君を愛せないと言われたので、夫が忘れた初恋令嬢を探します

狭山ひびき

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気まずい朝と謝罪 4

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 胃の中に石が詰まっているのかと思うほど、ずーんとお腹のあたりが重たい。
 クリフはドロシアの冷たい視線を浴びながら、夫婦の寝室に用意された朝食をアナスタージアと取っていた。
 テーブルを挟んで対面に座るアナスタージアの目元は赤い。

(俺が泣かしたんだよな……)

 痛々しい目元を見ると、胸の奥がチクチクと針を刺すように痛む。
 昨日、初恋の女性がいるから君と夫婦にはなれないと口にしたにもかかわらず、クリフは先ほどからアナスタージアが気になって仕方がなかった。
 朝からずっと、なんであんなことを言ったのだろうと後悔していたが、アナスタージアの赤い目元を見れば……なんだか死にたくなって来る。

(本当に、俺はどうかしている)

 あんな言葉はたとえ思っていても口にしてはならなかった。無神経にもほどがある。

 世の中、恋した人以外の女性と結婚している人間は大勢いる。貴族なんて政略結婚が多いのだから、むしろ結婚と恋愛を切り離して考えるべきだ。
 王家の血を引き、公爵でもあるクリフは当然それを理解しているはずなのに、どうして自分は忘却の魔法を自分自身に使ったのだろう。そのくらい自分にとって初恋の相手は大切な人だったのだろうか。

 忘却の魔法を使ったせいで、何を考えてそんなことをしたのかもクリフは忘れていた。
 魔法を使う前の自分を殴ってやりたい気分だ。

(いや、一番殴ってやりたいのは昨夜の自分か)

 本当はアナスタージアに謝罪して、昨日の言葉をなかったことにしてもらいたかった。
 忘れてくれというのは無理でも、夫婦として向き合いたいと思っていると言おうと思っていた。
 都合がいいと言われようと、昨日の発言は酒のせいにして平謝りして、きちんと夫婦になろうと言おうと思っていたのに。

 ――わたしだって、自分を愛してくださらない方と夫婦になるのは嫌ですので問題ありません‼

 アナスタージアの先ほどの言葉を思い出して、終わった……と思う。

 彼女はもはやクリフに見切りをつけたのだ。
 だから不審に思われないだけの時間をすごしたあとは、さっさと離縁してクリフの元から去ろうと考えているのだろう。

 古参貴族や王族にとって結婚は、相手と死別する以外は一生に一度のものと認識している。
 たとえ相手が気に入らなくても、一度結婚したら簡単に離縁はできない。
 結婚は家と家との結びつきであり、本人の意思は関係ない。
 少なくとも新興貴族制度が取り入れられるまでは、バレル王国では貴族や王族の結婚はそうだった。

 しかし、新興貴族制度により大富豪たちが貴族の仲間入りをし、その古臭い結婚観に変化が訪れている。
 いまだに古参貴族は眉を顰めるが、新興貴族たちの間では、結婚後にお互いに歩み寄れなければ離婚もやむなしと考えられているようだ。

 だからアナスタージアが離婚を望めば……たぶん、通る。
 多少は周囲から何か言われるだろうが、国民の多くは古参貴族より新興貴族を支持している。
 彼等は自分の都合で勝手に税金をあげたりしないし、領地に新しい産業を生み出している。

 国が財政難にあえいでいた時、各地に暮らす国民は重税にあえぎ、食糧難に苦しんでいた。
 それを救ってくれた新興貴族を支持するのも当然のことだ。その新興貴族代表とも言える、国に一番多く献金をし、財政難を救ってくれたマクニール伯爵家の令嬢が意に添わぬ結婚の末離縁を望んでいると国民が知れば、古参貴族が何よ言おうと世論で推し進められるだろう。

 クリフに離婚を阻む手立てはない。

(ああ、どうしたらいいんだ。というか俺はどうしたいんだ)

 昨日アナスタージアに夫婦になれないなんて言ったくせに、彼女から離婚をほのめかされて動揺している自分がいた。
 というか正直なところ離婚したくない。
 アナスタージアが自分以外の男と再婚するところを想像するだけで、胃のあたりがむかむかしてくるからだ。

(というか俺の初恋って誰だ⁉)

 そもそもそんな女性がいたからこんな複雑な状況になっているのだと、クリフは自分の愚かな言動を棚に上げて八つ当たりしたくなってきた。

「ア、アナスタージア、さっきの話なんだが……」

 これは早いうちに何とかしないと、自分たちの関係は本当に離縁に向かって進んでいく。
 何とかアナスタージアに思い直してもらえないだろうかと、先ほどの話を蒸し返そうとしたクリフだったが、彼女はにこりと微笑んで言った。

「先ほどの話ですか? はい、大丈夫です! 途中で撤回したりしませんから安心してください。あ、何なら念書を書きましょうか?」

 クリフはひゅっと息を呑んで、青ざめて首を横に振った。

「ね、念書は……いらない」

 そんな証拠まで残したら完全に終わりだ。
 クリフはもはや自分の力だけではどうすることもできないと、急いで朝食を胃に押し込むと立ち上がった。

「し、仕事に行ってくる!」


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