた女たちです」
城に帰るたびに、中庭は廊下でキャーキャー騒いでいたあのうるさい女たちだ。そこそこ身分のある家の出なのは知っていたが、シヴァが何も言わないのをいいことに我が物顔で城の中をうろうろされることに、クラウスは少なからず腹を立てていた。
シヴァは、自分のテリトリーさえ侵されなければ、周りで何をされようと――さすがに城を破壊されれば怒るだろうが――、目くじらを立てる性格ではないので、とくにシヴァが魔王になってから野放し状態にされていたあの女たちの姿を、本日城に戻ってきてから一度も目にしていない。
どこにいてもあの甲高い声は耳についていたのにと不思議そうに首をひねるクラウスを見て、ミリアムはぷっと吹き出した。
「やぁだ、お兄様。いつの話をしているの?」
ミリアムは二つ目のクッキーを咀嚼しながら、
「あの女たちなら、とっくにいなくなってるわよ」
「……いない?」
なぜだと言いたそうな視線を向ければ、ミリアムが笑いながら答えた。
「沙良ちゃんが来て少しして、お兄様が追い出しちゃったのよ」
「兄上が?」
面倒だの一言で好き放題させていたあのシヴァが、自らあの女どもを追い出した?
「そ。一人が沙良ちゃんに危害をくわえようとしたこともあるけど……、お兄様、沙良ちゃんがいればほかに誰もいらないんじゃないかしら?」
「……ばかな」
「なによ、嘘なんてついていないわよ」
「あの兄上ですよ?」
「そうよ? 沙良ちゃんが大好きなのよー」
にこにこと自分のことのように嬉しそうなミリアムを、クラウスは訝しげに見やった。
妹が嘘を言っているようには見えない。
(兄上が一人の女の記憶にこだわっていると聞いたときも変だとは思いましたけど……、そう、ですか。あの兄上が……)
クラウスは胸ポケットから小さな小瓶を取り出した。クリスタルの小瓶の中には、透明な液体が揺れている。
「お兄様、それは?」
ミリアムが興味津々という様子で身を乗り出してきた。
「父上に預かったとはいえ、渡していいものか悩みましたが……、問題はなさそうですね」
「え?」
「こちらの話です。ミリアム、いい話が聞けました。ありがとう」
「そうなの?」
よくわからないけど、と首をひねる妹の頭をひと撫でして、クラウスは立ち上がる。
それから部屋を出て行く前に、思い出したように足を止めて、今度は内ポケットから茶葉が入った子袋を取り出してミリアムに手渡した。
「忘れるところでした。これは母上からです」
「お母様から? なにかしら」
ミリアムはクラウスから受け取った茶葉の入った袋を小さく開ける。
袋を少し開けただけで、甘くてどこか官能的な香りが漂ってくる。
「紅茶……、じゃないわよね。ハーブティーかしら? でも知らない香りだわ」
ミリアムはクンクンと香りをかいでは首をひねる。
クラウスは口元を弧の形に持ち上げると、
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